第7話 魔弾 -Der Freischütz-

 シン・フェルナスは、生まれついてほとんどのものが。目も耳も鼻も、手も足も、肺や腎臓に至るまで、どういうわけか二つあるはずの人体器官のほぼ全てを、ひとつしか持たずに生まれてきた。

 それでも生き長らえることができたのは、シンが世界でもっとも勢力のあるマフィアのゴッドファーザーの子、それも世継ぎと決まって生まれたからだ。

 シンが生まれ落ちた頃にはすでに、潤沢な資金を持つ犯罪組織の間では、肉体を『強化ブーステッド』していくことに抵抗も躊躇いもなくなっていた。もっと時代が古ければ、ゴッドファーザーはシンを簡単に捨てていただろうが、ファミリーの末端要員まで『強化』されていた組織にあっては、シンに施された『強化』は当然のように行われた。要は早いか遅いかの違いしかなかったのだ。

 物心がつく頃には、シンの身体は半分以上が機械部品でできていた。それがシンにとっては当たり前であったし、話に聞く『非強化アンブーステッド』などというものが、この世に存在していることの方が、シンには信じられなかった。

 そして、もうひとつ、シンには信じられないことがあった。それは『強化』が『強化』された肉体を人類の完成形のように考えていたことだった。生まれついて半分以上が機械化されていたシンにとって、『強化』された肉体は当たり前のことでしかなかった。シンにしてみれば、『非強化』であったの頃を知らないので、寧ろ『強化』の肉体の不便ばかりが疎ましく思えた。定期的なメンテナンス。手術。部品の入れ換え。より良いパーツが開発されれば、また手術。多大な時間と体力と金銭の浪費。こんなものが人類の完成形とは、どうしても思えなかった。

 疑問を抱き続けた少年期のシンに芽生えたのは、という考えだった。

 十代半ば頃から犯罪組織の長としての頭角を現し、ファミリー内でも、対抗勢力にも畏れと恐れを持って扱われるようになった頃、シンはある研究の話を耳にする。

 それが〝ネクスト〟計画だった、と十五年前のシンは語った。


「準備はできている。あとはアスカの身体とハイタニコウキ、お前の身体、それからおれの身体があれば、細胞培養と人工受精によって〝ネクスト〟はすぐにでも街ひとつ、いや、国ひとつを維持できるだけの人口を持つことができる」


 シンはあの頃から、すでに『進化』に取り憑かれていた。まるでそうしなければ生きていくことができない、とでも言うように、『強化』の世界に興味を持たず、『非強化』の存在自体を認知せず、シンはただひたすらに『強化』ではない、機械化ではない『進化』の形に拘り続けていた。


「……それは結構だな」

「お前たちは、身体があればいい」


 シンの姿が窓辺から消えた。毛足の長い蒼の絨毯が足音を消す。光輝は二丁のデザートイーグル〝テンペスト〟を正面に向け、引き金を引いた。

 乾いた金属音が二度続く。大型拳銃の五十口径弾を、シンはこともなくその手の得物……ふた振りの刀で切り落とすと、一直線に光輝との間合いを詰めて来た。


「生死は問わん」


 長い刀は刃の先端から柄尻までで一メートル四、五十センチはある。その長大な刃を、シンは軽々と振り抜く。触れればその一太刀で首が飛ぶ剣線を、光輝は潜り抜けるように身を落として避けると、落し込んだ姿勢のまま、打ち上げる格好で再び大型拳銃の引き金を引いた。

 シンの突進の速さ、〝テンペスト〟の弾速を考えれば、それは不可避に思える一射だった。だが、シンは左手に握った短い刀で、その弾丸を切り落とした。さらに、その刃を返して、光輝の顔面を貫かんとする一撃を突き出して来る。光輝はこれを前に倒れ込むことで辛うじて避ける。絨毯の上を肩から転がって避けたが、最後までそこに残った片脚を、シンの短刀が切り裂いた。

 痛みはあったが、光輝はそれを無視して立ち上がり、すぐさま次の一射を放った。同時に逆の手に握った大型拳銃の弾倉マガジンを落とすと、空洞になったグリップに纏った白いコートの内側から引っ張り出した長いくだ状のものに接続する。


「諦めろ、ハイタニコウキ。〝ネクスト〟であり、『強化』でもあるこのおれに匹敵する生物は、この地球上には存在しない」

「……そうかよ」


 カチン、と初弾が装填される小さな音を聞いたときには、光輝はその銃口をシンに向けて引き金を引いていた。フルオートで毎分八百発以上の発射が可能な短機関銃モードへとシフトした〝テンペスト〟が、文字通りテンペストを起こしてシンに幾百の鋼鉄の牙を浴びせかけた。

 対して、シンは避けることはせず、〝テンペスト〟の弾丸をひとつひとつ、目視で確認し、両手の刃で切り落とし始めた。鋼鉄同士が触れ合う甲高い音が連続して室内に拡散する。『非強化』を遥かに上回る『強化』を相手に戦ってきた光輝でも、カラエフのように特殊な兵器を利用して〝テンペスト〟の弾丸を弾かれることはあっても、たった二本の刀に捌かれた経験はない。だが、驚きはしなかった。これが〝ネクスト〟である。それは同じ〝ネクスト〟である光輝が一番理解していた。だからこそ、驚きはしなかったし、短機関銃の銃口を向けた時点で、。連射を続けながら、逆の手でもう一丁の大型拳銃の弾倉も落とした。空になった銃把に、今度は袖の中を伝った別の管が生き物の如く動いて接続される。内蔵されたナノマシンを介して、光輝の全身から光輝の意思を汲み取った『クロス』が、〝テンペスト〟に別の命を吹き込む。

 短機関銃の連射を止めた。半身をひねり、新たな命を宿した愛銃をシンに向ける。

 全ての弾丸を弾き落としたシンが、自分に向けられる別の銃口を見て、何かを察した様だったがもう遅い。光輝は引き金を引いた。

『ハンドキャノン』の異名に相応しい音と衝撃があり、弾丸はシンに着弾するなり爆発を起こした。〝テンペスト〟に装填された弾丸は炸裂を伴う強化弾で、その威力は旧世紀の大口径戦車砲に匹敵する、とグレイからは聞かされていた。

 〝魔弾まだん〟と称された強化弾の炸裂は、シンを中心に背後の壁や天井を吹き飛ばした。強化ガラスに覆われた高空の王室は、唐突にその覆いを失って、吹き荒ぶ強風の虜となった。爆煙がシンの姿を隠したが、風がすぐさま煙を晴らす。

 と、何か光るものが光輝目掛けて飛来した。爆煙を割って高速で迫ったそれを、光輝は避けることができずに右肩に受けた。

 僅かな痛みが肩に走る。なんだ、と視線をやって、見たものに、光輝は見覚えがあった。同時に、しまった、という思いが走り抜けたが、その思考は目の前で起こった閃光と衝撃に掻き消された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る