コメディ

だってすずめさん


 突然だが、私は人間観察を愛している。


 まさに人生の生きがいと言っても過言ではない。仲間内からは馬鹿にされるこの趣味であるが、人間ほど面白い生き物は地球上どこを探しても見つからないだろう。


 人間観察は、あの空飛ぶ鋼の塊を眺めて過ごすよりもよっぽど有意義なことだと私は確信している。ゆえに、私の日々は仲間たちの誰よりも充実しているのである。


 そんな思想を掲げる私は、今日も風に揺れる電線にしっかりと掴まりながら、時々飛んでくる羽虫をみつつ人間を観察している。


 ああ、察しの良い方はもうお気づきだろうが、私は人間ではない。私個人を指す固有名詞は特にないが、我々の種族は君たち人間から俗に、すずめ、と呼ばれている。


 もう百年ばかりこうして人間の進化と繁栄を見続けているだけの、何の変哲もないただの一羽の小鳥だ。


 おっ、どこからか鋭い追及が聞こえた気がするぞ。まさか君たち、鳥は長生きしないと思っていないか?


 そんなことはない。本来、自然界において鳥類は何百年とも生きる生物だ。先月死んだ私の曽祖父は、嘘か真か「平安貴族みんな太っとったで」が口癖であった。彼らからすれば百歳ちょっとの私などまだまだ若輩者である。人間が我ら鳥類を見分けられないから、こんな誤解が生まれるのだ。


 私のように異種族をよく観察したまえ。ほら、君たちの幼いころからまったく代わり映えしない顔ぶれだろう? 哺乳類なんぞの寿命は短いが、少なくとも私のような小鳥の寿命は長い。まぁ、人間に飼いならされて寿命を縮めるものも多いのは確かだがな。


 さて、そろそろ我々の事は置いておいて、本題に入ろうか。


 君たちの予想通り、私は一日のほとんどを人間観察に費やしている。もちろん私は鳥なので人語を解するのは容易たやすい。ゆえに鳥たちは人間たちのなにげない会話に耳をすませていたりする。私も例外ではない。


 つい先週、いつもどおり最近の若者の会話に聞き耳をそばだてていた時、私はある重大なことを、遅ればせながら知ってしまったのだ。


 ―──―曰く、『りあじゅう』なる者達が、『ひ・りあじゅう』に爆発死させられるというのだ。


 これは決して許されざることだ! 


 観測結果から『りあじゅう』とはつがいの若者を指すものだと、私はすでに理解している。そして現代の若者にもつがいは非常に多い。つまりこの事態を許してしまえば、今生きている若者の半数ほどが爆死するということだ。


 これはいかん。いかんのだ。


 そうなってしまえば、私は今後、何を観察すればいいというのだ。


 つがいが居なくなるというのは、後に残るのはつがいを作ることの難しい繁殖能力の低い奴らということになる。それでなくても人間は一度に一人か二人ぐらいしか子を成さんのだ。このままでは『しょうしか』に拍車がかかり、人間は絶滅してしまう!


 なんとかしなくては!


 人類よ! 君たちの頭上で雀が警鐘を鳴らしているぞ! 気づかんか!


 私の可愛らしい鳴き声にまばらな通行人は誰一人として関心を引かれた様子はない。だろうなぁ。私は彼らにとって、あくまで愛らしい雀にすぎないからな。せいぜい変な動きをして一瞬ぎょっとさせるぐらいのことしかできん。


 …………。いったい、いつになったら人間は我等の言葉を翻訳できるようになるのだ? それでも高等種族のはしくれか? さっさと生み出さんか、『ばいりんがる』とやらを。


 若干落胆して俯いていると、私の止まる電柱の下を学生服に身を包んだ人間たちが歩いてくるのが目に入った。首をかしげてじっと見つめてみる。顔の造形と服装が崩れ気味の少年二人組だ。ふむ。彼らは『ひ・りあじゅう』だな、たぶん。


 私の予想は的中したようで、少年たちは小刻みに震えながら、人三化け七と称するのが相応しい具合に顔を歪めて、金切り声で叫びだした。


賢木さかきの野郎、ちょっと顔が良いからって調子こきやがって! 塚本つかもとさんに話しかけてもらったからって鼻の下伸ばしてんじゃねぇってんだよ、たくっ!」


 ああ、持たざる者のひがみか。醜い陰口を叩くような根性をしているから、雌に嫌われるのだ。まったく、雄たるもの何時いつ如何いかなる時でも『じぇんとるまん』であるべきだろうに。


「ほんとムカつくよなぁ。あいつ今度絞めようぜ」


 おいおい、間違っても私を絞めてくれるなよ。雀は食用じゃないからな。その賢木君とやらも、血抜きしたくらいじゃ食べられないと思うぞ?


 ぴーぴーと鳴き声で忠告するが、少年たちは気づかないまま声を張り上げて笑った。


「いいねぇ、アイツに不満がある奴は探せば山ほどいるからな。一回集めてヤキいれようぜ」


 ほほう。絞めて、焼くだと? 貴様ら本当に賢木君喰う気か!?


 彼らの思考の狂いっぷりに思わずのけ反った私に、その時はついに訪れた。


「ほんっと、リア充爆発しろ! ってんだよ。あんなクズ共必要ねぇよ」


「マジ、リア充だけピンポイントで死んでくれねぇかなー」


 ――っ、来た! 『りあじゅう』に死を願う『ひ・りあじゅう』が現れた!


 そう。私はこの時を待ちあぐんでいたのだ。『りあじゅう爆発』だなんて危険な思想な持つ人間には天罰を下さねばなるまいとずっと思っていたのだからな!


 先輩雀達からは誰にも支持してもらえなかったが。なぜか生暖かい目で見られたが!


 それでも私一羽でも頑張れば、ああいうやからを少しは改心させられるやもしれぬ。


 私は一度決めたら猛進する性質たちなのだ。彼らに私的な恨みはないが、これも人間社会を守るためだ。今だけ慈悲の心は封印するべきだろう。


 狙いを定めて、お腹の調子を整えて、っと。よし、準備万端。


 いざ行かん! 大空を羽ばたきし我らの攻撃を受けよ!


 ぱたたと両の翼をはためかせ私は飛んだ。幸いなことに少年二人は私の存在に気づいていない。なので私は遠慮せず大胆に彼らに近づいた。


 ――その攻撃が彼らに届くまで数秒を要する。しかし、すでに結果は目に見えている。は軌道を逸れることなく、彼らに向かって落ちていった。



 べちょっ。



「あ? なんか冷たっ、げええええ何だこれ!」


「えっ? わっ、汚ったねぇ!」


 二人の頭に私が絞り出した排泄物が見事に飛来した。


 うむ。我ながら素晴らしい精度だ。彼らの歩行速度と頃合い、そして風向きすらも計算し投下された爆弾は、その規模からは想像できない衝撃を人に与える。


 これにりたか『ひ、りあじゅう』め。もう二度と冗談でも人の死など願ってはならんぞ!


 少年たちが奇声を上げながら走り去ってくのを愉快な気持ちで見届けた後、私は飛翔を止めて元の電柱へ戻った。


 ふう。一仕事終わったな。


 暇になったし、また人間達の観察に戻るとするか。お、向こうで『かっぷる』が喧嘩を始めたぞ。野次馬のごとく見に行くとしよう。


 殴り合いに発展したつがいのそばまで飛んでいきながら、私は思わず微笑を浮かべた。


 ――――いつの世も、まこと人間は面白い生き物だ。


                   了    


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