第4話 魔力、こころの鏡

1

 シャノリアの言葉通り、広大な敷地しきちを持つディノバーツていの外には、広大な樹海が存在していた。

 ディノバーツ家の――もはや城というべき――邸宅ていたくは遥か昔のディノバーツ家当主によって建てられたものであり、シャノリアは小さい頃からこの場所で育ったのだという。

 門の前には、地面と一体化するほどに風化した古びた円形の石畳いしだたみ。そこにはいかにもな魔法陣まほうじんが刻まれており、俺はマリスタとシャノリアが上に乗ったのを確認してから二人に続いた。



「あ。アマセ君、転移魔法陣てんいまほうじんのことは覚えてるの?」

「……この足元にあるものか? すまない、覚えていない」

「そう。じゃ、今回は私があなたを連れていくわね」



 連れていく……きっとこの転移魔法陣とやらの発動にも、通訳つうやくと同じく何らかの魔法を必要とするんだろう。



 シャノリアが目を閉じる。金の髪がふわりと舞い上がったかと思うと魔法陣が光り、足元から立ち上った白いオーロラに包まれるように視界が染まって、数秒のちには――目の前に、年季の入った頑丈がんじょうそうな鉄柵てっさくの門が現れていた。



 門のそばには、小さく金色の刺繍ししゅうがされた藍色あいいろのローブを着こんだ男女の姿。二人はこちらを無表情で一瞥いちべつすると、何も言わずに視線を戻した。……門番という奴だろうか。

 俺やマリスタとそう年齢は変わらなさそうだが、まとっている空気が完全に別物だ。

 ちら、と二人の腰を見る。門番なんて初めて見たが――やはりというべきか、そこには剣、武器らしきものを下げているように見えた。



「……物騒ぶっそうなのが立ってるんだな」

「実際物騒だしね。というかアマセ君、それも忘れちゃってるの?」

「ああ、そうみたいだ」

「それじゃあ、当分外出は控えたほうが良いわね」



 真面目なトーンでシャノリアが言う。



「……どんな危険があるんだ?」

「魔物、夜盗やとう、人買い、人さらい、逃亡中の犯罪者……悪そうな人たちは、大抵たいていいるかもしれないと思っておくのが賢明ね。だからこそ、こうした転移魔法陣が主な移動手段になっているのよ。まだ、リシディア全土に整備されているわけじゃないけどね」

「都会なところでは、遠いとこへの移動は大体魔法陣で済ませちゃうんだよ」



 正直、俺は少し面食らった。が、考えてみれば別に変なことでも何でもない。

 魔法といえばRPGのようなアクションに用いるものばかりだと思っていたが、そもそもその認識がかたよっているのだ。



「魔法ってのは、世界で当たり前に使われている技術じゃないのか。田舎には無いと?」

「そういうところも少なくないわ。確かに、魔法の存在は世界中の人が知っているけれど……全員が全員、魔法が必要な仕事に就くことはないでしょう? それに魔法を学んでいる人でも、自分の仕事に必要な、どこか一分野に特化した魔法を集中的に身に付ける程度で、すべての人が魔法のエキスパートとはならない。だから、魔法学校に通わずに、地元で一般の学校や、私塾しじゅくに通う人も多いの」

「というか、魔法を専門に勉強する人の方が少ないよ? じゃなきゃ大きい魔法学校が全国に三つとか、少なすぎじゃん?」

「それじゃあ、魔法学校に通う者が目指すのは」



 門を通る。石柱と鉄柵に囲まれた敷地の中に、シャノリアの家で見たものとは比較にならない大きさの魔法陣が敷いてある。こちらは比較的新しく作られたのか、風化はそう見られない。

 俺の言葉に、シャノリアが小さな笑みを作った。



「言った通り、魔法使い――魔法の専門家エキスパートを目指すのよ。深い魔法の知識や技術を必要とする職業ね。といっても、それらも魔術師まじゅつしコースの中で様々に枝分かれするから、まとめて言うことは出来ないんだけど。とにかく魔法学校で目指すのは、広く魔法に関わる仕事、ってことね」

「でも、魔法学校の中でプレジアだけは特殊なの」

「特殊?」

「ふふ、それはね――」



 再び白い光に包まれる。

 次に視界に飛び込んできたのは、先程とは打って変わった光景と――まばらに歩く、様々な色のローブを着て歩く人々の姿だった。

 目の前にある巨大な入り口には鉄製と思われる一続きのアーチがあり、その奥の床――恐らく転移魔法陣だろう――は、間欠泉かんけつせんのように次々と光の柱を放っている。多くの人が魔法陣を使用しているのだ。



「セントラルエントランスって呼ばれてる場所だよ。ここから行きたいとこに転移するの。そして、私が言ってた『特殊』っていうのは――」



 俺達と入れ違いに、校門へつながる転移魔法陣へ移動していく集団。

 振り返り、消えていく集団を見る。彼らは門番と同じ、金の刺繍が入った藍色のローブを着ていた。



 あれが、この魔法学校の「特殊」――なのか?



 頑健がんけんそうな筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの男、線の細い銀髪の女――一瞬目が合った二人をふくむ数人の集団が、白いベールに飲み込まれて消えていった。



「『アルクス』……この学校が育ててる、お抱えの義勇兵ぎゆうへい達だよ」

「義勇兵?」

「『盾の義勇兵』、なんて呼ばれてたりもするわね。この学校には魔術師コースの他に、彼らアルクスを育成する『義勇兵コース』っていうところもあるのよ」

「簡単に言えば傭兵ようへいだね。私たちとは別に試験があったり、実技試験では本気で戦って実力を測られたり、下手したら私達魔術師コースより力が入ってるよ」

「……そんなに求められてるのか。その、戦う力ってやつが?」

「そうね。この世界では武装は当たり前に行われているし、私営しえいや流れの傭兵集団も多いわ。転移魔法陣がない地域に住んでいる人たちは、大抵、町を守る傭兵を雇っているし」



 シャノリアが目を伏せて言う。

 俺は何となく、この魔法世界がどういった状況なのか見えてきた気がした。



 RPGのように、戦い一辺倒いっぺんとうではないが――この世界にも確実に根付いているのだ。所謂いわゆる、「剣と魔法の世界」が。



「大丈夫大丈夫、心配しなくても、私達には関係のない世界から。あんな危ないコースに所属するの、ごく少数の人たちだけだって」

「そうなのか?」

「そうね。少なくとも、アマセ君には縁のない話だと思うわ。選ぶ自由はあるけれど、アマセ君はとにかく魔術師コースに入りなさい」

「義勇兵コースも選べるのか?」

「ふっふっふ。あのねぇ。アマセ君」



 マリスタがあきれ顔でため息を吐く。なんだか少し得意気だ。



「さっきも言ったけど、義勇兵コースって危ないんだよ。どうしてか分かる?」

「……怪我の危険か?」

「ノンノン。怪我なんてもんじゃないよ――――命の危険・・・・。義勇兵コースに所属するとね、例え訓練や実戦で命を落とすことになっても、それは全て自己責任、ってことになるの」

「多少はコース生にも、のこされた人達への保障もあるんだけどね。基本的にはマリスタの言った通り……義勇兵コースは、訓練からして実際に武器や攻撃魔法を使うから、万が一の時も命の保証のない危険なコースなの」

「そんなとこに、進んで入ってく人なんて普通ふつういないってこと。だから、アマセ君は一切気にする必要ナシ! ね?」



 やはりどこか得意げにマリスタ。そのいかにも教えてあげてる感満載まんさいの笑みが気に入らなかったが……



「……そうだな」



 ……まあ、ここはその通りか。

 ここにいるのも、そもそも情報収集が目的なだけだ。別に腰を落ち着けるつもりもない。

 俺に必要なのは魔女を探す為、プレジア内を自由に動き回れることだ。魔法も学校も、そのついでに過ぎない。



 ……と言いつつ、魔法に多少興味を持ち始めている自分に、少し自己嫌悪した。




◆     ◆




 プレジア魔法魔術学校。

 ここは、空間が転移魔法陣によっていくつもの「階層」に分けられていて、それぞれの層ごとに教室、職員室、医務室、食堂、中庭など、様々な役割を持っている。

 魔法陣以外で層を行き来する方法はない。転移魔法陣とは言わば、階段と同じようなもの。そう考えれば、特に目新しさもない。

 石材をベースにして作られた校舎の中は魔石ませきと呼ばれる、魔力を貯めた石――またも得意顔のマリスタに講釈こうしゃくされた――の作用で常時暖かな明かりに満ちている。

 そんなプレジア校内の第四層、「職員区」と呼ばれる場所の一室に、俺は案内されていた。



「失礼します」



 読めないプレートが付けられた豪奢ごうしゃな立て付けのドアをノックし、シャノリアだけが俺と共に中へと入る。マリスタは俺達を扉の前で見送った。

 一礼して続いた俺の目に入ってきたのは、振りあおがなければ見えないほど高い天井と本棚、そして部屋の中心に位置する厚みのある木製のデスク――そこで話をする、二人の男だった。



「――あ、お話し中でしたか、校長先生。失礼しました」

『いや、構わんよディノバーツ先生――おや』



 背の低い白髪の男が、眼鏡を下げて俺を見る。校長と呼ばれた小柄こがらな男と話していた長身も、疲労の濃い溜息ためいきをつきながら俺達へ振り返った。肩まで伸びたボサボサの黒髪をがしがしとき、気だるげな表情をしている。とてもそうは見えないが、シャノリアと同じ黒いローブを見るに、あれも教師なのだろう。



『……ディノバーツ先生、その子は? 見たことがない子だね』

「入学希望者です。ホラ、アマセ君」

「……言葉は通じるのか?」

『む。外国の子か』



 事情を察した様子で校長が歩み寄る。歩み寄ってくる校長の指先が光るのを、俺は見逃さなかった。恐らくはあの、通訳魔法。



「はじめまして。私はクリクター・オース、この学校の校長をしている。君は?」

「ケイ・アマセです。シャノリア・ディノバーツ先生の紹介で、このプレジア魔法魔術学校への入学を申し込みに参りました。受け取っていただけますか」



 そう言って、シャノリアから渡された封筒を両手で差し出す。校長はしわだらけの顔で人のさそうな笑みを浮かべ、それを受け取った。

 その場で丁寧に封を破り、眼鏡をずらして中の紙に目を通すと、俺へと視線を戻す。



「――もちろん。君に魔法を学びたいという意思がある限り、プレジアはそれを受け入れよう。ようこそ、プレジア魔法魔術学校へ」

「ありがとうございます、校長先生!」

「……ありがとうございます」



 シャノリアと共に頭を下げる。

 入学試験のようなものがあるのではと身構えていたが……こんなにあっさり許しが出るとは思わず、少々面食らっ――



「では……ザードチップ先生。丁度いい、君がディノバーツ先生と一緒に、彼の魔法術検査まほうじゅつけんさをやってくれないか?」



 ――マホウジュツ……検査・・



「え?……私がですか?」

「今、君の頼みを受け入れたところじゃないか。ギブアンドテイクは嫌いかね?」



 わざとらしい笑顔でそう返す校長に、嫌そうな気配を隠そうともしない長身痩躯ちょうしんそうく。ザードチップと呼ばれたその教師は観念したのか、極めて面倒臭そうに俺に向き直った。



「トルト・ザードチップだ。今からディノバーツ先生と一緒に、お前さんの魔法術検査を担当する。ま、ほどほどによろしく」

「……はい。よろしくお願いします、ザードチップ先生」

「はいはい。じゃ、ディノバーツ先生……私ゃ先に行ってるんで」

「はい。ありがとうございます、先生」

「いいですって。……たった今これも仕事になったから」



 トルトは扉に向かいながらひらひらとシャノリアに手を振ると、大きな欠伸あくびをしながら校長室を出ていった。……相当癖のある教員だな。あれは。



「では、失礼します。アマセ君、行きましょう」

「シャノリア……先生」

「ふふ、呼びにくいならシャノリアでいいわよ。会った時もそうだったものね」

「ああ……ありがとう。これから、何を検査するんだ?」

「別に変わったことをしたりはしないわ。魔法術検査……名前の通り、あなたの魔法の素養そようや程度を確かめるだけよ」



 ――――は?



「――――は?」



 心の声が、そのまま口に出てしまう。



「そう緊張しなくて大丈夫だってば。魔力を練ったり、魔力回路ゼーレに異常はないか確かめたりするだけだから」



 何でもないことのように言い、ニコニコと笑うシャノリア。



 俺は「記憶を失った」などという、考えてみればあまりにも安直で稚拙ちせつな嘘をいてしまったことを、早々に後悔し始めていた。



 魔力を練る。ぜえれとやらに異常がないか確かめる。



 …………どれもこれも、一体何のことなんだ。




◆     ◆




「……字も書けねーのか? あいつぁ」

「彼、記憶を失っているようなんです。自分の名前以外は、ほとんど忘れてしまっていて」

「記憶喪失ねぇ……」

「うん、これでおっけー! 大変だね、記憶をなくしちゃってるってのは。字も書けないんだから」

「……助かったよ」



 マリスタの助けを得て、検査に必要な書類をなんとか記入し終わり。

 ようやく、検査の準備をしていたらしいトルトとシャノリアが俺の前に現れた。



「さて。さっさと済ましちまおう。お前さんの魔法の実力、見せてもらうぜ」

「……これで何かが決まるんですか?」

「質問を許した覚えは……」

等級グレードが決まるんだよ。クラスとは別に決まってるの」



 そう自慢気じまんげに言ってから、マリスタはトルトの視線にハッと口をつぐんだ。トルトがため息を吐き、シャノリアがクスクスと笑う。



「今、マリスタが赤いローブを着ているでしょう? あれは学校から支給された制服みたいなものなの。中等部の生徒は、成績の差でローブの色が違ってくるのよ。レッド、グリーン、ベージュ、グレー、そしてホワイト……この順で等級グレードが高くなるわ。もちろん成績がよくなれば等級グレードは上がって、悪いと下がっちゃうからね」

「そうか。成績か……」



 ……待てよ。ということは、マリスタのやつ……最下位の色じゃないか。



 マリスタへと顔を向ける。同時にマリスタが顔を逸らした。

 こいつ……えらそうに知識をひけらかしてたくせに。どんな顔をしてるか大体想像がつく。



「同じ授業でも、習熟度しゅうじゅくど別なことがあって。その時は、等級グレードごとに分かれて受けることになるのよ」

「つまりこの検査は、差し当たってお前さんがどの色のローブを着ることになるかを見るためのモンだってことだ。ホレ」



 トルトが、顔程の大きさもある硝子がらす玉を投げ渡してくる。両手でズシリと受け取った冷たい感触のそれは、何の変哲へんてつもないただの硝子玉に見える。



「さ、スタートだ。魔力めてみろ、全力でな。お前がどのくらいの力を持っていても――」

「魔力とは何ですか?」



 俺にとっては至極しごく、至極当然な問い。



 しかしそれが、



『……………………は?』



 不思議の国の住人たちにしてみれば、こんなにも剣呑けんのんな表情になるほど、ズレた問いかけだったらしい。



「…………あのな坊主。誰が今冗談言えっつったんだ。面白くねぇからさっさと魔力込めろ」

「真面目に言ってるんですが」

「ま、真面目に言ってんの、それ……?」

「だからそう言ってる。きっと記憶が――」

「……アマセ君。よく聞いて?」



 黙っていたシャノリアが、言いにくそうに口を開く。

 俺はそのシャノリアの様子に――ようやく、自分が「記憶喪失」では片付かない間違いを犯したのだと理解し始めた。



「魔力ってね、理論的に言うと難しい話になっちゃうんだけど……魔力を出したり込めたりっていうのは、人間が成長する過程で、当たり前に出来るようになることなの。……君が言った『魔力とは何ですか』っていうのは……『どうやったら足で立てますか』って言ってるのと同じことなのよ」



 ――やっぱり、そういうことか。

 魔力を操る力。それはこの世界の住人にとって、種族として本能的に習得すべき――ハイハイや母国語、立つ、歩く、食べるなど――、持っていて当然の力だということだ。



 ああ、くそ。

 知らないことが、余りにも多すぎる。



「……シャノリア先生。本当にこいつ、記憶をなくしてんですかい? 記憶障害についてはちょっとかじってますが、これじゃこいつ、そのうち息の仕方でも忘れそうですよ?」

「わ、私も確かなことを知っているわけじゃないけど……知らないと訴えかけてくるこの子の目は本物でした。……きっと混乱しているのだと思います。まだこの子がやってきて一日足らず――」



 シャノリアが、失言だったと言葉を切る。だが、それは少し遅すぎる。



「…………シャノリア先生。あんたこいつ、どっから連れてきたんですか。どうも私にゃ、その辺の孤児みなしごを引っ張ってきたようには思えない」

「あ、あの。それは――」

「……突然現れたんだ。この人の家の、庭の上空に」

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