⑦ 今回の脇役たちのありがたいお言葉

「はあ?」


 俺が思わず喧嘩腰でそう言ってしまったのは、昼に叶人たちと合流したあとのことだった。

 食べたい物が違うという理由で、俺たち四人組は男女に分かれていた。ここは莫大な遊園地の中にあるフードコートのひとつだ。少し物価が高いので少しへこむ。

 ともあれ、俺が昼食を食べている中、不快を隠せない声を出したのは当然だろう。

 だって、叶人が意味のわからない勘違いをしていたのだから。


「お前、本気で言ってんの?」


「ああ、だってあいつ、普通は誰でも名前呼びにするやつなんだよ、でも結叶は……」


「ちょっと待て。お前馬鹿なのか? あいつが俺のこと結叶って言い始めたら吐き気がするだろ」


 叶人の大きな勘違い。

 それはなぜか全くわからなくて本当に遺憾なのだが、篠崎が俺のことを好きだ、ということらしい。

 ありえない。ちょっといっぺん出直してきた方がいい。


「でもさ、結叶、俺にはそうとしか思えないんだよ」


 ……はあ。なんでこうもこいつは。

 穿ちすぎている。いや、違うな、こいつはおそらく話がポンポン上手くいくことなんてないと確信している。だから俺が篠崎に好かれているなどという可能性を信じて話をこんがらがらせているというわけだな。

 まったく、お前さえ一歩踏み出したならもう安泰だろうに。


「まあでも、篠崎から身の上話を聞けたのは頑張ったな」


 俺は叶人からだいたいの顛末を聞いていた。俺たちが使われたことは腑に落ちないが、少しは打ち解けたようで安心だ。

 だけど、叶人はむしろやってしまったという顔をしていた。


「あのあと、つい篠崎の頭を撫でちゃったんだよ」


「……うん。大進歩じゃん」


 さすがにこれには度肝を抜かれた。

 おい、なんだよ。そこまで行動力あるなら告白まで持っていけるだろ。

 それにしてもなんで唐突に撫でるという行動に出たのかは理解できなかったが。

 叶人はその事実を言いながらさらに落ち込んだような顔をした。


「いや、それがさ。えげつないほど嫌がられた」


「……ふーん。どんなふうに?」


 嫌がられたのか。好きな人からの唐突な頭ナデナデは最高のご褒美なのではないのか? 俺は乙女心なんてフィクションの中の人のしかわからないからな。リアルの場合、それは何たり得るのだろう。


「なんかこう、顔真っ赤にして、俺から距離取ってきたんだよ。んで、初めて撫でられたーとかなんとか……って、思い出したら恥ずかしいことしたな俺」


 ……うん? それ、のろけ話すか?

 いや、普通にそれ嬉しかったとか好きな人に撫でられた時の反応だろ。

 えーと、叶人。お前さてはフラグとか知らないやつだな?

 鈍感主人公にもほどがあるだろおい。


「ちょっと殴っていい?」


「なんでだよ!?」


 ……なんか気に入らん。完全に上手くいく構成なのにわざわざ脇道に逸れるとか。いやはや、まさか現実にこんな主人公がいたとはな。

 ここはひとつ、俺からありがたいお言葉をさずけてやることにするか。……いや何から目線なんだよ俺は。


「くくく……叶人、そんなお前に耳寄りな情報をやろうじゃないか」


「え、どしたの結叶?」


 イケボ風に始めたけど始めっからコケた。

 いや、今の流れは物語の重要人物が色々と渋りながらも有用な情報を提供する、っていうシチュエーションだっただろ。

 ……はあ、雰囲気台なしだ。

 しょうがない、普通にするか。


「叶人、いい情報がひとつある。どれから聞く?」


「え、ひとつならどれとかないでしょ」


 ……クッ、手ごわい!

 そんな細かいことはいいだろ。『良いニュースと悪いニュースがある』的なニュアンスを一回やってみたかったんだよ!


「……さて」


 さっきまでの失態を悟らせない要領で、俺は持参した水筒の水を飲んだ。


「ま、おふざけはここまでにしとくか。再集合の時間までの時間は迫ってくるからな」


 格好くらいは保つ俺である。このセリフだと今までのものが全て戯れに思えるだろ。さっきまでのやつは格好いいと思ってやったんだけどな。

 ……ごほん。

 心でわざとらしく咳をしてから本題に突入することにしよう。


「お前はひとつ勘違いをしている」


「……なんだよ?」


 わかりきっていることを教えるのは面倒だな、と小さくため息をついてから、俺は子供に諭すような感じで事実を告げる。


「篠崎は俺に好意を持っているわけじゃなくて、他でもない、叶人、お前に好意を持っているんだよ」


「……へ?」


「つまり、叶人が篠崎に抱いている感情と同じことを篠崎は叶人に抱いてるってことだよ」


「……って、ことは、篠崎は?」


「叶人のことが好きなんだよ」


 はあ。なんて道化だよこいつらは。俺に見せつけてきてるのかよ。両想いのくせに手間かけすぎかっての。


「いや、でも、篠崎は結叶のことを……」


 まだ言いやがるか。まあいい。こっちには確固たる証拠ってやつがあるんだ。


「なあ、もしだけど、篠崎が俺のことを好いていたとしよう。で、そんな篠崎が他人と俺の恋愛を応援すると思うか? 俺にはどうも邪魔するとしか思えないんだが」


「……たしかに」


「はあ、むしろ考えるならこっちが先だろうに」


「そっか……それじゃあ本当に……」


 なんでいきなり篠崎▶︎俺と思い至ったのか。そっちの方が知りたいわ。

 でも、これでやっと軌道修正完了だ。

 その瞬間、俺の心の中は達成感で満たされていた。これが人助けをする感覚か、なんて一瞬思ってからそこまで大層なことではないと思い直す。……俺は自己否定激しいな。

 まあ、もうちょい後押しするか。

 俺は念を押すように片手で口を隠して恥じらう叶人に向き合った。


「だからさ、叶人。だから、もうわかるな?」


 抽象的以外のなにものでもなかったが、さすがは幼馴染。言わんとすることは理解できたようだ。


「……ああ。なんだかズルい気もしちゃうけど、それでも心は決まったよ」


「そりゃ良かった。ここからが勝負だ。まあ結果は見えてるけど、それでも慎重に、確実に行けよ。ま、俺が言えるのはここまでだけど」


「わかった。しっかり今日中に全部終わらせてくる。ありがとう、結叶」


「ああ、で、助言しておくと――」


 ……軌道修正というかこの助言によってもはや新しい道を作ってしまっていた。ゲームの攻略法を教えている気分である。……実際にギャルゲーの攻略法的なことを教えていたのだが。いや、でもまあ、下手に叶人がやるよりかは確実性に富んだ作戦だと思うから。

 なんで恋愛経験のないお前に言えるんだって?

 そりゃ決まってる。


 女子は誰しも展開に惹かれるもんだろ?


 *


 私は、愛華のその話をつい口もとを緩めてしまいながら聞いていました。

 なんでも、意中の萩宮くんから頭を撫でられたのだとか。……羨ましいなあ。私はまだ結叶くんにそんなことされた覚えはありません。

 まあ、そんな結叶くんだから安心して近づいて行けるのですけれど。


「とにかく、良かったじゃない愛華」


「そ、それはそうだけど、でも……! ……恥ずかしいよ……」


 お。愛華の恥ずかしがる顔はレアです。可愛い。

 私はしっかりその顔を脳に保存してからある提案をしてみます。

 これは『もうバラしていいよ。こっちは話した』という結叶くんのもう強引にでもやってしまおうという思いのこもったメッセージからです。


「愛華、もうそろそろ行ってもいいんじゃないかな?」


 私は愛華が萩宮くんのことを好いていることは本人の口から聞いていました。そして、逆に萩宮くんが愛華のことを好いていることも結叶くんから聞いています。

 つまり、今回は出来レースだったのです。二人のどちらかが少しアプローチしただけでもう結ばれる関係にあったのです。

 今まで進展がなかったのは、どちらも怯えすぎてそのアプローチをする勇気がなかっただけのこと。


「なんで、いきなり?」


「だって見てたらわかっちゃった。絶対萩宮くんも愛華のこと好きだって」


「え!? ど、どゆう、こと?」


 ……なんだかものすんごい混乱してますけど。結叶くんもこんな感じだったのでしょうか。

 愛華に自信を持たせるため。私はダメ押しのように言葉を重ねます。


「普通、なんの気もなしに頭とか撫でないでしょ。たぶん、まさかの二人きりになれる展開に我慢できなかったんじゃないかな」


「ふぇ、ぇ、うぅ……」


 ありゃりゃ、言語機能を失ってしまいました。顔を覆って俯いちゃってます。

 顔なんてもう真っ赤です。トマトとかいちごとか、リンゴみたいに。

 それを微笑ましく思いながら、そそのかす悪魔の気持ちで愛華に耳打ちします。


「ここは攻め時だと思うの。だから午後はガツガツ行っちゃっていいと思うよ。もしかしたら今日が記念日になるかもしれないし……」


「ひゃ……!」


 ……もうこのくらいそそのかせば十分でしょう。萩宮くんには結叶くんが言ったみたいですし、これは時間の問題です。

 ひとまず安心した私は買ったクレープにかぷとかぶりつきました。やっぱりキャラメルクリームは格別の甘さです。まるで私と結叶くんみたいに……なんてシャレな言い方をしてみますが、残念なことに彼とはまだ甘々な関係は築けていないのです。

 結叶くんも私にぞっこんだったら良かったのに……と、私は少し傷心な気持ちになっていると、そこに追い打ちをかけるように恥ずかしさから立ち直った愛華が言ってきたのです。


「夢望……太った?」


「え!?」


「だってさっきから甘いのばっか食べてるし……しかもほら」


 愛華は私のお腹へ手を伸ばしてきてその皮膚を掴みました。そのままもにゅもにゅと揉んできたのでくすぐったいです。


「ちょ、やめ、ひゃっ!」


「やっぱり。モチモチ感が増してるよ。このままだと夢望、マシュマロになっちゃうよ」


「え、それは……いいことじゃ?」


「ああ、ごめん可愛い食べ物にたとえたのが駄目だったね。じゃあ単刀直入に。夢望、おデブになっちゃうよ?」


「あ、あうー……」


 そうストレートに言われてしまうと傷つきます。でも、あんまり太った気はしないんですけど。

 ……あ、思い出しました。

 いつか、結叶くんの手を握った時。あの時モミモミしてきたのは私の手が柔らかい脂肪に包まれていたからなのではないでしょうか!?

 あの時からもう私の体重は増量を始めていたのですね……。


「……ど、どうしよう?」


「そんなの知らないわよ。痩せる方法なんて、普通に運動してればいいと思うけど。あ、あと甘い物の食べる量減らすとかね」


 そこまで言って愛華はニヤリと笑いました。……なんだかさっきまでやってきたことをしっぺ返しされちゃった気分です。

 これはついにキャラメルを断たなきゃ駄目ですかね……。

 そんなふうに深刻なこと(?)を考えながらも、私は持っているクレープにもう一度かぶりつきました。


 *


 そして昼を済ませた俺たちは合流した。


「つ、次どこ行く……?」


「え、えっと、何乗ろうか……?」


 ……まあ、篠崎と叶人は予想通りぎくしゃくしていた。

 神原は何を言ったのだろうか。まあいっか、これは出来たてホヤホヤのカップル感がある。本当に心配はないだろう。しっかり叶人にはレッスン(?)を施したし。

 で、だ。


「あーごめん、俺神原と回るから二人で回ってて」


 まずは二人きりという下地づくりから。

 叶人が早すぎるよやめてよ行かないでよ、みたいに懇願するような顔を向けてきたが、気づかなかったフリをする。……これは冷酷なのではない。優しさだ。

 篠崎も俺の定番の理由で顔は窺えないが、あからさまにもじもじしているのが目に見えた。

 ……これは俺の目に毒だ。リアルの恋愛を俺に見せつけないでくれ。このリア充どもが。

 ここは早々に去ろう。去るべきだ。


「ほら、神原早く行こうぜ」


 俺は神原の腕を引っ張るように取った。


「あ、は、はいっ!?」


 ……そしてなぜお前はデレる。

 今日だって密着してたわ押し倒すわで行動力とかは一級だったはずだろ。俺はお前の恥ずかしいと恥ずかしくないの境界線がわからん。

 とりあえず今神原の腕を掴んで引っ張っている態勢が、傍から見るとあまりにも強引に迫っているように見えると思った俺は神原の腕を離した。

 なんだよおい、逃げ出す機会を失ったぞ?

 と思ったら、神原が愛華に何か吹き込んでいるのが見えたので、俺もそれに倣って叶人に吹き込むことにする。さっきのはデレたのではなく、いきなりのことに焦っただけのようだ。

 俺は叶人の肩に手を置いて言った。


「まあ、頑張れよ。幸運を祈る」


 それだけ言うと、神原と目配せをし、「じゃあまた帰る時に」とそこから離れた。


「……ま、まず休まね?」


「……そ、そそ、そうだね」


 背後からそんなぎこちなさすぎる声が聞こえてきたので、俺は急に、劇的に心配になってきた。

 まあ、あいつらはあいつらで解決することだろ。ここからは信じるしかない。


「ふっふふー♪」


 むしろ俺は。

 愉快な鼻歌を歌っている神原の方が心配だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る