正々堂々


 クリストは勝利を確信していた。アシュ程度の魔力で、負けるはずなどない。いや、勝つだけでは気が済まない。圧倒的に勝利し、重傷で血を流しながら倒れている光景を上から見下ろし、その顔面を踏みつけ、唾を吐き、泣き叫びながら命乞いさせる。殺さないのであらば、それぐらいしなければ、全く気が済まない。


<<火の存在を 敵に 示せ>>ーー炎の矢ファイア・エンブレム


 放たれた炎は、アシュの周りを取り囲み、退路を塞ぐ。


「……見事だね」


 闇魔法使いは素直に評する。鮮やかな遠隔操作能力。それは、優れたシールによって実行できると言っていい。やはり、非凡な才能があると確信する。


「今更、命乞いしても遅いよ」


 クリストは追撃の手を緩めない。前の戦いでは、先手を許したが、今回は油断があったのだろう。容易に初撃を許す闇魔法使いに、ほくそ笑む。対してこちらは油断がなく、実力も上。正々堂々と決められた闘い。これで、どう負けろと言うのか。もはや、彼の頭には、敗北後のアシュをどう料理するかという点にしか興味がなかった。


<<光なる徴よ 聖なる刃となりて 悪しき者を 断罪せよ>>ーー光の印サン・スターク


 無数の光の矢が、対象に向かって襲いかかる。


 しかし。


<<土塊よ 絶壁となりて 我が身を守れ>>ーー土の護りサンド・タリスマン


 アシュの唱えた魔法壁は、地面から発生した岩壁。クリストの放った無数の矢をいとも簡単に弾く。


「ば、バカな……」


 愕然とした表情を浮べるクリスト。魔法の印マジック・スタークは、通常の単体で放つものと異なり、量、質ともに高い威力を誇る魔法の矢マジック・エンブレムの上位互換である。同レベルの魔法壁で防ごうとするながら、土の護りサンド・タリスマンの上位互換である土陣の護りロック・タリスマンで防ぐしかない。


「わからないかな?」


 アシュは、壁越しに皮肉めいた声を出す。


「……クッ、そんな訳ない」


 何度も何度も首を横に振って、クリストは、自らのを否定する。


「ク、クククク……」


「笑うなぁ! 貴様への躊躇……いや、慈悲を施してやればいい気になりやがってええええええええええっ!」


<<哀しき愚者に 裁きの業火を 下せ>>ーー神威の烈炎オド・バルバス


 火・光の二属性魔法。その魔法は、未熟であったがなんとか形となってアシュへと襲いかかり、魔法壁へと直撃し砕け散る。衝撃音が木霊し、砂煙が大きく巻き起こった。


「ハハ……クハハハハハハハハッ、し、死にやがった! あれだけでかい口を叩いておいて。クハハハハハハハハハハッ、クハハハハハハハハハハハハハ」


 嘲笑うクリスト。もはや、殺すことへの躊躇もないほど、アシュという男を憎んでおり、その存在が消えたことを素直に狂喜した。


 が。


「ククク……土の壁を壊しただけで、なにがおかしいのかな?」


「……ひっ」


 砂煙から聞こえるアシュの声に怯えるクリスト。


「な、なんで?」


「わからないかな? いや、わからないように言い聞かせているだけなのかな……魔力のだよ」


「ば、バカな……魔力は僕の方が」


「はぁ……本当に滑稽だよ。手加減されていることすら、気づかなかったとは」


「バ、ババババババカナ。バッバババババカナ……バババババ……そ、そうだ……え、鉛筆……鉛筆……」


 必死にポケットから鉛筆を取り出そうとするが、震える手でそれを落とす。


「……これだけ知らしめても認めようとはしないとは、本当に呆れた阿呆だな。仕方ない……失禁するなよ!」


 アシュはそう叫び、詠唱を始める。


<<漆黒よ 果てなき闇よ 深淵の魂よ 集いて死の絶望を示せ>>ーー煉獄の冥府ゼノ・ベルセルク


<<光陣よ あらゆる邪気から 清浄なる者を守れ>>ーー聖陣の護りセント・タリスマン


 クリストが張った魔法陣は、自身でも最高の出来であった。瀕死の危機の中、火事場の馬鹿力が発揮された結果だった。


 しかし。


 アシュの放った莫大な闇は、まるでそれが一枚の紙切れのように破り去る。


「ひっ……ひぃいいいいいいいいいい!」


 膝から崩れ落ちて、失禁しながらクリストはその闇を目で追った。


 それは、彼の横を通り過ぎ、奥の木々を全て呑み込んだ。


「勝負……あり、かな」


「……」


 もはや、声すら出ないクリストに近づくアシュ。


「ククク……あれだけ失禁するなと言ったのに……ククク……クハハハ……あー、すまない、可哀想過ぎて笑ってやれない」


 さすがに哀れすぎて。そんな想いを浮かべうるほど、廃人めいた表情を浮べるクリスト。


 その時、


「はぁ……はぁ……アシュ!」


 走ってきたのは、リアナだった。


「ばっ……来るな!」


 アシュはそう叫びながら、クリストの表情を見た。


「……見るな……見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るなあああああああああああ!」


 彼は、見てしまった。


 彼女の哀れみの表情を。


 アシュに負けてから、


 ずっと見続けていた慰めの表情を。


 見るな。


 こんな僕を。


 哀れな僕を。


 そんな優しい瞳で。


 僕を。


 見ないでくれ。


「ちっ、落ち着けクリスト」


「……はあああああああああああっ」


<<煉獄の使者よ 我と共に 死の山を 築かん>>


 瞬間、


 クリストの横にあった魔法陣が黒い光を発し、悪魔が姿を現わす。


「……オエイレット」


 闇魔法使いは、震える声でつぶやいた。








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