6-4th. ED まだ私にもチャンスはあるかも……?

 私の家の隣に住む、みんなからはトシと呼ばれる、野鐘 昇利という男の子の話をしようと思う。


 年齢は私と同じ17歳。誕生日も同じで5月6日で、生まれた病院まで同じという絵に描いたような幼馴染みだ。


「ほら、行くよトシ!」

「ま、待ってよ姫奈~」


 少し内向的で自己主張は控えめ。どちらかと言えば気弱で頼りないかも?


「姫奈!天馬が作文コンクールで金賞を取ったんだよ!凄いね!」

「姫奈、僕も姫奈のお爺ちゃん大好きだったよ。死んじゃったのは悲しいけど、早く元気出してね」


 だけど、人当たりはよくて、他人の喜びや悲しみにはいつも共感して、自分自身も嬉しい時は素直に感情をあらわにする、とても優しい男。


「まったくトシは。私がついてないとダメだな」

「そ、そこまで言わなくても……」


 そんなトシにただの縁じゃなくて、運命的なものを感じたのは15歳、中学三年生の時。今思えばあまりに鈍感だったのは、私の方だった。


 何のために頑張ってるんだろう……。 


 思春期に反抗期。誰もが歩む多感な時期。部活動で引退を迎える時になって、私は急にそんな思いに苛まれた。


 友達に誘われて何気なく始めたテニス部。自分なりに頑張ったつもりだったけど、結果は地区予選の一回戦であっさり敗退。


 不思議と悔しさはなかった。だけど、それでよかったのかな?

 それでも答えはでなかった。意味とか意義とか。考えれば考えるほど、心が締め付けられた。自分が情けなくなってきた。


 そんな悩みとも愚痴とも言えない膿をトシは笑いもせずに聞いてくれた。そして、そのことは何も言わずに一冊の本を差し出してくれた。

 

 著書名:霧幻の水都ミスティック・ラグーン【上巻】 レーベル:不死鳥ファンタジア文庫

 作 者:皇儀 莱都  イラスト:新井 寿美


「これって……ラ・ノベ?」

「凄く面白かったから読んでみなよ」

「意味、わかんないよ。もう……」


 私は、深く考えずに押し付けられるがままにその本を読んだ。

 湖に沈んだ国が数千年の時を超えて浮上し、そこで目覚めた記憶をなくした少女と冒険家の青年との出会いから始まるファンタジー。


 主人公たちの存在が生き生きと描かれた冒険が繰り広げられるなかで、若者たちに向けた隠された等身大のメッセージが多く散見された。作者は自分と同じ中学生だったのだから驚きだ。


 自分に対する飽くなき向上心。

 小さな目標でも、それに向けて特訓を怠らない日々。

 仲間と協力しあって苦楽を分かち合う。


 そんな要素が自分と重ねたかったものと一致した気がした。


「僕は自分の感性を姫奈と共有したかっただけだよ。三年間お疲れ様」


 トシに本を返した時、作品の感想を告げた際に言ってくれた言葉に私は涙した。自分の過ごした三年間に意味があったと思うことができた。たとえ、何かを媒介した答えだとしても、私はそれに大きく救われた。


    ■


「それが、野鐘君を好きになった理由なんですね」

「急に幼馴染みを意識する。何だか少女漫画みたいでお恥ずかしい……」

「そんなことないですよ。とても素敵です」


 だが、それも終わってしまった。そう思うと、姫奈の目頭にまた涙が浮かんでくるが、それを手で拭った刺激でなんとか押さえ込む。


 目の前に広がるのは、夕暮れ色に染まった静かに流れる川の一面。二人の少女が河川敷からの空と地の色の移り変わりを眺めていた。


「すみません。初対面みたいなものなのに、愚痴まで聞かせたうえに場所まで取っちゃって」

「そんなことないですよ。それにここは、別に私だけの場所じゃないですし」


 姫奈の申し訳なさそうな態度を優しく受け流す少女。

 黒くスラリと伸びた黒真珠のような艶を持つ髪に壮麗な顔立ち。白いワンピースのロングドレスと白いつば広帽子が人形のような彼女の美しさと夏の季節をより彩る。


「詩仁さんは、あれから……じゃなくて、いつもここに来てるんですね」

「可美でいいわよ。私もあなたのことは姫奈ちゃんって言うから」


 そう言いながら笑う彼女を見て、あの時とは別人のようだと姫奈は思った。

 詩仁 可美うたに ありみ。カテリア学園の三年生。ライジング・ノベライズ、エリア予選4回戦でトシが戦った相手。


 トシの渾心のノベライズで、絶望の淵から救われた彼女が何故、姫奈とこうして会話を並べているのか。事は数十分前に遡る。


 飛陽高校の屋上で行われた、姫奈の初ノベライズ。デビュー戦としては、ソウル・ライドで健闘こそしたが、付け焼き刃なライズ・ノベルでは、トシに決定打を与えることはできず、結果は【NOGANE:4― 1:AIBA】と、姫奈の敗北に終わった。


 姫奈は、トシがジャッジ・ライズで茫然自失とする様相を見て、あることを思い出す。それは、トシの異能力ともいうべき、相手の過去や意識と共鳴してしまうレゾナ・ライズである。


 ということは……。トシが好きだという気持ちを読まれたであろうと判断した姫奈は、その場から脱兎の如く逃げ出した。トシとは絶対に会わまいと、自宅とは反対方向に走りつづけた結果、この河川敷にたどり着いたのだった。


 とはいったものの、様々な興奮状態から冷め止んだ姫奈を待っていたのは、哀しさとそれに付随する虚しさであった。片想いにして、勘違いも加わり告白前に失恋したという事実に変わりはないのだから。


「トシの馬鹿野郎ぉおおおおおおおお!」


 しばらく川を眺めていた姫奈だったが、陽が沈むに連れて深手となる感傷の痛みを何とか燃焼させようと、川に向かって感情を叫びにしてぶつけた。


 これは、二年前に亡くなった姫奈の祖父がよく口にしていた『昔の青春ドラマは、海や川で叫ぶことですべてが丸く収まっていた、と爺ちゃんが言っていた……』という、五世代に渡って継承された、古き時代の文化が蘇った瞬間でもあった。


「私も一緒にいいかしら?」


 そんな時、週に一度は定例でこの河川敷を訪れる詩仁と会したわけである。

 詩仁は最初、姫奈を見てすぐにあの準決勝後の会見で映っていた彼女だと理解した。


「……私が川に入ろうとした時、心配してくれてありがとう」


 そして、諸々の事情も含めて察した詩仁は、初めて会った時の事を口実に近付いたのである。


    ■


「……ノベライズって難しいですね。可美さんもですけど、色んな物語を執筆しながら、作者同士でもぶつかり合うって本当に凄いと思います」


 僅かな時間であれだけ、文体の流れの良さを築き、語彙の引き出しの広さを見せたトシのライズ・ノベルの完成度の高さに姫奈は、ノベライザーの凄さを肌で感じた。


「それに比べて、私の作品なんて、独りよがりで感動も共感もないノベライズの真似事……」

「だけどBMは……1ポイントは取れたんですよね? それだけでも凄いことなのよ姫奈ちゃん」


 自分を惨めに追い込もうとする姫奈を詩仁がフォローする。それは決して同情や慰めではなかった。


「上手く言えないけど、1を10にするのは時間さえかければ誰でもできる。だけど、0から1にするのって誰にだってできることじゃないのよ」


 どんなに短くても、一つの小説を完成させること。ノベライズに挑戦するだけでも創造力と筆力を手に入れることに成功した才能であることを詩仁は説いた。


 これは何もノベライズに限ったことではない。スポーツでもイラストでも、それこそ勉強でも、初めの一歩を踏み出すことは誰にでもできることではない。その時点で何十人、何百人に内の一人の才能なのである。


「……ありがとうございます。なんだか私、まだまだ頑張れそうです」


 姫奈は腫らした眼を再び拭う。これが本来の慈愛に満ちた詩仁の姿であり、それをトシが取り戻したのだと思うと、より二人と比べて自分の小ささが表れる気がした。


「それがいいですよ。野鐘君のことだってそうです。まだ諦めるの早いんじゃないでしょうか?だって彼は……」


 詩仁は言葉を飲み込んだ。姫奈は、彼女が一瞬見せた悲しい目を見て瞬時にその続きを察した。


 だって彼は生きてるのだから……と、言おうとしたのだ。


 詩仁は過去に愛する人をこの川で亡くしている。これから彼女がどんなに素晴らしい物語を生み出して、多くの人を幸せにできたとしても、最愛の人にはもう届かないのだ。


「私……ノベライズでも、恋愛でも、色んなことを経験しながら自分の世界を広げてみようと思います」


 姫奈の弱々しくも固められた言葉に詩仁は笑顔で黙って頷くと、胸に手を当てながら川に向かって一歩足を出す。そして深呼吸を始めた。


「可美さん。もしかして、歌ですか?」

「ええ。実は今日で最後にしようと思ってたの」


 私も前に進まなければならない。歌仁もそんな決意を持って河川敷を訪れたのだ。事情は違えど、新たな自分を踏み出す仲間と出会えたことに二人は不思議な縁を感じていた。


「私も一緒に歌っても……いいですか?」

「もちろん。二人の再出発と出会いを記念して」


「ついでにトシの決勝進出も祝ってやろうかな」

「姫奈ちゃんって、いい性格してますね」


「えへへ。よく言われます。私の周りもそんな奴らばかりですから」 

「ふふふ。それじゃあ、せーの……」


〽 Lalalala - Ru - rururu-la♪ Rara - ru - ruru - la ♪

  La - la - Ruru - ru - la ♪ Ra - ra - rurururu - la ♪


 過去の自分と愛する人への鎮魂歌となるはずだった歌は、二人の少女の応援歌となり、黄昏色の青春を明るくしたのだった。


─ 飛陽高校・二年 野鐘 昇利

  ライジング・ ノベライズ、エリア予選決勝戦進出  ─

 

    ■


 玄関を開けて家の外へと出た瞬間、トシの動きが止まった。

 すぐ隣の目の前には、制服姿の幼馴染が後ろに手を組んで、片足をプラプラさせながら塀にもたれ掛かっていた。


「よお……、トシ」

「お、おはよう。姫奈」


 ライジング・ノベライズ、エリア予選の決勝の朝。

 いつもと変わらぬ様子で挨拶を交わそうとするが、ぎこちないのが互いにバレバレである。


「トシ。昨日のノベライズだけどさ……」

「えっと……あれって決着ついたんだっけ? 姫奈の時のジャッジ・ライズでシステムエラーが起きたか、僕が日当たりで倒れたような……」


 誰が見ても分かる、みえみえの嘘と挙動不審な動きを見事にコンボさせるトシ。もしや、レゾナ・ライズが発動していなかったのではという、姫奈の万一の期待は見事に崩れさった。


 やっぱり、私の気持ちがトシにバレている……!

 姫奈が僕のことをそんな風に思ってたなんて……!


「ト、トシ!」

「な、なに?」


 それでもトシと姫奈は、必死に何事もなかったかのように動揺を隠そうとしていた。


「頑張ってね、決勝。それで、ちゃんと皇儀さんとケジメつけてきなよ」

「う、うん……」


 姫奈は眉をひそめながら激励するが、トシは固まったままだった。


「それと、もし勝てたら……私もトコトン、全国まであげるから。応援団長でいるからね」

「よ、よろしくお願いします」


 眉をひそめながら、約束を強調する姫奈を見てトシは思った。

 正直、ノベライズを始めてから、くじけそうなことは一度や二度はあった。その度に姫奈の元気な姿や一言がどれだけエールになっただろうか。


「あのさ、姫奈……」

「トシ。ちょっと上を見てごらんよ」


 そのことだけでも伝えようと思ったトシだったが、姫奈につられて視線を上げる。まだ朝の涼しさ残る緩やかな風を受けながら、夏色の空が視界に広がる。


 そう思った次の瞬間、口元に柔らかい感触と一緒に、姫奈の閉じた瞳がトシの鼻の下でボヤけて見えた。ほんの一瞬の出来事だった。


「へへへ。それじゃ、私は一足先にスタジアムに行ってるからな!」


 姫奈は茫然とするトシに構わず一目散に駆け出した。

 それはトシへの惜別であり、これからも変わらず友人であることを誓う、彼女なりの最後のワガママだったのかもしれない。


 自分の青春を託し、託された若者たちの決戦のノベライズが今、幕を開けようとしていた。



――――次回予告――――――――――――――


 それぞれの勝利の意味を胸にトシと皇儀のファイナル・ノベライズが始まる。輝いた未来の器が大きいほど、重ねられた栄光が高さを築くほど、それが作り出す影は広く色濃くなる。炎と空、二つの想いが交わる時、王者の輝きが新文芸の覚醒をもたらす。


 次回、ライジング・ノベライザー Episode.7

【Alchemying - Nove(R)ize】 己の筆力で心を開け!


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