第41話 忠義の士

 子供たちとは裏腹に、壮年の男たちは心地よい朝を迎えていた。


「世話になったな。王女殿下に代わって礼を言う」

 

 ラルフは自由民の纏め役と名乗ったオナホルに礼を言う。彼らのおかげで随分と助かった。


「女王陛下じゃないのか?」

「多くの民たちが、まだ王の存在を認めていないものでね」

「そりゃ、ご苦労なこった。まっ、礼は素直に受け取っておく」

 

 だから、と嫌味っぽくオナホルは繋いだ。


「そちらも、是非とも忘れないでくれ」

 

 含まれた言葉を読み取り、

「我々が負けると、でも?」

 ラルフは余裕を見せる。


「いや、そいつはないだろう。あのガキの目論見は知っているが、俺なら試そうとも思わない博打だ。ただ、おまえさんがたにとって、気持ちのいい戦いにはならないと思う」

「ご忠告痛み入る」

 

 自由民の先導に従って、シャルオレーネ軍は森を進む。

 全員が甲冑を着込み、軽快に馬を走らせる。


「もしかすると、たった一人の首で終わるかもしらん」

 

 急な発言に、隣を走っていた副官のダンが首を捻る。


「いや、オナホルが言っていたんだ。あのガキ、とな。ガキ共じゃなかった。生徒だけしかいなくとも、頭がしっかりと機能している証拠だ」

「それでも、大人がいてくれたほうが良かったのでは?」

「そいつはそうだが、いないんじゃ仕方ないだろう」

 

 リンクの推測した通り、彼らに虐殺の意思はなかった。

 それ以前に、捕虜も必要としていない。というよりも、帰りは強行軍を避けられないので連れていく余裕がなかった。

 シャルオレーネ軍の目的はただ一つ。

 

 ――ブール学院という名の城に、メルディーナ王女の旗を立てる。

 

 帝国にとってはさしたる意味を持たない行為であるが、シャルオレーネ王国にとっては一世一代の大勝負である。

 

 だというのに、ラルフは未だ半信半疑であった。こんなことで、本当に民衆の心を動かすことができるのかどうか。

 

 彼にとって、大衆という存在は身近ではない。

 

 生まれた時から騎士になることが定められていたので、七歳になると小姓ペイジとして王宮に出入りし、十四歳で従騎士エスクワイア

 戦に恵まれたおかげで、二十歳になった頃には既に一人前の騎士として扱われるようになっていた。

 

 破格の出世ではあったが、シャルオレーネ王国の土地は血統書付きの王侯貴族に与えるだけで手一杯だったので、どれほど活躍しようとも自分の領土を持つことは叶わなかった。

 

 先住民が暮らす極北の地を開拓すれば話は別であったが、それこそ騎士がやるべき仕事ではないとして、ラルフは近衛騎士に収まっていた。

 

 しかし、近衛は騎士の中で最も身分が低いと言われるばかりか、大衆が憧れる騎士ともまったく別の存在である。

 土地を持たない以上爵位は得られず、収入も労働と引き換えではないと手に入らない。

 これではとても貴族とは呼べず、せいぜい位の高い職業戦士といったところであろう。

 

 なにより、近衛騎士は服従を余儀なくされる。それは、王の守護者であろうとも変わらない。

 貴族であれば、相手が誰であっても反撃することが許される。王に従うのも忠誠の証であり、服従と蔑まれることはない。

 

 ラルフは心からの忠誠を持って王女に剣を捧げたにもかかわらず、グスターブはそれを嘲笑った。

 

 ――近衛騎士は尻尾を振るのに大変だと。

 

 その毒は浄化されることなく、事あるごとにラルフの精神を蝕んでいた。

 主君に従うのは当然の義務なのに、自分を押し殺す度、あの声が頭のどこかで囁いて聞こえてくる。


「――団長」

 

 素っ気ない呼びかけが、ラルフを現実に引き戻す。


「俺たちは、頭を使って収入を得ているんじゃありません。命令に従うことで、いただいているんです。あなたが王女殿下の片翼を担うことになったのは知っていますが、今は俺たちの団長なんですから、しっかりしてください」

 

 副官の声は咎めるようでもあった。


「俺たちはあの城に旗を立てる。邪魔する者がいるなら、それを蹴散らす。そして、生きて王女に報告する。簡単なことじゃないですか?」

 

 暗に、今はその命令に従うことだけを考えろと言われ、ラルフは苦笑する。


「おまえの言う通りだな。ただでさえ慣れない土地で、慣れないことをするのはよしたほうがよさそうだ」

「えぇ、ですから俺は手加減しませんよ。相手が子供であっても、命がけでかかってくるのなら帝国兵として扱います。もちろん、俺たちは歴史ある王国の近衛騎士でありますから、たとえ相手が敵であっても慈悲の心は忘れませんけどね」

 

 口調からして、ダンはその言い回しが気に入っているようだった。

 皮肉にも、敵の言葉が長い間忘れていた名誉と誇りを思い出させてくれた。

 王を裏切り、王女にくみした近衛騎士たちにとって、それは大きな救いでもあった。

 彼らの選択も一つの騎士道精神であるが、それはすべての人間に理解できる代物ではない。

 

 大衆においては、裏切りは裏切りだと断ずる者のほうが遥かに多かった。

 

 吟遊詩人が歌うは理想の騎士であるがゆえに、僅かの汚点も許せないのだ。

 非情に勝手だが、詩人や聴衆が騎士に求めていたのは、最後まで王を守ろうとして朽ち果てる彼らの無残な姿だった。

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