第19話 鏡の迷宮のバトル

 俺たちの前に現れたのは、姿形が俺たちとそっくりの魔物だモンスターった。

 ここは鏡の迷宮の中の、大鏡のおおかがみ間。

 大きな部屋ではないが、一見空間が東西南北に無限に広がってるように見える。

 部屋の四方の壁に傷ひとつ無い純粋な平面の大鏡が貼られてる。合わせ鏡の性質により向かい合った大鏡が光を数えきれない回数反射するために、部屋が無限につづいてるかのように見えるという古典的なトリック。

 周りにものは無く、天井から丸い形の淡い照明がぶら下がってるのみだ。この照明も、四方の鏡に映し出されどこまでも等間隔に並んでるように見えた。

 部屋の上下にも鏡があれば、それこそ縦方向にも空間が延々と開かれてゆくのだろうが、それだと女性プレイヤーのスカートの中身などが見えてしまうためだろうか。天井と床は、ただのコンクリートの壁だった。

 鏡には汚れなどはなく、そこが壁であると分からないほどなのだが、その平面には自分の姿もありありと映し出されるため、近づけばそこに鏡があることに気付ける。

 少し不気味でもあるこの無限の空間の一つの鏡から、俺たちの像がひとりでに動き出し、その境界面から浮き出てきた。

 彼らは俺たちとそっくりの姿をしてるが、肉体は真似できても魂までは模倣できないのだろう。

 どこか無表情で虚ろな目をして、人形っぽい。

 俺たちに向き合って武器を構えたことから、戦意があるのは明らかだった。

 アプリ画面で、敵の名は『フォー・サイド・ミラー』と分かる。四方の鏡みたいな意味だろうが、敵は目の前にいるそっくりさんではなく、あくまでも壁を覆う鏡なのだろう。

 魔物かモンスターら生まれた俺たちの鏡像は『ミラー・キラル』との名称が与えられてるが、これは四方の鏡がフォーサイドミラー唱えた魔法名という位置づけにすぎない。

 敵の本体は、ようするに鏡である。


 TP7200(2時間)。SIMポイント2000P。

 死亡タイム40分。ボーナス・タイム12分(SIMポイントが2600Pに増額)。

 死亡によるマイナス報酬ポイント10000P。


 仮に20分で戦闘を終えたとして、一人当たり時給1500円換算の敵だ。

 パーティーが全滅すれば、10000Pの四人分で4万円が一回で消える。中級のダンジョンでの俺の一ヶ月分の稼ぎだ。

 これは上級クラスの魔物のモンスター中では安い報酬とリスクである。攻略の難易度はそれほど高くないと思われるのだが……?

 シオリがもう一人の自分を見て、驚きを露わにする。

「なになにっ? どこかで見たことのある美少女がいると思ったら、あたしじゃない! 鏡の迷宮だから、自分と同じ顔の人に会えるってこと? すいぶんと気色の悪いダンジョンだこと。だって、この世に宇宙一の美少女は2人もいらないでしょう? さっそく、攻撃して倒しましょう。さくっと終わらせて、稼ぐわよ。」

 カノンも同調して、戦闘バトルの体勢に入る。

「ええ。自分は世界に一人しかいないから、価値があるんです。現代の技術なら、全く同じ遺伝子をもつクローンなんて簡単に作れるでしょうが、そんなことをされたらはっきり言って肖像権の侵害です。異世界バーガー店のショップアイドル・カノンは、異世界に1人いれば十分ですよ。アイドルは、二人もいりません。」

 戦闘バトルに前向きになるのはいいのだが、うちのパーティーの女子はずいぶんと自分に自信をもってるようだ。

 彼女らなら今後、多少困難な状況に陥ってもめげずに、力強く乗り越えていけるだろう。

 だが、俺はここでやる気に満ちた二人に口を挟まねばならない。

「でも、ちょっとおかしいな。普通の魔物とモンスターのバトルであれば、その敵自体にTP(寿命)が設定されてるもんだ。しかし、この鏡にミラーは寿命があっても、俺たちの分身にはそれがない。これは魔物でモンスターはなく、魔法なんだ。寿命のない魔法をいくら叩いても、実体のある何かが消え去るわけじゃない。ってことは、ゲームの定石から言って、ミラー本体を攻撃するのがこのバトルの攻略法だと思われる。分身はあくまで、鏡に映った虚像でしか無いってことだ。上級のバトルは、冷静に思考しないと詰むぞ。」

 タカシも、それに続いて付け加える。

「マヒロ君の言うとおりだよ。目の前の彼らはボクたちと同じ見た目をしてるが、実際にはボクらは世界に一人ずつしかいないんだ。彼らはただの人形だよ。ボクも敵の実体は鏡だと思う。ここは幻を無視して、壁を攻めるほうが得策だと感じる。」

 ようは、鏡を割れば像は映らない。

 そういう単純な理屈だった。



 だが、鏡を攻めるには四人の鏡像たミラーキラルちが邪魔だった。四体のうち一体でも倒せれば、鏡にミラー攻撃が届きやすくなりそうだが。

 最初に、誰を排除する?


 鏡像キラルは、

 俺

 タカシ

 シオリ

 カノン

 の四体。


 一番、ラクに倒せそうなのは誰か?

 そこを狙って突けば、鏡面への突破口が開ける。

 瞬時に答えを出さねばならない。

 鏡像キラルたちはすでに戦闘バトルの構えに入っていて、すぐにでもこちらへ時間TPを奪いに来る。


 まず、先に浮かぶのはカノン。

 全体的に中途半端な強さしかもたないアルバイター。しかし、過重労働オーバーワークによる2回行動と搾取によエクスプロイトる味方の回復が厄介。回復技があるために真っ先に排除したい相手なのだが、そのことを敵も解ってるらしい。

 カノンは仲間メンバーの一番後ろ、最後列にいて守られていた。

 これは俺らのパーティーも同じ配置をしてるので、その意図がよく分かった。搾取は、エクスプロイト自分の時間TPを削って味方もしくは敵に同じだけの時を与える魔法。現在、このゲームで唯一の回復技。

 技の使用に自身のTPを消費するため、カノンを敵の攻撃から極力守らねばならない。時間を他人から搾取されることができるアルバイターは、全職業で一つだけTPを5時間所有する。カノンを守りながら闘うことは、明らかな時間への恩恵があった。

 多少、貧弱でもその強力な長所メリットゆえに味方に護衛されることにもなるカノンの職業。現実での地位とは反対(?)に、戦闘バトルにおいて王様や貴族のような扱いを受ける。

 将棋の王を狙い獲るのが難しいように、カノンに攻撃を当てようとするのもまた困難だった。


 次に思い浮かぶのはシオリ。

 心霊術師とスピリチュアリストいう魔法使いに似た職業であるが、身の守りや装備が弱く物理的な攻撃で死にやすい。魔法への耐性は強いが、魔法使いほどでもない。とりあえずはパーティーの後列に配置して、敵からの攻撃を当たりにくくするのが定石セオリー。崩しやすいのは、ここらへんだろう。


 タカシは先に排除するには、守りが堅い。

 木こりというマイナー職で、力も守りも剣士よりは劣るがべつに弱いわけでもない。盾もそれなりに装備できるので守りもそこそこ固い上に、魔法への耐性は剣士よりも高い。物理・魔法双方において倒しやすい相手とは言えない。

 救いは前列にいるために、攻撃を当てやすいことだろうか。一撃の威力は剣士ほどはなく、若干近づきやすいという側面がある。


 俺は、自分でもよく知るところだが、意外と脆いところがある。

 剣士という職の性質ゆえ、力・身の守りが全職業でトップクラス。強力な武器や防具を身に付けられるため、とにかく強くて崩しにくい。

 ゲームでは最もよく知られたメジャーな職種であり、使用するプレイヤーが最多なものの一つだろう。

 欠点を挙げるとすれば、ろくに魔法が使えないことと魔法への耐性が弱いことである。が、剣士でも強力な魔法を使ったり装備品によって魔法への耐久を強化できたりすることもあり、結局は強いという場合が多い。

 シムゲームにおいて、剣士は魔力が低いため魔法使いとしてはろくに役に立たない。魔法への耐性は、金を出して強力な防具を身に付ければ補強できる。ようするに、金次第だ。

 俺は盾や剣士用の重い防具などは身に付けてない。防具は透明化できるものの、重さはあるので装着することで、モンスターの急所(球核)をスフィア・コア割る上での命中率が下がるからだ。

 剣も重く大きいものはそれだけ扱いにくくなり、俺が実際に使用してるのは長剣または短剣である。

 今は山岳兵のもつ武器であるグルカ・ナイフを両手2刀持ちで装備してる。これにより、球核へのスフィア・コア命中率を一つの剣だけで狙うよりも、さらに高められるのだ。

 


 剣は2つ持ったほうがいい。

 一方が外れても、もう片方で当たる確率が残ってる。

 勉強もしながらゲームをするエリカ。バーガー店でショップバイトをしながら、ゲームにも参加してるカノン。英語と日本語を両方とも使いこなせるシオリ。

 収入源は二つもってた方が、長期的に見て安全だろう。

 俺が剣を二つ持つようにしたのは、ポイント報酬という収入を得る可能性を二本もつという意味があった。

 エリカが俺に暇なら勉強しろとか言ってくるのは、確かに未来の安定のために理に適った考え方なのだ。

 タカシに関してはよく分からない人物だが、彼は何となく気が利くし頭も普通に良いやつなのは分かる。ゲームでの収入が仮に断たれても、別の何かで食っていける知性は持ってるように思われる。


 俺は、特に何も持ってない。

 未来がどうなるかなんて分からないから、不確定な将来のために備えることに前向きになれないというのが理由だった。

 べつに、不安にはならない。

 初めから、未来に大きな期待などを抱いてないからだ。

 今時代は動きつつあるが、べつに動いても動かなくてもその時々に、何となく無難に生きてられればいいと思ってる。

 ゲームという夢の中にいれば、充分に楽しい。異世界はそれくらいに広く多様だし、ずっといても飽きない刺激と遊びに満ちてる。

 これ以上の何かを求めたとして、現実はそれを与えてくれるだろうか。

 わざわざ現実リアルの未来を攻略する闘いに挑まなくても、異世界という雲の王国でのんびり暮らせばそっちの方がよほど自由ではないのか。


……いや。

 雲の王国か。

 そこでわたあめを食べて暮らすよりも、ゲームの戦闘バトルに挑むべきだと最初に言ったのは俺だったな。異世界が雲の王国ならば、現実リアルは闘いの場だ

 現代の科学では、現実リアルもまた単なるゲームに過ぎない。現実リアルに背を向けるのは、ゲームの戦闘バトルから逃げるのとさほど変わらないのかもしれない。

 変わりつづける時代は、この世の中を生きる人間には一種の魔物だモンスター。ダンジョンと言う方が適切かもしれない。


 しかし、ゲームであるならば必ず攻略法はある。


 それは探せば見つかるはずのものだ。ゲーム攻略の基本は情報収集。

 人から話を聞く・本を読む・ネットで調べるなどわりと地道な作業をつづけて、見えない道は開けてくる。

 後ろ向きにならないことだ。時間が決して後退しないように、時と共に生きる人間は進みつづける以外にはない。

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