第5章 ブール学院の戦い、姫剣士様の初陣

第39話 決戦前夜の奴隷たち

 決戦前夜のブール学院では、お酒が振る舞われていた。酔わせてでも、早い内に寝かしたほうがいいとリンクが判断したからである。

 

 ありがたいことに、敵はこちらの誘いに乗ってくれた。

 おかげで、指揮官が子供じみた反抗に付き合ってくれる、器量の持ち主であるとわかった。

 

 これなら、充分に期待できる。

 

 明日行われるのは、本気の軍事訓練のようなものだ。

 そのことを伝えるも、他の生徒たちはリンクほど信じられないようだった。騎士たちに至っては、手加減や情けを受けるのは侮辱だと喚き散らしている。

 

 まぁいいか、とリンクも酒杯を傾ける。

 

 勝敗を分けるのは自分とコリンズの奴隷たちあって、ブール学院の生徒たちは言う通りに動いてくれさえすればいい。

 

 戦わないことに負い目を感じてか、スーリヤは忙しなく生徒の間を行き来していた。

「付き添わなくていいのか?」

 近づいてきたフィリスに、リンクは投げかける。


「随分と余裕ですね」

「スーリヤとコリンズが捕まらなければ、負けたって構わないからな。だから、絶対に逃がせよ? 俺が合図するか予定が一つでも狂ったら、ぶん殴って気絶させてでも――」

「無茶を言わないでください」

「おまえがやらないなら、コリンズがやるだけだ。だったら、おまえがやるべきじゃないか?」

「……負ける気で、いるのですか?」

「勝ったら奇跡だよ。コリンズの指摘したとおり、こんなのは策でも戦法でもない」

「それは……そうですが」

 

 フィリスにも否定できないのが辛かった。

 言葉を探せないでいると、

「軍師殿」

 コリンズが割り込んできた。

 

 二人は信頼しあった様子で話している。

 それもまた、フィリスの心を揺れ動かしてならない。リンクの正体を探るのはすべてが終わってからと言っていたが、もしかすると抜け駆けされたのでは?


「あれ、ずぇったいに抜け駆けしてますよね」

 心の声が出ていたのかと焦るも、違った。

「顔には出てたよ?」

 

 にやにやと、シリアナが指を伸ばして頬をつつく。


「やめてください」

「つれない。で、フィリスはわかった? リンセント家の隠し事」

「そんな大っぴらに言わない。誰が聞いているか、わかったものじゃないんだから」

「大丈夫だって。まっ、お姉さんは警戒しているようだけど」

 

 リアルガは心あらずといった様子で、弟とコリンズを見ていた。


「やっぱ、あんま似てないよね?」

「人相学には詳しくないのでわかりません」

 

 失言を避けたくて口にしたのだが、シリアナは手を叩いて喜んだ。

 どうしたのかと尋ねると、奴隷の中に絵心のある人間がいるとのこと。

 

 止める間もなかった。

 

 シリアナは周囲に誰もいないかのように駆け走り、戻ってきた時には二枚の用紙を手に持っていた。


「抽象画」

 

 早いと質問するまでもなく、答えを提示された。


「う~ん、よくわっかんないんけど他人では難しい類似性はあるって言われちゃった」

「つまり姉弟だと?」

「それが、わっかんないから困ってるの。系統学に詳しい人は、同じ両親から生まれたとは思えないって言ってたし」

「人材の宝庫ですね」

「コリンズ様、いい趣味しているから。でね、あの髪が問題らしい。あの黒が生まれるような両親からは、お姉さんのような栗色の髪の子は生まれないみたいな?」

「推測ですか?」

「そりゃ、絵具じゃないんだから。絶対とは言えないってば」

 

 確かに、リンクの黒髪は珍しい。黒白こくびゃくという意味を知った時、ついこれかと感心したのも憶えている。


「でも、イラマも似たような髪色でしょう?」

「フィリスは二人を並べて、よく見たことないっしょ? 微妙に違うんだなこれが」

 

 優位性を滲ませた返答にフィリスは溜息を吐く。


「……あなたも、抜け駆けする気満々じゃないですか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る