>>6 別に誰でもよかった説

 ……言うまでもないことだが、俺はロリコンとかそういう類には属さない。二次元でもそうなのだが、なんとなく年下をそういう対象として見ることができないのだ。だから妹キャラとか後輩キャラは可愛いな、と思うだけだったりする。推しキャラは毎回主人公と同学年か先輩の方だ。

 と、なぜ俺がいきなりこういう言い訳じみたことを言い始めたかと言うと。

 この状況を俺が変態だという先入観で見させないためである。

 俺の右手は目の前にいるちっこい幼女の瑞々しい髪の毛をファサファサと撫でてやっていた。

 ……おいちょっと待て! 言い方が悪かったから『嘘つくなロリコン』とか言わないで!

 さすがにコミュ障で根暗な俺に初対面の幼女をナデナデするなんて高等技術はないから!

 なんて自分で自爆しているとその幼女が助け舟を出してくれた。


「お兄ちゃん、どうしたの?」


「い、いや、何でもないよ」


 そう。

 俺はお兄ちゃんだ。

 ……はいそこ。俺が幼女にお兄ちゃん呼ばわりさせる変態だと思わない。

 そうではなく、ただ単に、事実的にというか俺はお兄ちゃんなのだ。

 つまりこの幼女は妹。俺と血の繋がっている年の離れたきょうだいだ。今年でたしか小学二年生だったか。

 あ、さっきも言ったけど別にロリコンとかましてやシスコンなんていっぺん生き返ってもないから心配するな。

 俺が昨日篠崎に送った『明日は一日妹以外全員家出るから』というのはこういうことだ。ちなみに両親たちは勤勉なことに仕事だ。休日は一人趣味の時間を満喫するか妹と戯れる(付き合わされる)のだが、今日はそうはいかない。


「あのさ、結梨ゆうり。今日お兄ちゃんは友達と大事なお話があるから今日は部屋で遊んでろよ。な?」


 朝食を食べ終わり、俺は結梨の頭を撫でながらこういうのだった。


「あれ、お兄ちゃん今日は『かのじょ』を呼ぶの?」


 ……まさかの反応に俺はあやうく頭にやった手に力を入れてしまいそうになった。


「お兄ちゃん、痛いよ!」


 入れてしまっていた。


「な、なんでいきなりそうなったんだ」


 動揺を隠せないまま、俺が我が妹に問うと、


「だって前見たんだよ。お兄ちゃんが女の人と一緒にいるの。しかも家に女の人を呼ぶのは『かれしかのじょ』の関係だって先生が言ってた」


 どういう先生だよそれ! 三十路の独身小学生教師(決めつけ)は小学生の生徒にそんなことを吹き込んでしまうほどに追い込まれているのか!? 現に結梨は彼氏や彼女のことをなんかの単語として扱ってるから助かってるものの、意味わかる人が聞いたら引かれるぞ!

 いや、それはともかく。


「それ、いつ見たんだ……?」


 俺が女子と一緒にいたのは昨日おとといくらいなもんだからなんとなく想像はつくけど。


「帰ってる途中にね。お兄ちゃんが見えて、早いねって声かけようとしたら隣にお姉さんがいたの」


 あの時か……。時間をつぶさずにまっすぐ家に帰ったから時間が被ったんだな。これからはもう少し時間をつぶしてから帰ることにしよう。

 ……話が脱線したな。ここはしっかり戻そう。誤解を生まないように。


「今日来るのはただの友達だから。彼女とかそういうんじゃないから」


「そうなの。じゃあ来るのは叶人くん?」


 結梨は叶人との面識がある。まあこれは妹だし勝手に兄の友達を覚えるのは当然だろ。そもそも一人しかいないから覚えやすいだろうし。


「違うよ。別の人。だからさ、結梨は部屋で絵本でも読んでて――」


「あ、そうだお兄ちゃん。今日結梨はお友達と遊ぶ約束してるの。昼には一回帰るけど夕方まで遊ぶからね」


「え、そうなの」


「うん。今日はかなちゃんとすばるくんとこゆきちゃんと遊ぶの」


「へ、へえ」


「じゃあ行ってくるね。お留守番よろしく!」


 時刻は九時を回ろうとしていたので引き止める間もなく手荷物を持つや結梨はタタタと駆け出していった。


「あ、ちょっと待って!」


 なんとなーく、なんとなくだ、なんとなく、裏切られた気がして思わず結梨を追いかけて玄関まで出て呼びかけた。

 まあ、結梨は気付かず走っていってしまったのだが。

 ……む。俺の妹は俺とは違ってしっかりと人間関係を構築しているようだ。

 やれやれ、と俺がとっさに履いたサンダルを鳴らしつつ家に引き返そうとすると。


「……あ」


「ちょっと。ベル押したのに反応なしってどうなのかしら」


 門の前には篠崎がいた。

 どうやら早く終わらせようと午前中を選んだらしい。

 ……タイミングの悪いやつだ。



「すまん、リビングにはいなかったもんだから聞こえなかったんだ」


 とりあえず家にあげてから飲み物を出して(結梨が遊びに行ったので心置きなくリビングだ)、俺は言い訳をしていた。妹が遊びに行くのが寂しくて引き止めようとしたなんて口が裂けても言えん。


「まあ、いいんだけどさ」


 俺が出したグラスに口を付けつつ一応は納得したふうだった。

 ところで、なぜ俺と接点がなかった篠崎が俺の家を知ってるのかは、叶人に聞いたと考えることで納得しておく。

 ……で、俺はというと柄にもなく緊張してしまっていた。

 今の状況を冷静に見てしまったのだ。自分以外誰もいない家に、女子を呼ぶ……。結梨がいたらおそらく思わなかったであろうことが、俺の心を悩ませていた。

 そんな心を落ち着けるべく、俺も篠崎の向かいに座りグラスに口を付けた。


「でね、今日私がここに来たのは他でもない、大事な話をするためよ」


「奇遇だな。俺も篠崎とは話がしたかった」


 目線は相変わらずあさってを向きつつ、俺もしっかり反応する。

 真剣な話が始まる。……と思っていたらちょっと待って、と篠崎が掌をこちらに向けた。


「……の、前に。倉永くん、さっきこの家から飛び出してきた幼女は誰なのかしら。それを深刻な表情で引き止めようとしてたあたり、まさかとは思うけど、あなた、犯罪行為に手を染めてないでしょうね」


「んなわけあるか! あれは俺の妹だよ! だからお前ケイタイ片手に何か打ち込むな!」


 あ、そういえば昨日のメールでそんなこと言ってたわね、と篠崎はポケットにスマホをしまった。

 ……あぶねえ。あやうく犯罪者になるとこだった。

 その後も何回か弁明をして勘違いが完全に取り払われたと思ったところで俺は話を戻す。


「で、話ってなんだ」


「私のは話というか忠告だから何か聞きたいならそっちからでいいわよ」


「あ、そう」


 忠告、という不穏なワードに辟易するも、俺は言葉に甘えて質問をすることにした。


「じゃあ一番聞きたいことを。……なんで、俺は神原に告白されたんだ?」


 俺だって告白されてラッキー、で済ますほど落ちぶれちゃいない。高二病を舐めるな。ここ一週間、俺がどれだけ裏の裏の裏を考えてきたと思ってるんだ。

 とにもかくにも、考えれば考えるほど、俺が告白されるのはありえないという結論に至っているのだ。

 これは、何か裏があるに違いない。そう思ってしまうほどには俺はひねくれてしまっていた。いや、結構マジでドッキリでしたー(笑)みたいなことがあるんじゃないかって未だに思ってるからな。


「……ふーん。すごいね、倉永くんは。あんな可愛い彼女ができて浮かれないなんて。普通だったらもう思考を放棄して今幸せならいいじゃないかっていうふうになるのに」


 顔が見れないのはさておいて、この篠崎の言葉には何か感心するニュアンスと、もしかしたらと何か期待するニュアンスが半々くらいに感じられた。


「いいわ。教えてあげましょう。実は夢望、中学の時も付き合っていたのよ。こっちの場合は告白されて、だったけど。でも勘違いしないでほしいのは、あの子が尻軽だとかそういうのとは全然違うってこと。あの子は告白された時にその必死さに心を打たれてオーケーしたのよ」


 いきなりの事実を突きつけられて、だろうな、という納得と、少し、ほんの少しだけ失望の念が脳裏をチラついた。

 だがそれは先を越されたという嫉妬とか、そういうのではなく、今の篠崎の言い方がなんとなく引っかかったのだ。

 ……その言い方だと振ってしまったら可哀想だから仕方なく、というふうに聞こえるのだが。


「でも実際のところ、夢望はよくわからない性格なのよね。今あなたと付き合ってることからわかる通り、もうその相手とは別れたのだけれど、その理由はまず最初に『なんか違う』って夢望が言ったのが始まりよ。そこからはスピード別れだったわ。幸い卒業を近くに控えていたし高校も違うところだったから気まずいことにはならなかったんだけど」


 篠崎がグラスを掴んで口を湿らせた。


「しかも、その時の夢望たちの関係、今にして思えばただの友達関係な気がしたわ。倉永くんといるときみたくベタベタしないし、気の置けない、というより気しか置けない関係だったわ」


 篠崎によると、親しげに話はするものの、どこか仮面を被っているような、そんなふうだったという。


「だから、倉永くん、夢望からあなたのことを聞いて私はびっくりしちゃったわ。あの子、普通は自分から行かない方なのよ。で、どんな人なんだろうと思ってたら、唐突に夢望が『振られたかもしれない〜』って半泣きで来て、私はてっきりあなたが同性愛者かと思ってしまったわ」


「おい失礼だな」


 なんてツッコミながらも、あの時のやってしまった感がぶり返してきてそれを紛らわすために飲み物を口に含んだ。


「で、次の日には何食わぬ顔でいたから軽く殺意まで感じてしまったわね」


 うわ、怖。俺が次の日告白してきたのは誰か探している時にそんなことを思われていたとは。


「結局、倉永くんの特殊性というか、顔が直視できないってことを聞いたから一応は納得したんだけど、まあ、あなたがどう思ってるのか聞かずにはいられなかったわね」


 それで朝に俺に話しかけてきて、神原と俺を二人きりにする作戦を決行した――というのが、神原と篠崎の俺が告白されてからの一部始終らしい。


「……うん、神原の過去はそれとなくわかったけど、肝心の質問には全く答えてないぞ。もう一度聞く、俺はなんで告白されたんだ?」


 篠崎が一人で話を突っ走らせたことで脱線してしまっていた。

 とにかく、一番聞きたいのは、なぜ俺のようなひねくれ野郎に青春が来てしまったのか、ということだ。いい男なんてクラス見渡せば他にいるだろうから、それだけが疑問だった。


「そりゃあ、あなたに気を惹かれたんでしょうよ。私は心なんて読めないからわからないわ。でも、なんとなく思うのは……あなたのその孤高オーラかしらね」


「孤高オーラ?」


「上手く言い表せないけど、なんかこう、一人でやっていけてますよ感が」


「……いいよぼっち臭がしたってことで」


 無理やり褒められるほど心苦しいものはない。俺は自分の現状を認めた。


「……。とにかく、倉永くんのそういうところに夢望は惹かれたんだと思うわ」


 地雷を踏んでしまった、みたいな苦い声音で篠崎が言った。やめてくれ、こういうのはナチュラルに流してくれ。そうされると逆に傷つくわ。

 でも、それはつまり俺に付いているぼっち臭――は語呂が悪いから孤高オーラにしておこう。とにかくそれが引っ付いてることによって神原が俺に惹かれたって言うことか。まるでマタタビに猫が引き寄せられるように。

 でも、となると……。


「それ、ぼっちしゅ――、孤高オーラが出てたら誰でもいいってことじゃないか?」


「うん、その通りだと思うよ。たぶん、高校が始まってから間もない四月中に告白されたのは、そんな序盤から孤高オーラを放出してるのが目立って夢望の目に入っちゃったからだと思うの。私が今日来たのはここらへんに関係してくるんだけど」


 と、篠崎の声音が真剣になったことに気がついて俺は耳を澄ませる。


「いい? 倉永くんの疑り深さなら大丈夫だとは思うけど、決して浮かれないこと。これだけは絶対よ。あと、夢望みたいな可愛い子を絶対手離したくないからって下手に出ていくのもダメ」


「あ、ああ……?」


 ずいぶん細かかったので俺は頷きつつ疑問符を浮かべてしまう。てっきり、見た目ギャルな篠崎のことだから夢望を悲しませたら承知しないから、みたいな友情ゆえの脅迫まがいのことをしてくるとおもっていたのだ。


「……なんつーか、我が子を心配する母親みたいだな」


 思わず思ったことを口に出してしまうと、見ないでもわかる、あからさまなムッとした空気が俺を襲った。


「いい? 私は真剣に言ってるのよ。だから真剣に聞きなさい。夢望は別にあなたじゃなくても良かったのかもしれないの。でも、私は夢望が変な人とくっつくより、あなたの方がいくぶんかマシかと思ったの」


 いくぶんって。褒めてんのか褒めてないのかはっきりしなさい。


「だから、あなたたちにはできるだけ別れてもらいたくないってわけ。ともかく、今言ったことだけは最低限守りなさいよ。さもないと……」


 視界の端から、親指が立てられた手が、首を横切って真下へ降下するのが見えた。つまり、神原との関係がジ・エンドと言いたいのだろう。


「私があなたを処すわ」


「そっちかよ!」


 比喩ではなくまんまの意味だったらしい。神原と別れるようなことがあったら俺は確実に殺られるらしいな。ああ恐ろしや。


「ま、とにかく大丈夫だとは思うんだけど念の為に忠告しにきたってわけよ。とにかく別れないようにしてね」


 グラスに残った飲み物を全て一息に呷って篠崎は席を立った。どうやら話とはこれで全部らしい。


「あ、思ったより時間がかかっちゃったわね」


 その声とほぼ同時に俺の腹は空腹信号を出していた。いつの間にか昼になっていた。

 と、その時。

 ブルブルと俺のスマホが振動した。電話らしいので取り出してみるとそれは神原からだった。本当、噂をすればなんとやらだな。


「神原からだ」


 そう篠崎に一言断ってから電話に出る。


『もしもし?』

「なんだ、なんか用か?」

『なんとなく、声が聞きたくて。熱もだいぶおさまりましたし』

「そっか、よかったな」

『はい。昨日は本当にごめんなさい。改めて謝ります』

「いや、いいよ」


 なんか俺の文脈が素っ気ないのは俺のもともとの会話スキルの低さが原因だ。


『ところで、明日なんですが――』

「ただいまー!」


 奇跡的に神原との通話を遮る形で結梨の声がした。

 そうだ、もう昼だ。結梨は一回帰ってくるって言ってたっけ。


『……誰ですか?』

「あ、妹だよ」

『へえ、妹さんがいたんですね』

「そうなんだよ、まだ小二でさ――」


 という会話の最中にガチャリ、とリビングに結梨が入ってくる。

 結果から言えば、今回の戦犯はこいつだ。


「あ、やっぱり女の子連れてきてるんじゃん」


 あどけない口調で、それでいて天罰のように無慈悲に結梨が告げたのだ。


「あ、ちょ」


 篠崎が慌てて声をあげてしまったのもまずかった。


『……女の子を連れてきてる? 今の声は愛華?』


 声からでも戦慄を感じずにはいられなかった。それほどまでに先ほどとは打って変わって感情のない声になっていた。


「おい、違うんだよ神原、これはだな……」


『……まさか、結叶さんが浮気をする人だとは思いませんでしたよっ!』


 そんな甲高い声が聞こえて、通話は突然切れた。


「…………」


「ご、ごめん倉永くん。私のせいで……」


「あれ? これ『うわき』っていうやつ?」


 結梨にはあとでたっぷりとお仕置きと正しい教育をすることを決意して、篠崎にはこう言った。


「大丈夫だ。ここは俺がなんとかするから」


 つい最近まで交友関係がとてつもなく少なかった俺が浮気を疑われた瞬間だった。……たぶん、世界のどこを探しても俺のような境遇の人は見つけられないだろう。

 ……篠崎に別れるなと言われたそばからいきなり大きい壁だぞ?

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