>>2 この中に一人、本命がいる!

「……そりゃあひでぇな」


 その日の帰り道。

 珍しく部活が休みだった叶人が俺を探していたようで屋上から下がった時に廊下でたまたま合流した。相変わらず俺に対しての面倒見がいい。久しぶりのマルチ下校は嬉しい反面、少し寂しくもあった。一人の方が気楽なことだってあるのだ。

 ともあれ、今さっきあったことを叶人にしゃべらない手はないので屋上呼び出しからの『――あんた、誰だっけ?』までの顛末をしっかり語ったあとの開口一番がこれだった。


「えっと、色々と心当たりがあるけどどの辺が?」


「だって結叶、告白されたんだよな?」


「うん、たぶん」


「それで直後に誰だっけってかますのはさすがにひどすぎるだろ」


「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 叶人に言い聞かせて冷静に自分の行動を振り返ってみると、なるほど、俺はものすごくひどいことをしていたなということがわかる。そしてそれを実感した俺は頭を抱えて叫ばずにはいられなかった。

 俺は一生に一度あるかもわからないチャンスを一言で棒に振ってしまったのだ。


「ま、まあまあ落ち着け」


 叶人に背中をさすられると不思議と気持ちは落ち着いた。そして俺は今日叶人と帰れてよかったと思えた。きっと俺一人だったら後悔が押し寄せて家で発狂でもしていただろう。


「で、誰だっけって聞いた相手はその後?」


「……すぐに駆け出してどこかへ」


 正確には『え、え?』と少し戸惑いを見せ、後ずさり、やがて俺の言ったことが理解できるとそのまま駆け出した。


「あちゃー。ショックだったんだな。じゃあ、その女子の顔は覚えてる?」


「いや、見てない。叶人は知ってるだろ俺の」


「そうだった……」


 叶人が頭に手を当てる様を見て申し訳なくなった俺は小さくなった。


「告白するくらいなんだからその女子の結叶に対する好感度は今もまだ高いと思ったんだ。それならもう一度話をすればいいと思ったんだけどな……」


 もう一度話をする、そのためにはその人物と会わなきゃいけないわけで会うためには顔がわかってなきゃ話にならない――


「……待てよ。逆に顔以外ならかなり見えてたぞ」


「そうなのか!? 特徴は?」


 ふんす、と鼻息を荒らげて俺に詰め寄ってくる叶人。自分のことのような必死さ。それだけ俺のことを応援してくれているということだろうか。もしそうだったら俺は号泣できる。

 この期待に応えようと俺は屋上で見た少女のことを思い出す。


「えっと……学年は同じ。身長は俺より頭一つ下くらいで、何よりの特徴がその長い艶のある黒髪だった」


「ふむふむ……。それなら何人か心当たりがある気がするぞ」


「マジか」


 さすがリア充。人脈というか人に対する知識が多い。


「ああ。じゃあ明日は今日告白してきた誰かさんを探すとしようぜ」


 *


 ――というわけで。

 今日は告白してきたのがいったい誰なのかを突き止めたいのだが、


 ――やっぱり無理!

 ある程度離れていれば顔を見られるけど少しでも近いと変な方向を向いてしまう。だから横を通りすがる女子とかの顔なんて見られるわけがない。

 ひとまず遠目に見えるあの女子グループはショートカットなので可能性はないだろう。

 一人で人をチラチラ見るのは気持ち悪い気がしたから、手もとではスマホを開いている。大部分の理由は見かけを装うことだが、今日に限っては色々と使うことがある。

 ブブブッ、と俺のスマホが通知を告げた。


『この女子は?』


 そんなメッセージと一緒に叶人と女子のツーショットが送られてきた。くっ、あっさり女子とツーショットなんて、これがリア充パワーか!

 というかこの叶人と一緒に写っている女子、顔が赤くなってるぞ。


『勘違いされないように気をつけろよ』


 なんというかもうリア充オーラ全開でグイグイ行っていて心配になったので忠告をしておく。


『ん、何が?』


 俺は心の中で顔をおおった。スマホ見て顔おおってるのは気持ちが悪いからあくまで心の中でだけだ。

 こいつは基本的に誰にでもよくする性格なのでたとえ根暗キャラだろうとなんだろうとズカズカ入り込んでいくのだ。現に幼稚園というとても小さい頃からの馴染みの根暗キャラである俺がそうだと実感している。

 だからあんまり他人のことを考えないというか、自分を受け入れさせるような手口なので勘違いしちゃった女子が逆上して叶人に危害が加わるのではないかと俺は心配だ。将来勘違いしちゃったストーカー野郎に悩まされそう。

 ま、リア充に属してる時点で世の渡り方は心得てると思うしそこは上手くやるんだろうけど。

 そう自分を納得させて俺は本題の方の回答に移った。


『たぶん違う』


 そう、これは叶人の彼女候補を選んでいるわけではない。あくまで昨日俺に告白した女子を突き止めるためにやっていることなのだ。

 そして叶人と一緒に写っている女子は叶人と身長が同じくらいだった。叶人は俺よりわずかに低いだけだから昨日の人物の身長とは一致しない。


『そっかー、空振りか。他の心当たりもあたるからそっちも頑張れよ』


『うん、こっちはこっちでやっとく』


 俺はそうやって会話を終わらせた。

 そりゃそう上手くは行かないわな。なにしろ顔がわからないわけだし。これが一番の問題点だ。

 それ以外なら情報は富んでいるんだがな。身長とか髪とか。

 とにかく今日一日はその特徴に合った人物を探すことにしよう。聞き込みならぬ……ごめん、思いつかなかった。


 クラスメイトをじっくり観察できる時間と言えば、やはり昼休みをおいて他にないだろう。放課後はみんな散り散りにどこかへ行ってしまうわけだし。

 だから俺はいつも通り屋上で叶人と昼を済ませたあと、教室へ舞い戻って来ていた。

 ……で、戻ってきてわかったことなのだが昼休みに教室にいるのは数少ないお弁当勢のみだということだ。そりゃあそうか、ここは学食で食うやつが多いらしいし。叶人が言ってた気がする。とりあえず弁当勢なのに昼休みは教室にいることがない俺はこのことを知らなかった。

 まあいい。数少ないとは言うが、数人の女子は見つけることができた。朝のショート軍団とはまた別のだ。

 まずは廊下側の俺とは正反対の方にいる長い髪という共通点を持った女子。いや、あれは違うな。遠くにいるから見れるけどメガネをしている。そして漂う無口臭。絶対あの人は言葉をしゃべらなそうだ。顔みてないくせになぜメガネで断じれるのかはただの俺の偏見というか願望だ。あいにくと俺はメガネっ子より普通な方が好きなんだ!

 可能性を一つ潰したところで次。

 教室の中心あたりで談笑している二人組。こちらはポニーテールといまどき珍しいツインテールの女子だ。どちらも髪をほどいたら長いだろうから第一の条件には合致するも、ポニテの方は漆黒ではなく少し茶がかっている髪だし、ツインテの方はあからさまに身長が小さい。そして胸も小さい。あ、これは余計か。でもたしか大きさは中だった気がする。

 よし、これも除外だな。

 あと残っているのは……俺の前にいる昨日話しかけてきた女子含めた二人と後ろの五人程度の男子含む集団だ。


「そういえば髪切ったんだねー」


「そうなの、ちょっとイメチェン、みたいな?」


 こんな会話をしている前の二人も除外する。昨日話しかけてきた女子は論外にも程があるほど髪を染めているし、もう一方は身長と体型、髪の色まではバッチリなものの、惜しくもショートボブだったのだ。ああ、本当に惜しい。ちなみに前の席だから顔は見れていない。

 俺は机に腕を枕に突っ伏して寝るようなフリをしつつ、脇の隙間から後ろの様子を垣間見た。


「きょう遊び行かないー?」


「お、いいね、カラオケとか?」


「やっぱ遊ぶといったらそれっしょ」


「うっわー、残念だけど俺今日部活あるわ。ごめん、でも終わったら行くから」


「りょーかい、じゃあ今日はカラオケってことでおけ?」


「いえす」


 ……普通に高校生活を満喫しやがって。俺もそんな会話してみたい!

 って、違う違う。本題がズレてる。

 えっと、この五人組は男子が三人、女子が二人という構成だ。つまり俺が見るべきは二人。でもあっ、違うな。髪留めを付けてるし髪はそれなりに長くはあるけど昨日見た女子ほどではない。


 というわけで今回の成果を発表しよう。

 ――収穫なし。


 *


 昼が終わるともう時間が経つのは早い。

 あっという間に放課後だ。その間にもチラチラとクラスメイトを確認していったが条件に合うやつはいなかった。

 その間、叶人から何人かの候補も送られてきたけど残念ながらどれも違った。


「起立、気をつけ、礼」


 帰りのホームルームで挨拶が終わると俺は図書室へ向かった。

 俺はこれといって部活に所属はしていない。かといって帰宅部気分で家に直帰してもこれといってやることがない。だから図書室に行くこれはちょっとした暇つぶしで、今となっては習慣づいている。昨日は呼び出されたので例外だ。

 図書室の教室よりはふわふわした席に腰掛けると、図書室の本へは脇目も振らず、自分のライトノベルを取り出して読むことにした。家で読めよ、と言われそうだがここの方がなにかと都合がいいのだ。

 なぜならエアコン完備なここは本を読むのに最適だし誰に覗かれるでもなくパーソナルスペースを確保できる。これが家だとできない。節約、という名目でエアコンとかは夏真っ盛りまで使わないし、読んでいる時に母さんにチラッと見られかねない。別にやましいということではないのだがなんとなく見られたくないのだ。そして万が一にもアレなシーンの描写イラストを見られたら終わる。

 というわけで図書室の隅っこに座った俺は悠々自適にペラペラとページをめくっていた。


「……ん」


 その時ふと視界の端に入ったものがあり視線を上げる。


「……!」


 そこで俺は目を見開いた。

 長い黒髪、引っ込みすぎても出っ張りすぎてもいない理想的な体型、そして身長。

 まさに昨日の人物のそれだった。

 が。


「……空振りかぁ」


 思わず呟いた。

 ここまで一致しているのになぜか。それは単純な問題であり、そしてとても重要な根拠だった。

 制服につけているリボンが二年生のそれだったのだ。

 同学年、という前提が覆るのでこれも駄目だ。

 くそ、あともう少しだったんだけどな。

 俺が理由のわからない悔しさに打ちひしがれていると、その先輩女子はお堅い本をめくる手を止め、スマホをいじり始めた。なんだか文学系女子な印象が台無しだ。

 そしてふわりと微笑んだのを見て、俺は不覚にもドキッとしてしまった。

 ……現実にも可愛い人はいるものだな。

 ま、そういう人は俺にとっては高嶺の花すぎて手が届かないどころかどんなことをしても取りにいけないだろうけど。

 そんなことを考えてため息をつきつつ、俺は読んでいたライトノベルに視線を戻した。

 うん、やっぱり二次元はいい。可愛いキャラいっぱいいるし。展開が都合よくて楽しめるし。

 読書にのめり込んだ俺は結局、図書室が閉まる時間までそこに居座り続けたのだった。


 今日はソロ下校だ。

 これは図書室が閉まるのと部活が終わる時間帯が違うからでもあるが、なにより叶人の部活の仲間に叶人が俺といるのを見られたくなかったからだ。

 リア充に位置している友達のステータスを俺なんかのせいで下げるわけにはいかない。それは俺のプライドでもあった。

 というわけでいつも通りな下校路を歩いて帰っている時、思い出すのはやはり昨日の出来事。


『好きです! 付き合ってください!』


『――あんた、誰だっけ?』


 うおおおおおおお!

 やばい叫びながら走り回りたくなるなこれ。今考えても俺はすごいことしてるな。

 でも返答自体は間違ってないと思うんだよな。だっていつも一人でいる何にも興味なさそうな顔してる俺に自己紹介もしないんだぞ。自業自得……とまでは言わないけど自分にも責任があることは感じてほしい。

 まあ追い返すようなことを言った俺も俺だけど。

 昨日のことは考えれば考えるほど答えがわからなくなってくる。

 でも今日昨日の人物を探して全て空振りで終わってとりあえず言えることはもういいんじゃないか、ということだった。

 叶人の時間を使ってしまうのも申し訳ないし、俺は今猛烈に彼女が欲しいわけでもない。だからもうこんな機会は訪れないだろうけどそれはそれでもういいんだ、とという考えに至ったのだ。

 ……俺は等身大のことをすればいいんだよ。リアルに期待は持ちすぎないようにしろ。

 そう自分に言い聞かせて俺は帰宅したのだった。


 けど、これで終わりではなかった。

 俺の根暗な最底辺陰キャ生活は昨日からピキピキと亀裂が入っていたのだ。

 もう戻れないと知ったあの日、俺はどう思っていたのだろうか。

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