3-6th. ED いつか……

 一人の少女どくしゃ……姫奈との交流からスタジアムを出た皇義は空を見上げながら帰路を歩いていた。いずれ訪れるであろう詩仁との決戦に向けて作戦を練るつもりだったが、今の彼女の頭の中にノベライズのことは一片もない。


 あるのは『自分の物語は人を幸せにできる。自分の物語は人を救えるのだ』という、ノベライザーとしての喜びと達成感だった。


 皇義は、これからますます暑くなるだろう夏の陽射しと空を目がけて、自分がなしえたノベライザーの暗黙の誇りを自慢しながらベスト8へと歩み出した。その誇り、それは……


    ■


「一人の人間どくしゃも幸せにできなくて、何がノベライザーだ!」


 トシは、これまで以上に強く、速く、そして勇猛に己の指と想いをキーボードに託して物語を紡いでいた。


 もうやめろトシ。それ以上、激しく叩くと指先の肉が削げ落ちるぞ……。


 たとえノベライズの規定に反しようとも、相棒の暴走を止めたい気持ちを天馬はグッと堪える。


 【NOGANE:0― 9:UTANI】で突入した、最終ラウンドとなる5th.ED。本来であれば逆転など不可能な状況なのだが、トシが続筆の意思を示したことと、奇跡に奇跡を重ねた結末もあるが故にノベライズは続けられていた。


 かつてノベライズ史上に一度だけ、トシと同じ状況にあったノベライザーが逆転勝利を収めたという記録がある。勝利を確信して相手に暴言を放った違反・反則行為バイレーションによる3ポイント。急に体調が悪くなり文字数不足アンフォームドによる3ポイント。そして相手のエクセレントによる4ポイントの合計10ポイントという神懸かりなノベライズが発生したのだ。


 限りなくゼロに近いが、ルール上で起こりえる逆転の可能性が残されている限りノベライズは続く。それに加えて……。


「詩仁を救えるのはお前だけだ……トシ」


 4th.EDで遂に発動した、相手の意識や記憶と共鳴するトシのレゾナ・ライズ。その発動条件は至極単純だった。天馬戦、剛池戦ともに敬意を評しての " 相手を知りたい " という気持ちだけだった。


 詩仁がトシに見せた、優しさなのか、ノベライズシップなのか、残された人間らしさだったのかは分からないが、トシは彼女を素晴らしいライバルとして意識したことは間違いなかった。


 その異能力が運んできた歌仁の悲しい過去を知った二人は、もはやノベライズの勝敗などどうでもよかったのだ。


「昨年のあの豪雨で亡くなった人がいたとは聞いていたが、まさか詩仁の恋人とはな……」


 詩仁の残酷すぎるノベライズの動機を知った天馬は、沈み込みそうな気持ちを言葉にして何とか吐き出す。


 詩仁は書籍化という、愛する者と一緒になる約束を死に場所としていた。

 彼女にとって、高校最後のこのライジング・ノベライズが命のリミットとなっていた。


「ジーク!これ以上、彼女の悲しい世界を広げるな!」


 灼熱の豪剣士はトシの筆死の想いに従い、詩仁の背後にそびえ立つ大樹に向けて、大剣を槍のように投げる。しかし、途中で地、空、空間から現れた根や枝に大剣は絡め取られ、そのままエフェクトとなって消失した。


 それを“ おとり“ に、一瞬の隙を突いて身を低くしながらジークは走る。何が何でも、詩仁の集中力を削ごうとしていた。


「邪魔をしないで……」


 ジークは詩仁の側まで迫るも、彼女の一言に仕掛けられた罠の如く、またもや壁から吹き上げた根に左腕を絡めとられる。


「腕の一本くらい、くれてやれジーク!」


 がぁああああああああああ!

 ジークは身を奮わせながら絡め取られた左腕を掴むと、そのまま自らの力で引きちぎった。ホログラムながら肉が裂かれる音に、天馬は思わず目を背けた。聴覚だけで痛みを伴いそうだった。


「どうして、どうして邪魔をするの!!!私たちの邪魔をするのよぉおおおおおおおおおお!」


 詩仁が始めて感情を絶叫に乗せた。それは自分の世界を荒らす怒りか、それとも死の道を妨げることへの歎きか。


「何度でも邪魔をする! 君が生き続けると言ってくれるまで!」

「……!」


 微塵の逡巡もなくトシは言い切った。ほんの一瞬、詩仁の動きが静止する。他人の信念と生き方を否定する迷惑な干渉であろうと、死塗られた未来しか見えない者をトシは見過ごせなかった。いつか若かりし感情だったと笑うことになろうとも、笑われようとも、何人たりともこの決意と行動を止める術はなかった。


 激しいタイピングに耐え兼ねて、テーピングの剥がれたトシの指先は赤紫に変色し、黒い入力機器に印字された白文字は殆どが赤に染まっていた。


「私を護って……賢一さん」


 詩仁の小声を合図に、ノベライズのホールが蛇のようにうごめく無数の灰色の根と枝に包まれる。トシと天馬を大樹の内側に閉じ込めたヒュグ・ドラッサムは、詩仁の激情を象る禍々しい姿となる。


 逃れる隙間など針の穴もないジークは、一瞬で木色の繭と化し宙に張られる。トシも目元以外は樹木の巻かれたミイラ男の姿となっていた。心理的な閉塞感と息苦しさが視覚だけで生じそうだった。


 ドゥララララララララララララララララララ……

 だが、トシの鍵打音はまったく衰えていなかった。むしろ、勢いは更に加速し、激しい雨音か高熱の油が糧を揚げるように響いていた。指先の痛覚など完全に麻痺してるのだろう。


「あれは……何?」


 詩仁は呼吸を整えながら、執筆を再開しようとしたが、自分たちの世界を荒らした愚か者ジークの眠る墓標の異変に気付いた。


 繭となったジークが赤みを帯びた光を発していた。心臓のリズムで明滅を繰り返したと思った瞬間、ノベライズ空間の中央が炎の塊に燈された。


「ジーク……なのか?」


 ゴォアアアアアアアアアアアアアア!!

 天馬は炎魔を見た。全身に生きた炎を纏った巨人は咆哮をあげながら、灼熱の波動を巻き起こし、自らとトシを縛る根を導火させながら焼き尽くした。


 それは、トシの命の価値観から燃え上がった、詩仁をかりそめの生から引き戻すための説得であり、強行手段だった。

 

「これで、エンド・ライズだぁああああああ!」


 パシィイイイイイイイイイイン!

 トシの魂の叫びと一指がノベライズに響き渡った。そして……


『アウト・ライズ!』


 詩仁は、大半を焼かれてほぼ元の姿形まで体積を縮めたモノクロームの神木と、その身の炎を焼き弾き元の姿となったジークを呆然と眺めながら、ラストEDの終わりを迎えた。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■

1【MASATOSHI – NOGANE】

字数:16,502 整合率:96% Turning(R)ize Novel release


2【ARIMI – UTANI】

字数:15,066 整合率:92% Turning(R)ize Novel release

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 アナライズの結果は、字数、整合率ともに初めてトシが勝っていた。しかし、詩仁にペナルティーは見られない。当然起きるはずもない完全逆転が潰えたことで、トシの敗北が決定した。


『野鐘選手……。大いに健闘を見せましたが、この時点で敗退が決定しております。しかし、成立したEDは最後まで通すのがノベライズのルールとなっております。それでは、ジャッジ・ライズを……お願いします』


 中立的な立場であるはずのガイドだが、どこか同情的な声が傷だらけのトシに向けられたような気がする。詩仁は呼吸を少し乱れさせながら目を開いて、ジャッジ・ライズを待っていた。


『5th.ED:ジャッジ・ライズ……先攻、野鐘 昇利』

『ターニング・ライズ・ノベル【再会は命の終わりに、そして約束に】』


 この夏、最後のトシのライズ・ノベルがSTIとなって詩仁に転送される。


    ■


「ここはどこだろう……」


 日の出とも夕暮れとも言えない、薄い藍色と緋色が入り混じったような空と地平線の壁模様が延々と続く。


 そうか……私はあの時、やっぱり死んだんだ。

 天国というには殺風景だけど、地獄というには鬼や悪魔は似つかわしくない景色が広がっている。自ら命を絶ったのに死後の世界は意外にも愚かな私を優しく迎え入れてくれたようだ。


「やあ」


 後ろで声がした。振り向くと、体型がわからぬほどの白いローブで頭から全身を覆い、真っ白な仮面を被った者が立っていた。


「真っ白な……死神?」

「久しぶりだね。可美」

「も、もしかして、その声……」


 聞き覚えのある声だった。懐かしくて暖かい声。

 私は両手で口元を覆いながら淡い期待が芽生える。仮面を外した下には、あの時と変わらない、愛する彼の微笑みがあった。


「賢一さん……!賢一さん、賢一さん……!」


 私は彼に思い切り、その身を預けた。心に溜まっていた辛さと哀しみをすべて吐き出すように泣いた。


「可美。時間がないから聞いて。君はこのままだと本当に死んでしまう」

「いい。死んでもいい。あなたのいない世界なんて生きる意味がないもの」


 賢一さんは、私の両肩を掴み静かに距離をあける。私の顔を見ると静かに首を横に振った。


「だめだ。可美は現世に帰るんだ。そうしないと、僕らは本当に離れ離れになってしまうんだ」

「どういうこと、賢一さん?」

「僕はね。神様と賭けをしたんだ」


 賢一さんは私の手を握る。お互い死んだとは思えないほど、命を証明するような温もりを持っていた。そして、静かに語り始めた。


 愛する者がいつか天寿をまっとうして再開するまで自分を転生させないでほしいと神様にお願いしたこと。もしも、彼女が幸せな人生が歩めなかったら、自分は未来永劫の地獄に魂を落とすと。


「無理よ……。あなたがいない世界なんて、幸せになれない」

「なれるよ。僕がいなくなって、君が変わってしまって、寂しい想いをしている子供たちの支えになってあげてほしい。そして……君自身の幸せを探してくれ」


 だけど、それじゃ何十年も先に……。

 そう言おうと思った私だったが、その体は既にあたたかな光に包まれていることに気付く。


「きっとすぐに会えるよ。だからそれまで、君は物語と歌で多くの人たちを支えてあげてくれ。僕はそれまでここで、可美のような不幸な魂が迷わないように死神として門番をしている。だから……」


    ■


―――――――――――――――――――――

【再会は命の終わりに、そして約束に】 ジャンル:恋愛


 もう会えないとしても、君は一人ぼっちなんかじゃない。どうか、胸を張って前を向いてほしい……。


 それが、愛する人を失い自ら命を絶った少女と死神の約束だった。死後の世界で紡ぐ、追憶と約束の恋物語はあなたにきっと届くと信じている。


【BM:ブックマーク 1ポイント】

―――――――――――――――――――――


【NOGANE:1― 9:UTANI】


 トシの全身全霊を費やした短編は、最低評価ながらポイントとなりデジタルに記される。雲泥の点差だが、この1点は、この試合を閲覧者たちにとって大きな価値として刻まれた。


「やったのか……?」

「きっと……きっと届いてくれたよ……痛いっ……!」


 天馬は身を乗り出すようにテーブルへと歩み寄る。その時、トシの肩に軽く触れた際の振動が手先へと伝わり痛覚が蘇らせる。


『つ、ついに詩仁選手が今大会初の失点を……いや、感銘を示しました! 勝敗はもう決まっておりますが、続けて詩仁選手のジャッジ……おや? こ、これは一体?』


 まだ、ノベライズの途中あることを忘れていたトシと天馬だが、司会進行の様子とともに変化を見せる。


「なっ……!」

「詩仁さんのソウル・ライドが!」


 モノクロームに染まった世界に色彩が走る。天井の空は羽毛のような巻雲を交えて青々と輝き、足元の鋼色の草原は鮮緑のグラデーションにそよぎ踊り、墓大樹……いや、母大樹は強固な褐色の紋様で護り神としてそびえ立つ。かつて天馬が見た心奪われたあの時のままの姿だった。


『5th.ED:ジャッジ・ライズ……後攻、詩仁 可美』

『チェイン・ライ……』


「待ってくださいっ! STIを止めてください!」


 力強く透き通った声がホールに響く。聞き慣れないその声の主は詩仁だった。彼女は立ち上がると、静かに中央へと足を運ぶ。その姿は確かに詩仁だが、止めどなく湧き出る涙に頬を濡らしていた。


「涙がこんなに熱いものだったことすら私は忘れていた……」

 

 詩仁は静かに息を吸って吐く。そして、床に落ちた雫を合図に再び口を開いた。


「私はもっと、人が喜ぶ物語を。誰もが幸せになれる物語を届けてから、あの人に会いたい。" 幸せだったよ "って、たくさんの思い出を話してあげたい。だから……」


 詩仁はさらに勇気を振り絞るような笑顔で続ける。


「このノベライズは……棄権します」


 それは、トシへの御礼と愛する者への想いを兼ねた、自分に向けての門出の言葉だった。生ある者の思い出の故郷と、死んだ者の命の故郷がいつか一つの国になると信じて、詩仁はホールを静かに後にした。


 詩仁が【(R)izing Seed】を閉じると、色を取り戻したばかりのソウル・ライドは、鮮やかな花吹雪のエフェクトを描きながら優しく消滅した。


「よかった……詩仁さん」


 その終焉はじまりに癒し満たされるように、見送られるように、疲れきったトシの意識も少しずつ遠のいた。


    ■


「凄いね。昨日の4回戦、ノベライズのまとめサイトでも大きく取り上げられてるよ。" 麗しの電影が咲き乱れた奇跡の逆転ノベライズ " だって。トシもすっかり有名人だね。私も鼻が高いよ」


 姫奈はまるで自分のことのように自慢げに話す。


「姫奈。いくら前方が透過ホログラムで見やすいからって歩きセルラブルはやめろ。あと、そんなに胸を張ったらシャツのボタンが飛ぶぞ」

「普通に歩いてるだろが、この種馬スケベ!」


 天馬はメガネを直しながら真顔で堂々と姫奈の胸を目で指す。

 トシはそんな二人の様子を見て笑っていた。指には包帯が巻かれているが、幸い見た目ほど傷は深くなく、しっかりしたテーピングを施せばノベライズは問題ないと診断された。


 詩仁とのノベライズの翌日の午後。三人は4回戦、残りの試合をスタジアムで観戦した帰り道に河川橋を歩いていた。


 勝利が決まっていた詩仁のノベライズの途中棄権はあの会場だけでなく、中継の配信でも大きな注目を集めた。あの後、詩仁はメディアからのインタビューを受けていた。きっと自分がノベライズを続ける理由、目標を世間に訴えていたのだろう。


「教会施設の支援者が現れるといいんだがな……」

「きっと現れるよ天馬。詩仁さん、あんなに変わったんだから……」

「ね、ねえ。二人ともちょっとあれ見て」


 詩仁と子供たちの未来に幸あるようにと願っていたトシと天馬を姫奈が止めた。


 トシと天馬は、欄干に手を置いて橋の下を指差す姫奈とその先を見る。

 5メートルほど下の河川敷から川に向かって静かに歩く白い服装の女。傍らには脱がれた靴が揃えられており裸足だった。


 まさか自殺とか……?

 三人は急いで向かおうと思ったのだが……。


 〽 Lalalala - Ru - rururu-la♪ Rara - ru - ruru - la ♪

   La - la - Ruru - ru - la ♪ Ra - ra - rurururu - la ♪


 フレーズが体に染み渡ったほどに聴き覚えのある歌だった。

 だが、あの時とは違い悲壮な想いはまったく感じられない。心地よさと清々しさだけが三人の耳と胸を通り抜けた。


 白いワンピースのロングドレスに白いつば広帽子キャペリンハット。顔は見えないが、彼女はきっとまばゆい笑顔をしているだろう。


 水面に浮かんだひつじ雲の交わる空は、新たな一歩を踏み出した彼女とその愛した人との約束きずなを見守るように優しく照らしていた。


 ─ 飛陽高校・二年 野鐘 昇利

   ライジング・ノベライズ、エリア予選5回戦進出。 ─



――――次回予告――――――――――――――


 ついに揃った、エリア予選ベスト8。勝つことが許されない者の怒りと、戦うことが許されなかった者の憎しみの物語がクロスライズする。彼らの嘆きの筆跡は一体何処へと向かうのか。自分の居場所を守る為に、生み出す為に、その筆力は解放される。 


 ライジング・ノベライザー Episode.4

【 Missing - Nove(R)ize】 己の筆力を信じ抜け!


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