第32話 埒のあかない推論

「次はないからな。次は絶対に許さない。止めても無駄だ。邪魔する奴も斬り捨ててやる」

 

 馬に揺られながら、スーリヤが物騒な唸り声をあげる。

 おしとやかな皇女は一日と持たなかった。

 

 その理由は単純明快で、クーニ皇子が露骨な時間稼ぎをするからである。

 ただでさえ慣れない行軍で遅いというのに、西方帝国の皇子はことあるごとに軍勢の足を止めさせていた。

 それも体調不良や喧嘩という、下らない言い訳を理由にして。

 

 その度にフィリスが諌止していたのだが、ついに我慢の限界だとスーリヤは訴えた。

 こうなってしまうと、フィリスでは止められない。

 だが、この奴隷もだいぶ逞しくなったもので、自分では無理だと認めるなり、応援を呼ぶことにした。


「スーリヤ。頼むから、大人しくしていてくれ」

 

 最初の応援は兄のスレイブ=ストレンジャイト。無難な選択だけあって、スーリヤは聞く耳を持たなかった。


「では、兄上から言ってください。今度、下らない理由で立ち止まったら斬り捨てると」

「無茶を言うなよ、スーリヤ」

「なら、ディルド様にお願いしてください」

「スーリヤ……」

 

 相手が妹とはいえ、目上の人間におもねるか目下の人間に傲慢な態度を取るのが性質になっているスレイブには、言い争うことができなかった。

 スーリヤは末子であり、唯一の皇女であるからか父上に可愛がられている。その事実が、彼から怒鳴り声を奪うのだ。


「わかった。なんとかしてみよう」

 

 しかし、この兄の決断は火に油を注ぐだけだった。


「まだ、一日しか経っていないというのに。もう、飼い主が恋しいのか?」

 

 あろうことか、スレイブは南方帝国の皇子を連れてきた。どういう目と頭をしているのか、彼は妹とコリンズは仲が良いと思い込んでいた。


「そう、か。こいつで我慢しろ、と言うわけか。兄上は優しいな」

 

 スーリヤは剣に手をかける。

 余計なお世話を焼いたスレイブは、邪魔者は退散と言わんばかりに姿を消していた。


「まぁ、待て。いま、軍師殿の真似をしてやるから」

「いらん!」

 

 スーリヤは吠えるも、コリンズは聞かなかった。


「――貴様はどうして、律儀にアヌス士官学校の行軍に付き合っているんだ? ここは貴様の国であり、領土であろう」

 

 下らない物真似を思い描いていたスーリヤは、弾かれたように顔をあげる。


「よく、考えろ。何故、貴様はここにいる?」

「……コリンズっ!」

 

 抑え切れない喜びに満ちた声。


「礼を言う」

「いらん。それより、頼みがある」

「……なんだ? 悪巧みか?」

 

 心からの感謝を無下にされたことに傷つくも、スーリヤはぐっと我慢する。


「そうだ。だが、軍師殿に比べたら可愛らしい我儘といったところかな」

「貴様は、リンクをどう思っているんだ?」

「有能な奴隷」

「……根拠はあるのか?」

 

 以前とは違って、スーリヤは落ちついて話を進める。


「シリアナの勘だ。そこで貴様の奴隷にも聞きたい。軍師殿を初めて見た時、どう思ったか」

 

 スーリヤは振り返り、

「フィリス。ちょっと、来い」

「はい」

 命令だったので、恐縮しながらもフィリスは主たちと馬を並べた。


「フィリスとやら。貴様は軍師殿に会った時、どう思った? 率直に答えろ」」 

 そして、コリンズが問いただす。


「よくは憶えていませんが、この人は私を傷つけないと思いました」

 

 理由は不明だが、安心感を抱いた。親近感と言い換えてもいい。

 けど、そこまでは口にしなかった。

 何故なら、リンクはそのことを本気で隠そうとしていない。

 フィリスはそれを撒き餌のような代物と疑っていた。油断や気の緩みでなく、自ら隙を見せていると。

 

 「二人の奴隷。いや、三人か。ディルドの奴隷も、初対面からやけに馴れ馴れしかった。しかも、意味深な行動をしている」

「意味深、だと?」


 スーリヤは色仕掛けの類を想像して気が立つも、

「ディルドからの贈り物と言って、女物の髪飾りを渡している」

 見当違いもいいところだった。

 

「東方帝国の皇子からの贈り物……それも、女物の髪飾りだと?」

 

 その一言がもたらした衝撃は絶大で、スーリヤはつい繰り返してしまった。


「あぁ。これが、まったくもって意味がわからん」

「まさかっ!? リンクが女だと言うつもりじゃないだろうな?」

 

 スーリヤの推測を、

「馬鹿か? それではリンセント家に一切のメリットがないではないか」

 コリンズは一蹴する。


「む? リンクがどうこうじゃなくて、家の問題なのか?」

「はぁ……。軍師殿の苦労が忍ばれるな」

「うるさいっ! 私は貴様より四つも年下なんだ」

 

 皇子は目線で訴えるも、フィリスは頑なに口を開こうとしなかった。


「可能性の一つとしては、本物の『リンク』が女であること。家督を譲るには、やはり男が好ましい」

 

 仕方なく、コリンズは自分の推測を披露する。


「リンセント家は一代騎士だぞ?」

 

 大貴族ともなれば女であることが不利に働く可能性は否めないが、一代騎士であれば気にすることではない。

 そもそも、誰も気に留めないのだから。


「分不相応のプライドを持っているのだろう。自分の力で成功を収めた人間には、珍しくもない傾向だ。特に、血筋がすべてではない騎士や商人に多い。高貴な女を迎えることができれば、一代で成り上がりから脱却できるからな」

 

 周囲を優れた血統で囲まれたスーリヤには理解が難しかった。

 対して、コリンズは多くの奴隷を抱えている。それも深く馴染んでおり、様々な階層の人間に精通していた。


「つまり、ブール学院にいるのはリンク=リンセントではないんだな?」

 

 スーリヤは思い出していた。

 初めて会ったあの時を――彼はオルナ・オーピメントと名乗った。

 その顔が誇らしくさえあったから、疑いもせず信じたのだ。


「それは間違いないだろう」

 

 口にするタイミングを逃したが、コリンズにはもう一つの可能性が見えていた。しかし、これは女に喋っても理解できないだろうと、言わずに済ました。


「ここで議論をしていても埒があかん。相手が貴様じゃ尚更にな」

「年下だから、それは仕方がないことだ」

 

 年齢を隠れ蓑にするつもりなのか、スーリヤは嫌味ったらしく訴えた。


「軍師殿も俺より年下だぞ?」

「あんなのと一緒にされても困る」

「本当にやかましい女だな。それだけ口がまわるなら、さっさと行動に移るぞ。はっきり言って、俺はいつまでもディルドに出し抜かれている状況が腹立たしいのだ」

 

 そう言って、コリンズは自称可愛らしい我儘を口にした。

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