第2話 戦士の少女と魔術師の少年


呆然と立ち尽くす戦う術を持たない者達の中に、厳しくも強い意志を込めた瞳で自分達が逃げ出してきた村を見つめる少女と少年がいた。


この2人は他の者達とは違い、戦う力を持っている。

少女の父は戦士。

少年の父は魔術師。

共に村の男達を率いて、今まさに戦っている。


少女は父に剣技を習っている。

少年は父に魔術を習っている。

既に並みの戦士や並みの魔術師をとうに上回る実力の持ち主である。

他の村の男達より、ずっと戦力になるはずだった。


それでも2人の父は少女と少年に他の女子供と一緒に避難するよう命じ、2人が戦闘の場に残る事を頑として許さなかった。

2人の父は娘と息子の身の安全を最優先したかった。

そして、それは常識的に考えて許される行為に思われた。

何故なら、少女と少年はまだ十にも満たない幼い子供だったのだから。


その少女と少年の手を1人の女性がきつく握り締めていた。

戦士の妻タミナである。

女性にしては心身ともに逞しく、なかなか豪胆な女性ではあるが、それでも彼女は‘戦う術を持たない者’の1人であった。

しかし、彼女は皆の避難を誘導するという役割を担い、か弱き者達をここまで連れてきた。


彼女の右手は娘の手を、左手は夫の親友の息子の手を握り締めている。


右を見下ろすと、同じ年頃の子供の中でも小柄な部類に入る娘が、黙って村の方角を見つめていた。


(この子の髪、本当にあの人に似ているわ)

非常時というのに、ふとそんな事を考えた。

娘のカナは、緩くウェーブのかかった赤髪をしている。

その鮮やかな赤色は、どう見ても父親譲りだ。

夫は短く刈っているが、娘は一応、女の子なので、肩より少し下くらいの長さに伸ばしてある。

女の子らしいところの少ない娘なので、髪くらい伸ばさないと男の子にしか見えないのだ。


着ている服も男の子用の物である。

女の子用の可愛らしい服は、遊ぶのに邪魔になるからと言って着ようとしない。

この子の遊びは御飯事や人形遊びではないからだ。


カナの背には小さな体に似合わぬ大剣が背負われている。

それは玩具ではなく、ましてや飾りでもない。

夫が今よりもっと若かった頃に愛用していた品だ。

無銘だが、数々の戦を潜り抜けてきた名刀である。

カナはそれを自在に使いこなせる事を、タミナは知っていた。


タミナは次に左を見下ろした。

黒髪の少年が娘と同じ方角を見つめている。


この黒髪の少年ダンは娘と同い年。

体の大きさもちょうど同じくらいで、実はカナの着ている服のほとんどはダンのためにタミナが縫った物である。

だが、もう少し成長すれば、ダンの方が背も高くなるだろうし、体も逞しくなるだろう。


ダンの目はカナとよく似ている。

深緑の瞳に子供のくせに切れ長な目つき。

血は繋がっていないのに、まるできょうだいのように見えて、タミナはなんだかこの少年まで我が子であるかのように思って接してきた。

実際、生まれると同時に母を失ったダンの母親代わりをずっと務めてきた。


だから、タミナは知っている。

ダンの力を。

カナと違って、武器は何一つ持っていないが、彼にとって、剣は大した意味を持たない。


2人が今何を思っているのか、タミナにはよくわかる。

だが、それを許す気にはなれない。

2人の力を知っていても、母として許す事ができないのだ。


タミナの握っていた手をカナが外そうとした。

「いけません」

タミナはカナの手を更にきつく握り直し、厳しい表情で言った。

「あなたはここにいるの。ダンもよ。お願いだから言う事を聞いて」

だが、カナは反抗的な、それでいて甘えるような瞳で母を見つめると、強引にその手を振りほどいた。


「カナ!」

続いてダンもカナを追うようにタミナの手を振りほどく。

「駄目よ!カナ!ダン!」

2人は今しがた逃げ出してきたばかりの村に向かって駆け出した。


しかし、2人はほんの十数メートル走ったところで立ち止まってしまった。


自分の必死の呼びかけが通じたのか?


一瞬そう思ったタミナだが、すぐにそれは間違いである事に気が付いた。

不気味な男が1人、木々の間から、ぬっと現れたのだ。

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