第7話 これ異世界のお菓子です。
3日で帰るような事を言っていた山田さんだが帰ってきたのは約一週間後だった。
その間も俺はいつものようにミニ世界樹『ミユ』に水と麦茶を与えては、時折『退魔の光』(空気清浄)を行い『世界樹の雫』(スーパーユン◯ル)を飲んで過ごしていた。
疲れて帰宅したときも世界樹の雫を飲めば回復したように感じるし、退魔の光を行えば部屋も体も気分的にスッキリするのでミニ世界樹『ミユ』の世話にも力が入るというもの。
時にはまるでペットを相手にするように話しかけてみたりもする。
もちろん植物が返事をしてくれるとは思ってはいないが声をかけると少し嬉しそうにミニ世界樹『ミユ』がしている様に感じるのだ。
完全に親ばかモードかもしれない。
しかし実際植物に音楽を聞かせたり声をかけて愛情を掛けて育てると立派に育ったり、出来上がった果実の味がアップするという話も聞く。
植物も生き物なのだ。
ベジタリアンは植物も動物も同じ生き物だということをわかっているのだろうか、まったく世の中(以下略)
菜食主義者と生き物を食べるのは残酷とのたまっている人達は違うという結論に脳内で達した時に部屋のチャイムが鳴った。
「はいはい、いま出ますよっと」
この時俺はすっかり油断していたのだ。
山田さん初襲来の時はきっちりとドアのスコープで来訪者チェックしたりしていたというのになんという堕落。
俺はトントントンッとリズミカルに玄関へ向かい普通に無防備にその扉を開いてしまった。
「おっじゃましまーすっ!!」
次の瞬間元気のいい声と共に俺の下腹部に猛烈な勢いで何かが突撃してきた。
「うぐっわっ」
幸いにも急所は外れていたものの油断していた俺は部屋の方へふっとばされた。
「たっ田中さん!大丈夫ですか!?」
一週間ぶりに聞く山田さんの声は俺の無事を確認する焦った声だった。
「な…なんだ…?」
俺は頭を一振りして起き上がろうとすると山田さんが心配げなイケメン顔で手を差し伸べてくれた。
優しい。惚れてしまうやろ。
「すみません田中さん。うちの研究員が……」
山田さんに引き起こして貰った俺がミニ世界樹『ミユ』の方に目を向けるとそこには身長役150cm位の小柄な女の子がキラキラした目でミニ世界樹『ミユ』を見ていた。
「山田さんのお子さんですか?」
「違います」
「じゃあ恋人さん?」
「違います。先程言ったように我が社の研究員ですよ」
山田さんは「やれやれ」というかの様なジェスチャーをしてから彼女の方を向く。
「高橋さん。まずはご挨拶をしましょう」
高橋と呼ばれた少女(?)はこちらを振り向いて一言「あ、どうも研究員の高橋です」とだけ言ってまたミニ世界樹『ミユ』へ視線を戻した。
「で?彼女は一体何をしに?大体想像はつくけど」
「いやぁ大変だったんですよ。株主総会で今回の田中さんとミニ世界樹…ミユさんの話をレポートとしてまとめて発表させていただいたのですが、それがかなりの反響でして」
ユグドラシルカンパニー本社大会議場で行われた株主総会では異世界へのミニ世界樹輸出についての成果を各支店の代表者が発表していく形を取っていたらしい。
それ、株主総会なの?という疑問が頭に浮かばなくもないが、それよりも自分以外にもミニ世界樹を押し付けられた、もとい、贈与された人たちが居るということに興味が出た。
「そうですね、田中さん以外……といいますかこの世界以外にも後3つの世界で試験販売が開始されています」
「3つの世界?」
「私達の世界から近い範囲の異世界からある程度の期間をかけて調査し、ミニ世界樹が成長できる世界の中から3つを選び出してモニター様をそれぞれの世界の担当者が決めてお渡しいたしております」
相変わらず山田さんの設定はブレないな。
つまりは世界中で俺を含め4人を商品モニターとして選んたという事だよね。
多分、日本・アメリカ・ロシア・ヨーロッパの何処か位かな。中国も今の御時世ありえるかもだけど日本に近すぎるしね。
「それでですね、他の3支店のモニターのお客様と比べまして田中さんのミニ世界樹の成長が素晴らしいという話になりまして。何しろ他はまだレベルアップにも達していない上に田中さんの育てられたミニ世界樹『ミユ』ちゃんは最初のレベルアップから特殊能力が付いて居るという破格っぷり」
山田さんの言葉にどんどん熱が上がっていくのを感じる。
この人の悪い癖だなと逆に冷静になっていく俺。
「そんなに凄い?ただ麦茶与えただけだし、それも偶然だったし」
「そんな卑下なさらなくても…。田中さんがミニ世界樹に注ぎ込んだ愛情は本物ですよ」
「愛情とかそんな凄いものはないよ。ただ普通に世話をしていただけだもの」
「いいですか田中さん!」
山田さんがいつものようににじり寄ってくる。
イケメンににじり寄られても困る。だってボク男の子だよ?それでもいいの?
「ただでさえこの世界の空間魔力(魔素)は非常に少ないのです。他の3つの異世界に比べて十分の一、いや百分の一程度しかありません。私もこの世界の担当を任された当初はどうすれば良いのかと悩んでいたほどです」
何故そんな世界を選んだのかと『設定』にツッコミをいれたかったが黙っていることにした。
下手に突っ込むと話が長くなるのは経験済みだ。
「それが蓋を開けてみれば一番ミニ世界樹の成長に不向きのはずのこの世界がトップの成績を叩き出したのです。それはもう株主総会での話題の中心になるのも当たり前でしょう?」
「ソウデスネ」棒読みで相槌を打つ。
「そういう訳でこの世界でのミニ世界樹成長について我々ユグドラシルカンパニーと致しましてはさらなる研究をしなければならないという結論に至り世界樹専門の研究員を派遣することになった訳です」
一気にまくし立てた後、急に山田さんはテンションを下げ件の研究員に目を向け、今度は小声で語る。
「まぁそこまでは良かったんですが、まさか彼女が派遣されるなんて災難です」
「災難?」
「ええ、先程の一件でおわかりでしょうけれど彼女は研究の事となると猪突猛進でして。非常に優秀な研究者ではあるのですがそういう人ほど優秀さと引き換えに常識という物を何処かに置き忘れて来たような人ばかりでして」
散々上司と掛け合って別の人物に変更してもらえるように交渉していたのだそうな。
それで当初の予定より帰宅がかなり遅れてしまったという事らしい。
「所で山田さん。彼女、どう見ても未成年にしか見えないんですが社員で研究員さんなんですよね?」
「いいえ未成年じゃありませんよ。彼女は現在68歳のはずです。この世界の人間としては21歳で登録してあります」
「とうてい21にも見えないんですが」
日本人は外国人に比べて身長は低いので150cm程度の女性はたくさん居るが、彼女の場合それに加えて化粧っ気が全くないのに顔や素肌、纏う雰囲気が完全に中高生にしか見えないのだ。
「彼女はドワーフ族ですから我々エルフや他の人族に比べて幼く見えるんですよ」
ドワーフって……また新しい設定が出てきたな。
「ドワーフってあのドワーフですか?それにしては身長が低い以外ドワーフっぽさが皆無なんだけど」
「そうかもしれませんね」
おや?今回はエルフらしさについて熱く語っていた時と違い冷静だ。
「私達の世界のドワーフはこの世界で語られているように別段エルフと仲が悪いわけでもありませんし、気難しい種族というわけでもないですしね。男性のドワーフの方は髭も生えてますしこの世界でのイメージにもう少し近いのですが女性の場合は小柄なのと頑強さ位ですかね」
たしかにあのタックルは凄かった。
「とにかくですね、ご迷惑をおかけしますが高橋が研究モードに入るとしばらくは話にならない状態になるので落ち着くまであのままでお願いします。あ、これ異世界のお菓子です」
山田さんはドワーフ話を打ち切って持っていた鞄から綺麗な包み紙で包装された箱を取り出した。
前回は名物と言ってミニ世界樹を押し付けられたので警戒せずにはいられない。
「ユグドラシルカンパニー本社のあるエルフの森の大ヒット商品で、旅行やお仕事で訪れた方は皆買って帰ると言っても過言ではない人気商品なんですよ」
まぁ今回はお菓子と言い切っている訳だしそこまで心配する事でもないか。
俺はそう考えて包を受け取る。
「開けてみてください」
山田さんがそう急かすので思い切って俺は包装紙を開ける。今回も綺麗にあとで使えるレベルの開け方だ。もうこれは俺の癖なのだから仕方ない。
テープを全部剥がした後に一気に開ける。
「おぅ……これは……」
俺はそのお菓子をみて絶句した。
「これがエルフの森が誇る銘菓『せかいじゅの葉饅頭』です!」
「も◯じ饅頭じゃねーか!!!」
そこには誰もが知っている紅葉の葉形の饅頭がずらりと並んでいたのだった。
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