7-4th. ED 新たなる決意


 プロにして、全国の中高生ノベライザーの代表と言われる十六筆聖の一人でもある皇儀 莱斗。彼女は、麗しく聡明であると同時に常に全力で勝利を掴みにいく積極果敢ハングリーな精神の持ち主でもある。


 中学時代より、ノベライズの世界に筆を捧げてから頂点に立つまでも、そして筆聖に君臨してからも、自分の力や立場に慢心したことは一度もない。


「…… なのに、内面から自分を見た私はなんと脆い存在なのだろうか」


 優れた筆力をもつ故に、このノベライズは皇儀にとって苦い記憶となろうとしていた。


2nd.ED

【NOGANE:8 ― 1:SUMERAGI】

 

 勝てる……勝てるぞ、トシ……!


 天馬は、ノベライズの経過を示すディスプレイを何度も見直す。戦っているのは自分ではないにも関わらず、こんなにも自分の心臓に存在感を覚えるのは初めてかもしれなかった。


 トシは、1st.EDの皇儀のライズ・ノベルを理由は分からないが、無得点で乗り切った。皇儀は、これまで公式ノベライズ記録で自身のライズ・ノベルが【NR:ノーリアクション】となったことが一度もない。


 このノベライズを観戦する者の中には『トシが皇儀のSTIを拒否したのでは?』もしくは『皇儀の作品が理解できなかったのでは?』と疑惑の念を持つ者もいるだろうが、その可能性は二つとも皆無だった。


 ノベライズでは【SC:スルーカワード】という、STIを拒絶することによる反則(4ポイント)がある。息を止めるなどして、意識を朦朧とさせて相手のライズ・ノベルを拒否する行為である。


 また、【(R)izing Seed】は、ユーザー登録やセットアップ時にある程度の語彙力、国語力、読解力の適性を確認する機能がある。とは言っても小学生の学力範囲で漫画が読めれば、あとはSTIが読解力をサポートしてくれる。


 何より、これまで皇儀が得意とするファンタジーは、相手の趣向や知識に構わず、その筆力と創造力だけで感動させているのが、何よりの証拠である。


 それだけに1st.EDが0ポイントに終わった皇儀は、平常心を失った状態で2nd.EDに挑むこととなった。


 開始からしばらくして再び姿を現したジークと対峙したインペリオンは、1st.EDとは打って変わり、動きにまったくキレがなかった。単純な攻撃指示とセミオートのディフェンスが織り成す、子供の喧嘩のようなソウル・ライド戦を見せた。


『こ、こんなことが有り得るのでしょうか!? 皇儀選手がまさか二連続でエクセレントを評しました!そして、どんな相手でもRP:リスペクト以上は獲得してきたファンタジーがまったく通用しません!』


 自信と誇りを短時間で砕かれた、皇儀の心情を誰が察することができるだろうか。誰もがそんな思いを抱くなかでも、皇儀は状況を冷静に分析していた。


「野鐘 昇利……。筆力は元より、彼の作品にはまったくと言って良いほど迷いがない……!」


 皇儀から見たトシのライズ・ノベルは、王道というには個性が強すぎるが、それだけ人と違うものが書ける常に革新的である天性のノベライザーと判断した。実力は筆聖レベルに達していても何らおかしくないとまで思っていた。


『それでは、両選手とも、3rd.EDの続筆の意志表示をお願いします!』


 ひとつ疑問なのは、どうして自分のライズ・ノベルが通じないか。皇儀は焦りながらも分析するが答えが見付からない。


 1st.ED、2nd.EDと連続で放った【虐隷者の英雄譚レジェンド・オブ・スレイブ】の完成度の高さは皇儀自身も自負しているのだが……。


「ネクスト・ライズ!」


 力強く続筆を口にするトシだが、その表情はどこか重苦しい。


《がんばれ皇儀!》《筆聖はこんなことで挫けない!》《絶対に諦めないで!》《いけいけスメラギ!》《絶対優勝!》《負けるなヒッセイ!》《まだまだこれから!》


 ホールに寄せられている多くの応援メッセージに応えるべく、皇儀は筆を奮い立たせようとするが頭に留まらない。


 自分の弱さを無視できない自尊心。自分を許せない自尊心に気付かされたことで、敗北の二文字がちらつき始めていた。


「ネクス……」

「皇儀さん!」


 それでも逃げる訳にはいかまいと、皇儀は続筆を宣言しようとした瞬間、トシの俯きながらの呼び声がホールに響き渡る。


「【虐隷者の英雄譚レジェンド・オブ・スレイブ】凄く面白いです。とてもワクワクしました。最高でした!」

「な……」


 1st.ED終了より、しばらく沈黙していたトシは突然、ジャッジ・ライズとは真逆の称賛の言葉を並べ始める。皇儀の方を見る事なく、簡潔ながら世界観やキャラクターの魅力を語った。


「……なのに、どうして、書き急いだんですか? まるで【霧幻の水都】ミスティック・ラグーンの下巻を読んでいるようでした……」


 トシの唇を締めながらの最後の一言に、皇儀の背筋が震えた。それは図星からくるものだった。


 NR:ノーリアクションに焦った皇儀は、3rdEDで披露するはずだった物語の見せ場を繰り上げた。NRが連続となった場合のペナルティー(3ポイント)を恐れての苦肉の策だった。


「……何より、皇儀さんのライズ・ノベルからは、あなた自身の楽しさや喜びが感じられません!」


 悲痛な叫びと表情のトシの様子に、皇儀は片膝をついてしまった。そして、主を見放すように悠久の空と海を彩る麗騎士も消滅する。勝負は決した。


    ■


 もう波瀾はないだろう……。

 ロビーにいる観客やメディアの誰もがそう思いながら、トシと皇儀のノベライズを見つめていた。名も無きノベライザーが筆聖を討つという、歴史的瞬間となるであろう3rd.EDは、始まりから5分を過ぎても静寂に包まれていた。


 あれほど皇儀を応援していた者たちも何も言わない。それはトシの実力を認めると同時に皇儀の勝利を信じて期待するほど辛くなるからでもあった。


 現に皇儀は責任をもって物語を完結させるべく、独り覚悟を決めて【虐隷者の英雄譚レジェンド・オブ・スレイブ】の最終局面を執筆していた。その姿と表情から弱さは微塵も感じられない。潔さと勇ましさすらあった。


 トシも同じく執筆に集中していた。灼熱の豪剣士の傍らで、鍵打音を響かせる。自分の優勢に余裕を見せることもなく。変わらずの真剣な表情で物語を紡いでいた。


 ―『まるで【霧幻の水都】ミスティック・ラグーンの下巻を読んでいるようでした……』


 皇儀は自身も気に入っている著書と先ほどのトシの言葉を思い返す。

 三年前、ライジング・ノベライズを制して書籍化する事となった作品【霧幻の水都】ミスティック・ラグーンは、元々は上中下の全3巻構成だった。


 しかし、現実は厳しく上巻の売上げは振るわなかった。残念ながら【霧幻の水都】は、そのまま下巻で完結することとなった。


 不振を言い訳するつもりはないが、残り二冊を無理やり一冊に集約したことで、主人公達に本当に望んでいた強さを与えてやることができず、皇儀自身も作品にやり残したことが多く残ってしまった。


 まさか、私の原点で引導を渡されるとはな。見事だ、野鐘君……。だが、このままでいいのか?


 自分自身の罪を償う境地に至ると同時に皇儀にある責任が芽生えつつあった。皇犠は少し前にも同じく【霧幻の水都】ミスティック・ラグーンのファンである少女と出会った。顔は覚えていないが、自分より胸は大きかったと記憶している。


 あの少女は『この物語にすごく支えられたから、今があると思ってる』と言ってくれた。あの時、皇儀はどんな思いを抱いた?


 ─『自分の物語は人を幸せにできる。自分の物語は人を救えるのだ』


 そう。あの時、ノベライザーとして最高の名誉よろこびを感じたはずだ。

 

 ─『皇儀さんの物語からは楽しさ、喜びが感じられません!』


 そのとおりだった。皇儀はいつしか、新しい可能性に賭ける心を忘れていた。勝利と書籍化を積み重ねていくうちに。筆聖としての名誉を背負う内に。自身が磨かれ強くなるほどに。


 そして、父親の愛情という名の呪縛に……。

 導かれた答えはひとつだった。


 皇儀は魔法陣と紋章を形をしたホログラム・キーボードに預けていた両手を引いて、そっと下ろす。そして、天を仰ぐようにホールの天井を見上げた。


『おっと、皇儀選手。執筆をやめてしまいました! ま、まさかノベライズ放棄でしょうか!?』


「皇儀さん……? あっ……!」


 トシは一瞬、執筆の手を休めたが、皇儀は『執筆を続けろ』と言わんばかりに力強い視線を飛ばした。


 皇儀は再び両手をホログラム・キーボードに添えると、右手を上に、左手は下に広げるように伸ばす。そしてひとつのキーを軽く弾いた。


 皇儀の文書画面の文字が。そこにあった物語のすべてが消えた。


『な、なんということでしょうか!皇儀選手、執筆中のライズ・ノベルをすべてデリートしました!』


 トシと天馬はニヤリと笑った。天馬はついに皇儀がノベライズを投了した、と思った。しかし、トシはその正反対の思いを燃焼させていた。


「いくぞぉおおおおおおおおおおお!!!!!」


 ホールを揺るがす気合いの一声をあげたのは皇儀だった。これまでの冷静な態度から一変した筆聖に天馬は足が震えた。


 勇猛な叫びを上げながら、皇儀のライズ・フィールドは封印が解かれた聖域のような輝きをもたらす。タイピングは、これまで以上の凄まじさと神々しさを放つ、光の群鶴だった。一字一句が羽ばたきを見せていた。


 こんなにも執筆が楽しいのは久しぶりだ……。

 皇儀は喜びを噛み締めながら、ある暗黙の誇りを思い出した。それは……。


 『ノベライザーたるもの、自分の弱さを認めて立ち上がった時こそ、真の強さが芽生える!』


 その言葉の意味を自覚した筆聖のもとに、起死回生に繋がる奇跡が起ころうとしていた。


「我が守護騎士よ!蒼き鎧を纏いて文壇の地に舞い降りよ!」


 瞬く間にノベライズ・ハイを分泌した皇儀は、別れた紋心を呼び戻そうとする。その時、皇儀の周りを金色のつむじ風が螺旋を描いた。


「なんだ、これは!?」


 いつもの蒼い風とは違うエフェクトに驚きの声を上げたのは皇儀だった。

 まばゆい光の柱が天に昇りながら、見慣れた甲冑を纏った麗騎士が姿を表すが、いつもの蒼色はない。代わりに全身から世界の果てまで映しそうな輝きの色を放っていた。


 ─ 創穹そうきゅう覇凱神はかいしん ブレイブ・インペリオン ─

 無限の硬度と輝きを放つ護拳の長刀サーベルを構え、金色の空と黄金の海を彩る甲冑を纏った祝福の麗騎士。


「いけぇええええ!ジーク!」


 気高い姿を見せるインペリオン。そして何も恐れぬ豪傑として覚醒した筆聖に、トシは興奮と喜びをソウル・ライドに託した。


 ジークはインペリオンに向かって大剣を振り下ろすが、見えない何かに弾かれた。それは光速と化した、人間の動体視力では決して追うことができないインペリオンの太刀筋だった。


 皇儀の筆力を源とした執筆。創造力が総括する物語が、ソウル・ライドとの完全同調を超越したのである。


 トシは皇儀の閃光と化した執筆と紋心を浴びると同時にノベライズから意識が隔絶した。


――――次回予告――――――――――――――


 過ぎゆく物語を惜しみながら、二人のノベライザーに訪れる決着の時。握りしめた言葉の欠片と流した涙は誰が為の勲章か。歩む道は違えど、同じ太陽の下でいつかまたと、ノベライザーたちはそれぞれの決意と筆を胸に新たな一歩を踏み出す。書籍化を巡る若者たちの新文芸バトル。ここに堂々の第一部完結。


次回、ライジング・ノベライザー Episode.Final


【Rising - Nove(R)ize】 己の筆力で未来を灯せ!

――――――――――――――――――――――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る