>>13 俺◀︎ヒロインだけど俺▶︎ヒロインじゃなかった件

「え、それは、どういうことですか?」


 キャラメルマキアートなる飲み物をゆっくり飲んでからゆっくりテーブルに置いて、たっぷり時間をかけた後に神原が聞いてくる。

 ……受け止めてくれるって言ったんだ、これはしっかり話した方がいいだろう。


「言葉の通りだよ。俺は、たぶん今神原のことを友達という認識で見てるってことだ」


 自分で言って、さらに確信を得た。

 ということは、他ならぬ気の許しあえる友達という立ち位置に立った、ということだ。

 そう、例えば今日一日、神原のことを直視できるようになっていたことも説明がつく。

 恋人という認識ならば、むしろ意識してしまって顔どころか体すら見ることはできなかっただろう。

 例えば今日一日の俺の言動。

 俺があんなにも馴れ馴れしく、荒々しくすることができたのは、俺が神原のことを気の許せるやつだと認識したことに他ならない。

 恋人という認識ならば、もっと優しく気の使った言動になっていたことだろう。

 つまり、だ。


 俺は、神原を恋人と認識していない。


 結論はここらへんに終着するだろう。昨日のあれが、実はかなり効いてしまっていたのだと思う。

 本当の自分をさらけ出した合ったことで、俺は神原のことを恋人からランクアップかランクダウンかは知らんが、気の置けない友達へとチェンジさせていた。

 きっと神原にとってはランクダウンなのだろうが、いかんせん友達が一人しかいなかった俺にはランクアップのようにも思える。

 だから俺は若干のフォローを加えることにした。


「だが、心配はしなくていいと思う。友達からでも恋人にはなれる」


「そういうことじゃないです!」


 少しヒステリックな感じで神原が大声を出した。

 幸い、このカフェ内には人が少なく、注目を集めたのは数秒のことだった。

 ……それにしても、取り乱すなんて珍しい。というからしくない、か。


「じゃ、じゃあ、結叶くんは今まで私のことをただの友達だと思って接してきたってことですか……?」


「そういうことじゃない」


 俺は先ほどの神原と同じセリフで否定した。


「そりゃあ、告白までされたんだから、思ってたさ。昨日までは。神原がまず気づいたんじゃないか。俺がお前のことを見れるようになってるってことに」


「え、じゃあ今日よく目が合ったのって……」


「そうだ。友達という認識だから、お前の顔を見ることができてる」


 俺が他人の顔を見られる条件。

 それは、十分に理解し合った仲間ということ。そして俺自身が気を許しても大丈夫だと判断することだ。


「で、でも、それじゃあ私は結叶くんの恋人にはなれないんですか?」


 神原が、潤んだ、狼狽えた目でこちらを窺ってくる。だが、今日の俺は、そんなイチコロな仕草も正面から向かい合って目を合わせることができた。


「だから、それこそさっき言っただろ。友達から恋人に上がるなんてしょっちゅうあることだって」


 たしかに俺は、神原のことを友達と認識している。

 だが、そんなことはよくある。現に物語の中では幼馴染と結ばれていることもあるし、ましてや妹エンドなんて代物もあると聞く。

 というわけだから、友達から恋人になるということはそう難しくはない気がしたのだ。


「そう、でしょうか」


「そうそう、俺の好感度なんてすぐに上がるって。きっと、すぐ攻略できるさ」


 言ってて少しへこんだ。なんだ、俺は選択肢選んでたら勝手に好感度が上がってしまうギャルゲーくらいちょろいのか?


「そ、そうですね。そうです。そうなんです!」


 そして、この『そう』三連拍子を聞いた時、俺はどこかでカチリ、と何かのスイッチが押されたような気がした。何かが切り替わる、そんな瞬間だ。

 ……少なくともそれは俺にとって悪い予感である。


 *


 その後、昼を済ませてしまって、一息ついたところで神原がこう切り出した。


「映画を見に行きましょう!」


「……へ?」


 映画、だと……。それはリア充が湧く俺のような非リア不可侵領域だぞ……!

 くっ、俺はそんな地獄に連れていかれるというのか……ッ!

 絶対、行かないからな、絶対に絶対の絶対が絶対、そんな地獄みたいなところには行かないからなあっ!




「着きましたー♪」


 ……というわけで映画館到着である。

 いや、別にフラグ回収じゃないし、なすがままについてきたわけではないぞ。これには激闘に次ぐ激闘があってだな……。

 とか言い訳してるあいだに神原は俺の腕を引っ張ってあっという間に席の予約をしてしまう。

 まあ、映画館は神原がいるおかげもあってか、あまりアウェー感は感じなかった。とはいえ、リア充どもは人目につく。はよ爆発しやがれ。

 ちなみに、俺は映画館に来るのは小学生ぶりである。あの時は邪な思いなんて抱かずにただ純粋だったなあ……。


「ポップコーンを買いましょう」


「ああ、うん」


 この映画館は穴場なのか、ポップコーンがクソ大きくて多いくせに500円という破格だった。

 とてもではないが一人では食べられないということで俺はもちろん神原と一緒に割り勘をして買った。

 ……高校生のお財布事情だ、察してくれ。


 それにしても、祝日ということもあってか、人がやけに多い気がする。男女で来ているリア充野郎ども(リア充ではないので俺たちは除外)の他に、男ばかりのグループや、逆に女ばかりのグループが見て取れた。

 ……あーキモいキモい。なんで群れるかねえ。同性とばっかいるお前らにはゲイとかホモとかの称号をやるよ。

 だから俺は一人がいいんだよ。今日は二人だけども。

 別に、いいなとか、そんなことは微塵も思ってないからな!

 そんな憎しみと嫌悪の眼差しで観察してたら人混みに酔ってきた……。

 俺は事前に買っていた飲み物で喉を潤した。


「はぁ、暑いですね……」


 まだ五月が始まったばかりだとはいえ、人の熱気はすごいものだ。だから神原のこの意見には100パーセント賛成だった。

 と思っていたら、神原が唐突に着ていたセーターを脱ぎ始めた。

 ……すんごい色っぽいんですけど。まさか狙ってやってるとかじゃないよな?

 そして脱いだセーターを綺麗に折りたたんでバッグにしまうと、シャツの首襟を掴んで空気を循環させ始めた。

 ……暑さで汗ばんだ肌とそれで張り付いた服がその完璧な体のラインを強調し、周囲に艶やかな色香を漂わせる……って、何かの評論家かよ俺は。

 それにしても神原……あの重みは伊達じゃなかったんだな。日々そんなものを背負って、いや抱えて生きているなんて賞賛に値するぞ。制服の重々しい感じがなくなって軽い服になったからか、いつもより大きく感じる。

 ……そういうことではなくて。


「か、神原……?」


「はい?」


「もう少し自重しろ」


 もう、周囲にいる男性陣釘付けだった。彼女を連れている男も神原を見てしまっていた。……あれは今日にでも別れるな。俺の爆発しろは達成されるみたいだ。

 はわわっ、とその視線たちに気づいた神原はすぐに空気を取り込むのをやめ、小さくなって俺の後ろに隠れるように移動した。

 直後に俺を刺すような視線が殺到したが、それは知ったことではない。

 そう、あくまで俺は友人として神原にアドバイスしてやっただけなのだから。

 だから、決して背中に触れるふにゅんとした感触にうつつを抜かしていたわけではない。……わけではない!


「……もう少し自分のことを知れよ。女子の中では美人に属するんだから」


「……はいぃ……」


 神原が赤くなってさらに俺に密着してくれたおかげで刺すような視線に殺気が込められたのは言うまでもない。

 でも、俺は心外以外の何でもないやつらへ声を大にして言いたいのだ。


 ――ただの友達だから!


 *


 しばらく列に並んでやっとシアターに入ることができた。


「やっと、入れた……」


「並びましたね……」


 俺は謎の達成感を得て指定の席の柔らかいシートに身を沈めた。映画館のその柔らかいシートが疲れを癒してくれる。

 映画前のよくある他の映画のプロモーションだとかCMを見ていて、そういえば一気に神原がやってしまったから何の映画を見るか知らないな、と今さらになって気づく。


「そういえば何見んの?」


「ふふ、今話題の『グレープフルーツ』ですよ」


 な、なにぃ!?

『グレープフルーツ』っつったら今日ニュースでも特集してたあの大人気恋愛映画だぞ!

 なんで俺がそんなものを見るハメに……。アニメならいいけど実写の恋愛ものは嫌なんだよ! なんか、こう、現実を突きつけられるというか!

 だが、映画は時間厳守で否が応でも始まってしまう。

 場内がさらに暗くなって、静寂の時が訪れる。


「あ、始まりますよ」


「あ、ああ」


 ここから今からでも立ち去りたいという気持ちを押さえつけて、俺はポップコーンを口に運ぶ。このポップコーンは味が二つに別れてるタイプだ。俺は塩味がいいといったのだが、神原はキャラメルと譲らないので仕方なくこうなった。さっきのキャラメルマキアート何某といい、神原はキャラメルが大好きな傾向にあるらしい。味覚面でも俺と神原は正反対らしい。

 という現実逃避をしていると、ついに映画が始まってしまった。

 今日たまたま見たニュースを参考にすると、この題名、『グレープフルーツ』のように甘酸っぱい恋愛ものらしいが、俺はグレープフルーツは苦酸っぱいものだと思っている。甘酸っぱいという果物はわかりやすいのが色々とあるというのになんでグレープフルーツなんだよ。

 ……と、思っていると予想外なことに導入で主人公(女)と相方、そしてもう一人が死ぬというトンデモ展開だった。


『これは、私たちが辿ってきた、切なくも幸せな、グレープフルーツのように甘酸っぱい恋の物語――』


 いやいやいや。そこから過去に遡っていくらアツアツな恋愛劇をしたところで結果わかっちゃってるじゃん。あとグレープフルーツは……(以下略)

 ……とまあ、こんな意見を抱いたのは俺しかいないに違いない。みんながみんな俺のような捉え方をしたらこの映画は決して有名になることはない。

 なんだかシケたので(実写の時点ですでにだが)俺はポップコーンと飲み物をフル活用して時間をつぶすとしよう。


 そして塩味ゾーンのポップコーンがほとんどなくなった頃。

 物語は終盤へ向かっていた。

 主人公(女)が男性二人と関係を持ったあと、最後にはどちらか一人を選ぶ……というシーンだ。甘いや酸っぱいどころかドロドロしたのを見せつけられて辟易していたのだが、もうそろそろ終わる。最後はみんな死亡エンドなんだけど。


『俺が愛せるのはお前しかいないんだ!』


『私だって、あなたなしには生きられないわ!』


『そんな、僕のことを捨てるのかい?』


 はいはい。ちょっと吐き気するからそこらへんにしといてエンディング入ってくれ。

 そんなひねくれた俺の思考を紛らわすため、ポップコーンの容器に手を伸ばしたところで塩味がもうなくなっていることに気づいた。

 やれやれ、飲み物ももうそろそろ尽きそうだし、俺はストレスしか溜まらんのだが。

 ポップコーンに伸ばした手を引っ込めようとすると、誰かの手に当たった。いや、隣は神原しかいないか。


「すまん」


 そう軽く謝罪をして手を改めて引っ込めようとすると。

 不意に神原が手を掴んできた。

 いや、それどころか指と指のあいだに神原の指を絡ませてきて、いわゆる恋人繋ぎと呼ばれる手の繋ぎ方をしてきた。

 まさかの不意打ちにドキリ、というよりかはビクッとして体を震わせたが、どうやら間違えでも何でもないらしい。神原はスクリーンを凝視しつつ頬をほんのり赤らめていた。

 うーん、ドロドロすぎてついに耐えきれなくなったのか……?

 まあ俺ももうそろそろ限界だったところだ、この気の逸らしはちょうどよかった。

 俺は神原と繋がれたその柔らかい手をふにゅふにゅしながら映画を最後まで見た。……なんというか、後味悪い映画だった。


 *


「本当、エッチですよね」


「何が? ああ、映画のこと?」


 映画が終わり、次はどこへ行こうかと道をぶらぶらしている途中でのセリフだった。

 ドロドロの恋愛映画ならではのあのシーンとかあったからそれを言っているのだろうか。後で知ったことだけどR15だった。


「違います。結叶くんのことです」


「え、俺?」


 思わず自分を指さしてしまう。

 あれ、俺今まで神原にセクハラ紛いのことはしたことないし(逆はある)あの映画の中でも鼻の下伸ばしたりもしてなかった気がするんだけど。


「そうです。あんな、いきなり手を繋いできたと思ったら揉み始めたじゃないですか……!」


「え、あれ? そっちから繋いできたんじゃん」


 そして揉み始めたといういやらしい言い方はするな。あれは感触が気持ちいい時に無意識にやってしまうことだ。ふっかふかのクッションをずっともふもふしてしまうようなあれだ。


「しかも、それを真顔でやるなんて……結叶くんはなんていやらしいんでしょう……」


「本当に変態らしく言うのやめて。あれは不可抗力だから」


 しかもにならやっても全然いいラインだろうに。

 何を意識してるんだこいつは。


「並んでる時のあれも効果なさそうでしたし……ほ、本当に私のことを友達なのだと思ってるんですね……」


 並んでる時のあれ、狙ってたのかよ。

 神原は俯いてプルプル震えたかと思うと、ビシィ! と俺を指さした。


「いいでしょう、それなら今日のうちに結叶くんを私にメロメロにさせてあげますよっ!」


 えっと。

 また、スイッチ入れちゃった?

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