第14話 ある晩に自宅サーバが起動しなくなったこともあったわね(2)、あるいは、白い馬をベースにした自家製ハイボール

 シュワシュワする液体で喉を潤して、ディスク死亡後の顛末をウエノちゃんに話始めた。


「さすがに、ハードディスクの故障を直す技術は持ってないからね」


 でも、世の中にはデータ復旧サービスというのがあるのは知っていたわ。


 最後の手段ね。


 ただ、業務用のディスクの復旧となると、金額が数十万から百万オーバーもザラという話ばかり耳にしていたから、手が出ないと思ってたわ。


 でもね、それでも藁にもすがる気持ちで検索したら、五万程度の業者が見つかったのよ。


 疲れ果てたことで眼鏡を通しても霞み気味の視力が魅せた幻かと思ったけど。どうやら、個人向けのサービスで500GB以下なら五万程度っていうのが相場みたいだったわ。


 あのとき故障したディスクは500GB。ギリギリ対象範囲だ。


「それで、復旧できたんですか?」


「ま、それは後のお愉しみよ」


 先を気にするウエノちゃんに、もったいを付けつつ、先を話す。


 いくつかのサービスを調べて、職場から近いところに店舗があるのを見つけたのよ。


 そうなれば、頼るしかないわ。


 何せ、仮想サーバだからね。他のファイルは無理でも、仮想サーバのイメージファイルが上手く抜き出せれば、復旧は簡単にできるわ。


 ほら、昨日も開発チームがさっさと復旧させてたでしょ? 仮想サーバって、ハードウェアの節約だけじゃなくて、そういう面でも利点があるのよね。


 っと、話が逸れたわね。


 だから、もしも仮想サーバのイメージが復旧すれば、オペレーティングシステムの再インストールから各種ミドルウェアのセットアップして、手作業で作成できるデータは手作業で作成してってことをしなくて済む。


 その作業工数を考えてみて? 五万なら、安いでしょ?


 そうして、絶望の中、少しだけ光が見えた気がしたあたしは、その店舗の情報を控えて、サーバから取り出したディスクを乾燥剤と共に静電気防止袋に入れ、緩衝材で包み、適当なハードディスクの空き箱にしまい、通勤用に鞄に入れたわ。


 忘れるわけにはいかない大切なものは、寝る前に鞄に入れてしまう主義なのよ。


 そうして翌日を迎えたんだけど、寝たのが結局三時過ぎてたのよね。だから、目の下の隈を化粧で隠す程度の乙女の嗜みは駆使して会社へ向かうことになったわ。


「小枝葉先輩でも、そういうの気にするんですね」


「ちょっと、人をなんだと思ってるのよ?」


 あたしを慕ってるようで、辛辣なことを言ったり気まぐれね。これ、犬っぽいって思ったけど、猫かしら?


 まぁ、それはさておいて。


 寝不足でも、仕事はきちんとこなして午前の仕事を乗り越えたわ。そうして、昼休みにデータ復旧会社に連絡して状況を説明したんだけど、その結果、税抜き十九万からって言われたわ。


「どうしてですか? 五万円って書いてたんですよね、それって詐欺じゃないんですか?」


 金額だけ聞けばそう思うのも無理ないわね。


「ううん。違うのよ」


 重度物理障害は対象外ってこと。物々しい用語で説明されたけど、要するにハードディスクが物理的に壊れている場合は、サイトに表示された金額の適用外ということだったの。


 取り出したディスクを USB なんかで別のパソコンに繋いでデータを抜き取るとか、そう言う作業の料金が五万円ってこと。


「それって高くありませんか?」


「じゃ、聞くけど。昨日のあたしの作業を見てなかったとして、ウエノちゃんは取り出したディスクを別のパソコンに繋ぐって発想があったかしら?」


「それは……なかったですね」


「そうよ。そういう知識も含めての技術。技術職としてやっていくなら、技術の価値を安く見積もっちゃダメ」


 これって、ハードディスクを本体から取り出す方法も解らない、ハードに関する技術をまったく持たない人のために、技術を供出して作業を代行してくれるサービスってことよ。


 だとすれば、自分でどうしようもない状況において大切なデータを救い出してくれるんだから、専門知識と技術の提供価格として五万程度っていうのは、救出したデータを持ち帰るためのハードディスクの貸し出し料金も含んでるみたいだったし、そう馬鹿高くもないわ。


 むしろ良心的なものじゃないかしらね。


「そうですね。認識を改めます」


 じゃれついてきたりしつつも、学ぶべきところでは生真面目ね。振れ幅が大きいけど、だからこそ、教えていて心地いいわね。


 じゃ、続きだけど。


 結局五万円のサービスは、あたしみたいにディスクを抜いてUSBインターフェイスで繋いでデータ救出を試みよう! とかサラッとやっちゃうぐらいの技術を持つ人には無用のサービスだったんだけど、一方で、あたしにもできない、壊れたディスクからのデータ復旧作業の方。


 その料金が十九万というのは、技術料としてはそう高くないとは思うのよね。


 だけどね、断ったわ。


「サービス、利用しなかったんですか?」


 どうやら、物理障害のディスクからのデータ救出を軸にした復旧劇を期待していたみたいだけど、違うのよね。


「だって、相場としては妥当でも、単純に十九万の臨時出費はキツかったのよ」


 懐事情の問題は、どうしようもないわよね?


「あたしたちも、タダで作業しないでしょう? 裏返せば、対価が払えないなら技術の恩恵を受けられない。だから、潔く諦めたわ」


「ということは、一からの復旧作業だったということですね。お疲れ様です」


 今更お疲れ様もないんだけど、ま、疲れたのは事実だから素直に受け取るとして。


「ううん、違うわ。ちょっとした経験が生んだ奇跡が起きたわ」


 金額の折り合いがつかずに、データの復旧を一度は諦めたわ。


 気持ちを切り替えて午後の仕事をなんとか乗り切って、日本橋へ向かったわ。


 交換用のディスクが必要となるからね。


 1TBのディスクは当時の相場で五千円前後だったから、復旧料金に比べれば安いものだけど、そこはそれ。


 少しでも安く付かせるために、いくつかの店を回って値段を確認して回ったのよ。


 でも、それがよかった。


 ハードディスクって、とってもデリケートでね、パソコンの部品としては故障率がとても高いわ。だからこそ、会社のサーバルームに予備のハードディスクが置いてあったのよ。あれ、あたしが提案したんだけどね。


 それはそれとして。


 実は昔、パソコンに入っているハードディスクで冬だけ動くハードディスクがあったのよ。


 どうしてかっていうとね、ハードディスクは熱に弱いのよ。精密だからね。金属部品って温度で微妙にサイズが変化したりもあるかもして、普通は誤差の範囲だけど老朽化でその誤差が共用できなくなったとかが、あるのかもしれないわ。


 あ、これは推測だから、覚えてなくていいわ。とにかく、温度変化で動きが変わるってところだけ押さえておいてね。


 勿体付けちゃったわね。


 とりあえず、手頃な値段でハードディスクを買ったときに、ディスクが読めない状態のときかなりの熱を持っていたことを思いだしたのよ。


 それから一晩経って、ハードディスクの熱は完全に冷めている。


 なら、もしかして?


 って希望が湧いてね。


  SATA->USB3.0 のケーブルも買っておいたのよ。持ってたのが USB2.0 で遅いから。もしも動いても、より短い稼働時間でデータを取り出せる方が安心よね?


「今度は、しっかり備えたんですね」


「時間が経って、大分冷静になってたってことよ。冷静なあたしは、いつだってキッチリしてるでしょ?」


「はい。お酒にだらしない以外は素敵な先輩だと思っています!」


 ハイボール片手に指導をしている状況で言われると、複雑ね。


 まぁ、いいわ。


 で、もうそこからは、新たに生まれた希望に突き動かされるように帰宅してから、まずは食事を摂ったわ。腹が減っては戦はできぬ、ってことでね。


「お酒じゃないんですね」


「さすがに、呑む気分にはなれなかったのよ……」


 言われて気付いたけど、そうなのよね。


 あのとき、お酒が喉を通らないほどショック受けてたのね。


 こういう新たな発見もあるから、人に話すのって楽しいわね。


 それで、期待しすぎて裏切られたら立ち直れなさそうだったからね。


 全然期待してないわ、ダメ元でやるんだからね、って自分に言い聞かせながら、買ってきた SATA->USB3.0 変換ケーブルでメインのパソコンに接続したのよ。


 そうしたらね……って、炭酸水がなくなったわね。氷も大分減ったから補充しないと。


「え、それで、どうなったんですか?」


 続きを促してくるウエノちゃんだけど、


「ごめんね。ちょっと飲物を買えるわ」


 キッチンへ戻り、シンク付近に並べた酒瓶を吟味する。


 そういえば、コーラがあったわね。じゃぁ、あれにしよう。


 ウィスキーの瓶を戻し、種類が違えど琥珀色の液体が入った瓶を持ってきて、コーラで割る。


 琥珀色の液体は、ラム。


 という訳で、仕切り直すために、再び虚空に向けてグラスを傾ける。


「乾杯!」

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