第3話 存在の大いなる連鎖 その3

 教室を出る。駆けて、出る。廊下の長さにうんざりしてくる。息も乱れてくる。校庭を縦断する。革靴が汚れるな、と一瞬、思う。それは冷静さではなく、逃避のための思考だ。

「先生、どうしますかあ」と誰かの声。

 校門のすぐ外を漆黒に染め上げているのはA4程のコピー紙の海だ。拾い上げて、読む。教師が1人近寄り、教室に戻りなさい! と、怒鳴る。怒鳴られながら、読む。小さな文字でびっしりと「偶像崇拝の街を燃やせ」と書いてある。

 つまりこういうことだ。

――偶像崇拝の街を燃やせ偶像崇拝の街を燃やせ偶像崇拝の街を燃やせ偶像崇拝の街を燃やせ偶像崇拝の街を燃やせ偶像崇拝の街を燃やせ偶像崇拝の街を燃やせ偶像崇拝の街を燃やせ偶像崇拝の――。

 警官の制服の青と教師の背広の黒の中で、野枝のブレザーは光沢を帯びた紺色だ。

「あら、来てたの」

 彼女の処遇とこの事態の収拾方法を巡って議論していた大人たちと、彼女の横に立って彼女がまだ抱えている残りの紙束を取り上げようと説得し続ける大人たちの、一斉の、沈黙。それはまるで、彼女の声の神聖を演出する儀式だ。

 しかしそれは全くの、ぼくの希望的観測に過ぎない。大人たちは今や、彼女ではなく、このぼくにこそ、その視線を集中させているのだから。

 ぼくは鼻の横を通って唇に触れた汗の、塩の味を味わう。

「何をしてるんだ」

「革命なのか、戦争なのかってこと?」

「しかし二つが同じものだとしたら?」

「それなら、革命戦争をしているということにしましょう」

 野枝の抱えた紙束に、アリバイ作りのように指だけ添えていた若い教師が引き攣るように笑った。警官と話していた初老の教師が彼の後頭部を見たのを、ぼくは見た。教えてやったほうがいいのかも知れない。彼の雇用に関わるかも知れない。

「このアジビラはどうしたんだよ」

「今はね、フライヤーと言うのよ。駅前のコンビニでコピーしてきたの」

 駅前のコンビニの、日本語も英語も当然母国語も流暢な外国人労働者達の、鮮やかな商品の陳列と掃除の手際を思い出す。それから、ぼくは目眩を覚える――いや、目眩もまた、思い出す。

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