② あるリア充の少年のお話(叶人サイド)

 俺――萩宮叶人はあまり他人との壁とか気にしないタイプだ。

 だから俺は目に入った人に片っ端から声をかけていく。これは小学校から、いや、幼稚園から変わらない。

 入学から一ヶ月半が経とうとしている今となっては、もう学年で知らない人はいないまでになっている。

 そんな中、俺の知る限りとてつもない変化が起こった友人がいた。俺の認識では親友だ。

 倉永結叶――それが、俺が幼稚園の頃から一緒にい続けた幼馴染の名前だ。どちらも名前に叶という漢字が入っていることにはなんとなく縁を感じている。

 小さい頃からだが、あいつはなんかこう、ほっとけないような雰囲気があった。だから俺は結叶にずっと引っ付いて生きてきた。……どうせあいつは迷惑だ、だとかお節介焼きだ、というふうに思っているんだろうけど。

 まあそれはあながち間違いではない。事実、俺は結叶に惹きつけられているのかもしれない。

 あいつに関わると、どんどん倉永結叶という人間に興味を持っていく。それは俺だって例外じゃなかった。

 そして、最近の結叶の変化は本当に驚くべきものだった。

 だって、彼女ができたのだ。それも正反対のすごい美人と。

 ……まあ、詳しい顛末はよく知らないんだけど。でも、告白されたと聞いた時には歓喜したね。そりゃあそうだ。俺は結叶とは少し違って友人の幸福を祝福する方だ。

 だから、告白されたあとに『誰だっけ』発言をしてしまって逃げられたと知った時も、俺は精力的に動いた。……今思い返してみたけど、俺は素でお節介焼きなのかもしれないな。

 そして俺の知らぬところで結叶は色々と進歩、成長したようだった。暗い方の性格もいくらか前向きになった気がするし、相手の神原とは仲が良さそうにしている。しかも結叶、今まで俺以外の顔は見れなかったのに神原の顔が見られてるんだ。

 それは嬉しい反面、寂しさもあった。そうだな、たとえるなら子供が独り立ちしていく親の気持ちか。親になったことはないけど。

 とにかく、俺はそんな結叶を見て思ったんだ。


 ――俺も変わらなきゃ、って。


 別に俺自身、これといってコンプレックスや劣等感は抱かない。

 でも、ひとつあるとしたらそれは――自分に正直じゃないこと、なのだと思う。

 俺は我が道を行く結叶のような強い生き方はとてもじゃないけどできなかったから、周りに合わせることばかりしてきた。そうして合わせていく中で身につけたのがこの自分から人間関係を作っていく技術なんだけど。

 やっぱり結叶たちを見てると、自由気ままに生きているんだな、と感じる。

 それに比べて俺は結構自分の意見を押し殺してなびいてしまう節がある。

 なびくのが悪いとは言わない。でも、俺は結叶たちのような自分に正直な人にいつしか憧れを感じていた。

 だから、これは俺が自分に正直になるための第一歩だ。


 篠崎に告白する。


 前から、気になっていたのだ。

 部活でのみんなに対する献身的な態度とか、見ていない場所で努力しているところとか、あとそれと、可愛いところとか。

 みんなに優しくも厳しく均等に接する篠崎だから、恋愛とかそういう感情は持ち合わせていないんだろうけど。

 それでも俺はこの正直な気持ちを伝えたい。別に駄目でもいい。俺はただ、変わってみたいのだ。


 ……いや、今はそんなこと考えてちゃ駄目だ。

 何せ、部活の試合が目の前に差し迫っているんだから。

 新人戦というのはその名の通り、新人、つまり一年の大会だ。

 小さい頃からやっていることもあってか、俺はレギュラーを獲得することができている。

 今日は明日明後日の二日間で行われる新人戦の最終調整だ。

 特段問題もなくそれは終わった。


「お疲れ様! はい、みんな水分補給してね」


 練習が終わり、みんなでグダっと座り込んでいると篠崎が飲み物を持ってきてくれる。

 相変わらず俺は篠崎のそんな姿を見つめてしまっていた。

 染めたのか地毛なのか、黒ではない色に染まった髪の毛に俺とあまり変わらない身長。少しつり上がった目は笑うことによって魅惑のフレーバーを醸し出す。

 ……こんなことがつらつら出てくるなんて、やっぱり俺は篠崎のことが……。

 と、そんなことを思って篠崎を見つめていると、不意に目が合った。


「……っ!」


 さっきから見つめていたことがバレてしまう気がして俺はとっさに目を逸らした。

 ……あー俺チキンだなあ。男ならむしろガン見するところだろうに。


 *


「今日も疲れたなー……」


「いや、明日明後日のが疲れるっしょ」


「そうだな、連戦だし」


 帰り道は同じサッカー部の面々と一緒だった。 篠崎もいつもはこのメンバーの中に入っているのだが、試合に向けてマネージャーでやることがあるということで今日は別だ。 まあ、それはそれで助かったかも。

 ……なんとなくだ。なんとなくだけど、最近、篠崎は俺のことを警戒している気がする。今日だってチラッと見ただけなのに目合っちゃったし。


「……どうかした、叶人?」


「あ、いやあなんでも」


 チームメイトが心配そうに話しかけてきた。そんな考え込んでしまっていたのだろうか。


「おいおい、しっかりしてくれよ。明日は叶人が活躍してくれないと始まらないんだから」


 ムードメーカー担当のミッドフィルダー、武尊がおどけるように言った。ちなみに俺はフォワードだ。


「大丈夫大丈夫。ちょっと明日のことを心配してただけだよ」


「ナーバスになることないよ。いつも通りでいいんだ、いつも通りで」


「……うん」


 俺は優しくて楽しいこいつらが好きだった。もちろん、一番は結叶だけど。でも、色んな人と関わっているとみんな違った思想や信念を持っていてそれを知るのが面白いのだ。

 ……そういえば結叶どうしてるかな。神原と上手くやってるかね。

 なんてことを考えていると、ふと話題が変わる。


「でさあ、ぶっちゃけ、誰推しよ」


「何、誰推しって。アニメの何か?」


「違う違う。学校の女子のことだよ」


「ああ、そっち」


 つまり、どの女子が気になっているか聞いたらしい。

 ……この流れ、ちょっとまずくない?


「てか、明日試合なんだけどなあ」


「いいじゃん。そんなお堅いこと言うなよ。英気を養うってやつだよ」


 反論失敗。そうだよ、こいつらクソ真面目っていうわけじゃないからいつでもリラックス状態なんだ。


「で、俺から言うとやっぱり神原夢望なんだけど……最近男ができたらしいから諦めるしかないんだよな……」


「はは、ドンマイ。先越されたな」


 神原夢望、という名前が出た時にビクリとしてしまったのはしょうがない。

 ……神原って人気だったんだなあ、なんて改めて思ってしまう。大丈夫なんだろうか結叶。


「だから俺はその姉にロックオンしたんだよ」


「え、神原ってきょうだいいたの?」


 そんな感じで神原の話が続いた。俺もそれは初耳だったけど……あんまり興味は湧かなかった。

 やはり、興味がある一点に集中しているからだろうか――?


「神原もいいけど俺は篠崎推しだな」


 またビクリとしてしまった。

 もちろん俺のセリフではない。ディフェンスの短髪でイカしている翔太だ。


「あー、たしかにわかるかも」


「篠崎って頼りになるというか、そんな感じだもんな」


「サポートとか頑張ってくれてるし」


 サラッと俺も賛同の輪に入る。これで自然に篠崎をフォローできたはずだ。

 ……それにしても、翔太が篠崎を推しているなんて意外だ。翔太はどちらかというと、そういうことに興味がない方だと思っていた。

 やっぱり人の本心なんてものはわからないもんだな。


 その後もさんざん女子の話題が盛り上がっていって、ついにみんなが別れる場所に着いた。俺は徒歩圏内組だが、電車組もなかなかに多い。


「じゃあなー」


「また明日ー!」


 そんな挨拶を交わしてから、各々自宅へと足を向ける。

 俺にはこれ以上道が同じ人はいないので、必然的に一人で帰ることになる。

 というわけだから俺は一人でじっくり考え事ができる時間を入手したわけなのだが……。


「……あれ?」


 ふと、見知った顔が目に付いた。いつもはランドセルを背負ってる、小さくて可愛い子だ。


「あ、叶人くん」


 俺のことをくん付けで呼んだのは紛れもなく結叶の妹、結梨ちゃんだ。


「結梨ちゃんじゃん。どうしたの、こんなところで」


 あたりを見回すが、結叶や親御さんの姿はなかった。

 部活帰りだから、時間は結構遅い。もうそこまで闇が迫っている時に小学生が一人で出歩いているのはおかしい。というか危ない。

 俺がそう聞くと、結梨ちゃんは唇を尖らせて「ねえねえ聞いてよ」と袖口を引っ張った。


「お兄ちゃんに買い物を頼まれたの。でも、これってお兄ちゃんが行くべきじゃない?」


 結梨ちゃんは片手に持っていたレジ袋を見せてそう答えた。

 ……はは。結叶らしいや。何がって、買い物に妹をこき使うこととかさ。

 あ、別に悪口じゃないよ? それも個性だと思う。 でも、小学生の妹を夜中外に出すのは少しいただけないなあ。

 そして目の前にいる少女を放ってはおけない。


「……じゃあ、一緒に帰ろっか」


「うん!」


 そう提案すると、結梨ちゃんは目をパアッと輝かせた。 考え事はできなくなったけど……これは神様が明日の試合に集中しろ、って警告してくれてるのかも。これは素直にいい事だと受け取ろう。



 結叶の家につくと、迷わずインターホンを押した。 ……これ押したの久しぶりだなあ。家で遊んだのは小学生くらいまでだったからなあ。 玄関の奥でもぞもぞと気配がしてまもなくドアが開かれる。


「はーい……って結梨か。ご苦労さん」


 結梨ちゃんに軽く手を振って労ってから結叶は俺の方を向いた。


「で、なんで叶人がここに?」


「その前に俺は小学生を夜に外へ出すことが疑問なんだけど」


「いやあ、ちょっとした買い物を頼んだだけだよ」


 誤魔化すようにそう言って、結叶は傍らに来た結梨ちゃんの頭を撫でた。気持ちよさそうな顔をしているところから見るに、結叶は妹の扱い方を心得てしまっているようだ。この分だと結梨ちゃんが再び使われてしまう可能性が高い。


「部活帰りに見かけたんだよ。俺が不審者だったらどうするつもりだったんだ」


「そりゃ、まあ結梨ならなんとかするかと」


 投げやりだな。たしかに結梨ちゃんは武術習ってるから心配はいらないだろうけども。妹ってそんなぞんざいに扱うものなのか?


「それで叶人、うち今親いないけど寄ってくか?」


「あ、悪いけど遠慮しとく。明日試合だから」


「そうだった。すまん」


「いやいや。部活ひと段落したら改めて遊びに行くよ」


「いやいや。部活ひと段落したら改めて篠崎にアタックしに行くんだろ?」


 オウム返しに目下の問題を出されて俺は言葉に詰まってしまう。……結叶はこういうところがあるから目が離せない。

 でも、たしかにそうだな。ひと段落したら篠崎のことハッキリさせないと。


「だね。だけどひとまずは試合に集中するよ」


「あれ、少しは何か言ってくるかと思ったんだけど……。まあ、それがいいだろ」


「というわけだから早く帰るよ」


 じゃ、と俺は今度こそ家に向けて踵を返す。

 と、「ちょっと待て」なんて言う結叶のセリフが俺を振り向かせた。


「その、まあ、なんだ。……試合頑張れよ」


「……うん」


 その言葉は、今までのどんな応援よりも心強かった。


 *


 その翌日やそのまた翌日などの試合については、話すとワンプレーワンプレーの解説のキリがないのでやめておこう。

 結果から言えば、昨日の結叶の応援のおかげか土曜日は順調に勝ちを重ねることができた。快勝に次ぐ快勝。俺も点を決めることができた。

 日曜日もそのまま勝ちまくって優勝……なんてそんな都合よくは行かなかったが、準優勝という好成績を収めることができた。

 そして試合が終わったあと、ここから夏まで試合はないからと来週一週間の暇を出された。だが、この休みが終わったらそこから夏に向けて休みはほとんどなくなるらしい。

 ということは、篠崎にアタックするならば来週いっぱいまでのあいだにしなければならない。

 なんてことを考えていたら、スマホにメールが送られてきた。

 確認してみると、差出人は結叶だ。

 そしてその文面には短くも、また俺を励まそうとすることが書いてあった。


『おめ。頑張れよ』


 昨日の頑張れよとは確実に方向性が違う頑張れよに力が抜けるのを感じた。

 本当、よくやるな結叶。お節介焼きの仕返しだろうか。たぶんそうだな。

 ともあれ、明日からは気持ちを切り替えていかねばならない。

 その意義も込めて、俺は独り言を零した。


「うし、俺だって変わってやる!」

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