ネックレス


 学術都市ザグレブの首都ヴィシノヴァール繁華街は、他の国とは一風異なっている。大道芸人たちが芸を披露するでもなく、出店の売り子が声を張り上げて集客に精を出すわけでもない。多くの店で売っているのは古書のみ。その閑散としたと言ってもいいほど物静かな雰囲気が、この繁華街の特徴であった。


「ふむ……ここは、1ヶ月前に来ていたが、この本は見なかったな。マスター、これはいつ仕入れたのーー」


「こらっ、今日は本を買う目的で来たんじゃないでしょう?」


 出店の古書に興味を示すアシュを、ジルが制止する。繁華街を闊歩しているこの2人は、リアナの誕生日プレゼントを選びに来ていた。


「しかし……このあたりは本しか売っていないのに」


「私も詳しくは知らないんだけど……確かこの前、友達に教えられて……あっ、ここ……だ……」


 アクセサリーショップ『プルプル』


 キャピキャピ、という擬音語が似合う、いろどりの激しい店は、明らかに学術都市ザグレブの重厚な雰囲気を阻害していた。全てがピンクで染めあげられたドアの前で、闇魔法使いはしばし佇み、「帰る」と一言つぶやき、背中を向ける。


「ちょ、ちょっと! なにいきなり踵を返してるのよ! せっかくここまで来ておいて帰るって言うの!?」


「君は、この僕に、このお店に入れというのかい?」


「た、確かに異様な存在感なのは認めるわ! 女の私も、いささか気後れしてしまうけど……せっかくここまで来たんだから!」


 と言うより、さっきからこの場で立っていることが恥ずかしい。元々、お洒落に疎い勤勉美少女にとって、この店は相当ハードルが高い。それでも、常日頃から勉強ばかりして友達らしい友達がいなかったジルは、リアナの喜ぶ顔が見たい。蛙1000匹をプレゼントされて、泣きじゃくる顔は見たくない。その一心で、アシュの手を強引に引いて店のドアを開けた。


「うわっ……」


 思わずでた感嘆を、ジルは必死に抑える。一面に置かれた華やかなアクセサリー。可愛らしいブレスレットから高級感のある指輪までが至るところに散りばめられて、まるでこの店全体が宝石箱に閉じられているような場所だった。


「なにかお探しですか?」


 出てきた店員は、ピンクの髪に、ピンクのワンピースを着て、ピンクのブレスレット、ピンクのネックレス、指輪を装着した全身ピンク女子だった。顔だちは非常に綺麗だったが、思わずそのこだわりが強すぎるファッションに目が行ってしまう。


「あ、あの……友達にプレゼントを」


「どんな方ですか?」


「えっと……すっごく綺麗で、可愛くて、優しくて……」


「んー……と、言うより好みの色とか、好きな宝石とか」


「……えっ」


 そう聞かれて、ジルは、思わず後ずさりする。そう言われてみれば、彼女の好みなど全く知らない。友達と言っておきながら、なにを好きかも知らないなんて。そんな卑屈な想いが、彼女の顔を下に向かせる。


 その時、


「緑……」


 ポソッと、後ろから声がする。


「えっ……なんて?」


 店員が尋ねると、アシュが至極不機嫌そうな表情で「だから、好きな色は緑」と答える。


「……そうですか。ほかに知っていることはありますか?」


「好きな宝石は翠玉エメラルド……だから、緑が好きなんだと思うが。好きな食べ物は野菜全般。好きな花はユーリーズ。かつての天空都市オリヴィスに咲き誇る花で、現存しているのは数ある高山にしかないと言われているが、一度は見たいと言っていたな。後は……僕がニンジンを嫌いだと言っているのに、機嫌の悪いときは食事にさりげなく入れてくるのは勘弁してほしいところだ。それに……」


「それに?」


「最近、仲のいい親友ができたといって、よく僕に嬉しそうに話してくるのが、面倒くさい。まあ、くだらない話ばかりしてくるから、それがいつも僕の思考の邪魔になっているよ」


「……そうですか。わかりました。店長である、リーベル=サーベスが心を込めて素敵なあなたたちの大切な人へのプレゼントを見繕わせていただきます」


 優しいウインクをしながら、彼女は、楽しげにアクセサリーを選び出す。


「た、大切な人って……まったく……なにか壮絶な勘違いをしているようだね」


 不満げにそう漏らすアシュを、ジルがジーっと見つめる。


「な、なんだい? まだ、なにか文句でも?」


「アシュ……ありがと」


「……ふん、なにに対してのお礼か、まったくわからないな」


 さらに不機嫌そうな表情を浮かべ、アシュは店の中をウロウロと歩いていた。



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