7-2nd. ED 迫りくる危機


『井の中の蛙大海を知らず。されど空の青さを知る』という、ことわざがある。たとえ狭い世界にいたとしても、空が雄大であることは知ることができるという、希望を表した言葉だ。


 だが、その空は、ちっぽけな蛙を遥か彼方に吹き飛ばさんと迫りくる脅威と化していた。


「うぉおおおおおおおおおおお!!!!」


 眉間が割れんばかりに力強く目を見開き、叫び声をあげながらトシはキーボードを叩く。そうでもしなければ、皇儀から放たれる闘気に押し潰されそうだったからだ。


 トシ、お前はとんでもない女に惚れてしまったようだな!


 何とか相棒の気力を高めて戦場に送り出した天馬だったが、既に役割を終えたにも関わらず、臨戦態勢でこのノベライズを見届けていた。


 これまで皇儀のノベライズは何度も映像で見た二人だったが、百聞は一見に如かずとはこの事だ。目の前の相手が繰り広げる執筆から伝わる威圧感は、これまでの相手とは桁違いのものだった。


 皇儀の世界のすべてを奏するような手の動きが見せる超高速タイピング。一字一句が『打つ』ではなく『撃つ』ともいうべき弾丸のような奮いを見せる。


 それを感じることができるトシと天馬は、すなわち優れたノベライザーの証であったが、それに堪えるにはまだ早かったのかもしれない。


「格が違いすぎる。これが筆聖の力なのか……!」


 1st.ED開始からまだ僅か2分。トシは既に皇儀を片想いの相手ではなく、かつてない強敵として見ていた。


 これまで戦ってきた相手を軽視する意味ではないが、今までのノベライズは局地戦にすぎず、これは全面戦争なのだと思い知らされる。


「我が守護騎士よ!蒼き鎧を纏いて文壇の地に舞い降りよ!」


 皇儀は表情、執筆を緩急させることなく透き通った声を響かせる。それと同時に青いつむじ風が螺旋を描く。


「も、もうソウル・ライドが!?」


 トシはほんの一瞬、執筆が鈍るとともに焦りの色を浮かべる。

 優れたノベライザーほど、ノベライズ・ハイに至るまでが短い。皇儀ほどのノベライザーともなれば、執筆の極地など容易に達するのだ。


 ─ 創穹そうきゅう覇凱神はかいしん ブレイブ・インペリオン ─

 無限の硬度と輝きを放つ護拳の長刀サーベルを構え、悠久の空と海を彩る甲冑を纏った麗騎士。


 集中力が具現化されたこの存在をホログラム、絵空事と言うには、あまりにも強大だった。


 だが、ここまではトシと天馬にとって、まだ予想の範囲内である。

 皇儀はソウル・ライドで相手を先制攻撃することはない。トシと同じく、正確にはトシが皇儀の筆道精神に影響を受けているのだが、相手がソウル・ライドを発動させるまでは不動を貫くことを信条としていた。


 このままノベライズ・ハイを分泌せず、一定のペースで執筆を続けるのもひとつである。ソウル・ライドを交えた乱打戦に突入しようものならば、間違いなくトシが不利に……


 ウォオオオオオオオオオオ!


 そんな、天馬の描いた絵図の破綻を知らせる、見慣れた炎の渦と聞き慣れた豪剣士の咆哮。


 ─ 創誓の突覇皇 ジーク・ブレイカー ─

 それは模様というにはあまりにも荒々しい傷跡を聚合させたような、灼熱色の鎧を纏った豪剣士。身の丈以上ある鋸斬の形をした大剣の一刃一刃が鉄槌の破壊力を臭わせる。


「……まあ、そうだろうな。相手の流儀には全力で応える。まったくトシらしいぜ……って、ちょっと待て!あいつ、どうしてこんなに早くソウル・ライドが発動できたんだ!?」


 炎の巨影が無限の広がりを詰めた蒼き紋心に立ち向かう姿に溜め息を漏らしながらも笑みを浮かべた天馬だったが、表情が一瞬で険しくなる。


 これまでトシのソウル・ライドの初動には10分近くを要していたが、5分にも満たず姿を現したのは初めてだった。


「こんなに早く、天馬直伝の筆法を使うことになるなんてね!」


 トシの言葉に天馬はハッとする。先日、鉤比良の仲間に囚われた時に窮地を突破したあの技を話していたことを。


 ─ 独緒換想紋どくしょかんそうぶん ─ アストラル・ライズ

 自ら執筆せずとも、ノベライズの熱気とノベライザーの筆気を感じとることでノベライズ・ハイを分泌させることできる筆法である。


「俺は教えたつもりはないぞ!?大したやつだぜ、まったく……!」


  天馬は相棒の底知れぬ吸収力と応用力に恐ろしくも嬉しい震えを覚えた。


「これが野鐘君のもう一人の相棒。燃ゆる紋心……面白い。ぜひ手合わせを願う!インペリオン!」


 ノベライズ開始前とは別人のようだ。それに今までにない創琉を感じる!

 

 ジークの姿を一瞥した皇儀は文書画面を見据えながら高揚の声をあげた。

 凄まじい速度でトシのライズ・フィールド手前まで踏み込んでくるインペリオン。美しき蒼を彩る甲冑にジークの炎が微かにうつる。同じく灼熱の鎧にもインペリオンの輝きが照らし重なる。


 ジークの大剣とインペリオンの長刀、武器を握るそれぞれの両手拳がぶつかり、そのまま鍔競り合いへと発展する。舞台の中心、空間に砕けんばかりの軋む重音が響く。トシと皇儀、互いの執筆の在り方と守るものを顕示するかのように。


 先に優勢を迎えたのはインペリオンだった。力比べを放棄してサーベルごと身を引くインペリオン。よろめくジークの一瞬の隙を衝いて長刀の護拳でジークの顔面を殴打する。


「やはり、彼の動き。ソウル・ライドに関してはルークか……」


 皇儀はトシの戦法をチェスの駒に例える。

 前後左右の直線的な動き。良く言えば大駒だが、悪く言えば大味だ。


 インペリオンは、ここぞとばかりに縦横無尽に幾閃もの剣撃をジークに浴びせる。その様子は見る者すべてに、手にした刀剣の羽毛の軽さと加速なき常に最高速度の太刀筋を視感させた。


 ジークも時折り反撃を見せるが、すべてが空を斬るかインペリオンの長刀にいなされる。


 トシの紋心であるジークは、破壊力と一撃必殺に長けたソウル・ライドであるが故、連撃回避ヒット&アウェイを得意とするインペリオンとの相性は、ある意味最悪とも言えた。


 だが、インペリオンの優れた動きは、ソウル・ライドの性能と皇儀の創造力だけからくるものではなかった。その事に最初に気が付いたのは、ロビーでこのノベライズを見守る剛池たちだった。


    ■


「……皇儀のやつ、ありゃ経験してるな」

「そうだね、大ちゃん。あれは相当やってるね」


 剛池と、かつて彼と修業を共にした柔羅 希空は、真剣な面持ちで皇儀の紋心の動きを追う。


「えっと……経験とかやってるとか……何をかな?」


 姫奈はどこか不純な想像する自分と、この空気を遮ることに申し訳なさそうに二人に訪ねる。


「皇儀さんとソウル・ライドの動きが同調しているということです」


 そう付け加えるのは、詩仁 可美だ。

 最初、姫奈は詩仁と一緒に観戦していたのだが、途中で剛池たちの姿に気付き声をかけた。互いにトシとノベライズを交えたことを知った者同士、席を共にするのに多くを語る必要はなかった。


「あのインペリオンとかいうやつの動き……剣術の知識だけじゃねえ。皇儀あいつ自身が鍛練、修業を積んでるってことだよ」

「あー。皇儀さんは、確か五歳の時からずっと、父親に西洋剣術とか騎士道精神を学んでることでも有名だからね」


 さも常識のようにあっさりと答える姫奈に、剛池はまごつく。


「そ、そうなのか?あいつの親父、一体何者だよ?」

「もしかして名のある剣豪とか?」


 興味津々に目を輝かせる剛池と柔羅の生粋の格闘家としての様子に姫奈は少したじろぐ。


「知らないんですか?ノベライズ界だけじゃなくて、現代文芸では有名な話ですよ。皇儀のお父さんは、あの……」


『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』


 詩仁が説明しようとしたその時、ロビーに響き渡った歓声に反応して、全員が中継のホログラム・ディスプレイに注視する。


 そこには、崩れ散りゆく炎が映し出されていた。


    ■


『の、野鐘選手のソウル・ライドが消滅してしまいました!皇儀選手、圧倒的な創琉と巧みな剣術で野鐘選手を追い詰めます!』


「皇儀のやつ……あいつの動きと剣術は、セミオートのディフェンスをも凌駕するのか」


 ジークが消滅するまでの様子を一部始終を見せられた天馬は、失意の小声で喉を震わせる。


 切れ味が朽ちることなきインペリオンの剣の錆にされ続けたジークは、徐々に守りとトシの意志が追い付かなくなり倒れてしまった。


 灼熱の屍を乗り越えてトシの目前まで歩み寄ったインペリオンの姿態は、二度と地を踏めない永遠の高度と深さを併せ持った空と海を掌る、蒼い脅威だった。


 危険を感じたトシは目を閉じて視界を塞ぐが、瞼の裏には麗騎士の姿がはっきりと焼け付いていた。ソウル・ライドだけではなく、皇儀の一字一句から伝わるノベライズの執念にトシのノベライズ・ハイは掻き消されてしまったのだ。


『アウト・ライズ!』


 1st.ED終了の合図がホールに響く。それは救いの鐘か、それとも聖なる裁きの序章の終わりか。


 豪剣士の消滅後、インペリオンは皇儀あるじのもとへと帰り、遠巻きからトシの様子を眺めるように直立を貫いていた。トシにとってこれまでの人生の中で最も長く、永劫にすら感じられる中で物語を紡がされた。


 二人のライズ・ノベルのアナライズが進む中、トシは己の浅はかさと、生き長らえさせてくれた皇儀の情けに悔しさが込み上げていた。


 皇儀からすれば、丸腰相手の執筆を邪魔するべからずの騎士道精神に準じただけであり、他意は全くなかったが、どうあろうとトシは見逃されたのだ。詩仁の時の無関心による放置とはまるで事情が違っていた。


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1【MASATOSHI – NOGANE】

字数:14,454  整合率:96% (R)ize Novel release


2【RAITO - SUMERAGI】

字数:17,219  整合率:99% (R)ize Novel release

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 ノベライズ・ハイから脱しながらも、執筆に大きな支障がなかったのは不幸中の幸いか。天馬はそう思ったが、トシにかける言葉が見付からなかった。


『1st.ED:ジャッジ・ライズ……先攻、野鐘 昇利』

『ライズ・ノベル【魔法唱念まほうしょうねんラジカルホップ】』


 トシの初手となる物語がSTIとなり皇儀に送信される。


「でも、よかったよ……ライズ・ノベルには、まったく影響がなくて」

「……そうだな。どうあれ、生き延びることが先決だ。気にするな」 


 1st.EDながら、フル・エディションを戦い抜いたような疲労困憊を思わせるトシは、それが唯一の救いとばかりに笑みを浮かべる。


 半端な完成度では、皇儀の心を響かせることは難しいだろうが、次のEDでの巻き返しに天馬は期待する。苦戦は必至だが、トシはこれまで何度もそんな窮地を乗り越えてきたのだから。


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魔法唱念まほうしょうねんラジカルホップ】 ジャンル:ヒップホップ・ファンタジー


「汝が討たれた浄化の炎は、何時に歌えば城下の鼓動?」「畑を踏み荒らし者に嘆く、農夫の怒りと死活の問題。たがねの罪有りし者を裁く、冥府の光といかずち悶害もんがい


 今年も年に一度の祭典、魔法詠唱の韻律を競う魔力増幅バトルの時がきた。人間、魔物、精霊など種族を超えて集う詠唱を愛する者たち。今宵、観客たちの魂を一番、響かせるスペルとエレメントを披露するのは一体どのラジシャンなのか!?


【EX:エクセレント 4ポイント】

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『野鐘選手、エクセレント!いきなり最高得点です!皇儀選手、今大会初のエクセレント先制を許してしまいました!』


「な、なんだと!?そんな馬鹿な!」


 予想外の評価に驚きの声を上げたのは天馬だった。


「ひ、ひどいよ天馬。言ったじゃないか。ライズ・ノベルには影響はないって。そりゃ確かにエクセレントは出来すぎかもしれないけど……」


 トシはあれだけ皇儀のソウル・ライドに圧倒されながらも、言葉どおり、作品の完成度に影響を及ぼしていなかった。純粋に作者としての集中力を欠いたことに悔しさを漏らしていたのである。それは1st.EDは尊厳の戦いであったことを意味していた。


「……野鐘君。君の語彙の引き出しの広さと応用力に敬服した。まさかファンタジーとラップを組み合わせるとは流石だ!」


 皇儀はノベライザーではなく、読者としての顔を見せた。

 

『1st.ED:ジャッジ・ライズ……後攻、皇儀 莱斗』

『ライズ・ノベル【虐隷者の英雄譚レジェンド・オブ・スレイブ】』


 儀……儀……皇……儀……儀……………皇……儀……


 何だろうか。続けて皇儀の攻撃がアナウンスされると同時に遠くから微かにリズムに乗った声が聞こえてくる。


「……皇儀コールか。やはり皆、筆聖の勝利を期待しているというわけか」


 天馬はロビーの歓声がここまで届いているのだと察した。無名のノベライザーの先制エクセレントに焦りを感じているのは、どうやら皇儀本人よりも、その支持者たちのようだ。


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虐隷者の英雄譚レジェンド・オブ・スレイブ】 ジャンル:ファンタジー


 長きに亘り大陸統一と栄華を誇ったゼガルデア国家が、謀反により皇権交替となって十年の時が流れた。皇族の正統後継者ながら、捕らわれて辺境の植民国で奴隷として虐げられたまま十八歳の時を迎えた皇太子の少年リドケニスは、奴隷有志たちと共に領主の欲を衝いた初陣に臨む。


 剣と魔法。出会いと別れ。勇気と勝利。冒険の原点、王道にしてすべての魅力が詰め込まれた、皇権奪還と世界の変革を描いた戦記ファンタジー。


【NR:ノーリアクション 0ポイント】

―――――――――――――――――――――


皇………………………………。


 今まで皇儀コールによる熱気に満ち溢れていたスタジアムが一瞬で静寂に包まれる。決勝戦はまさかの1st.EDで、双方ノベライザーの期待値を覆すとともに、筆聖の威厳と意義を凍り付かせる展開となる。

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