アドルフ

「ハァ……ハァ……」


あらい息をして茂みに身を隠すアドルフ。


ここは工場地帯ステージ内でも何もない外れの場所だ。


カルロスの死亡後、他でもないカルロスを最後に救出したアドルフは、ステージ3の翼竜と化したオリジナルに襲われた。


もうダメかと思われたが、直後にカルロスの死亡をトリガーに発動した哲郎のスキル『視覚共有』のおかげで、ここまでなんとか逃げ延びることができたのだ。


このステージはアドルフも初めてではない。故にそれなりにマップは頭に入っているし、どこが安全で、だいたいどこに何があるかも知っている。


ここなら何もないし、隠れるにはうってつけだと考え、マップ的には反対側のここまで、ノンストップで走って逃げてきたのだ。


「ここなら……大丈夫なはず」




現在魔法陣は2つが書き換えることができている。


あと一つ書き換えることができれば脱出できる。


こちらは三人生き残っている。


この状況を作り出すために犠牲になってくれたカルロスには悪いが、悪くはない状況だ。


今頃、オリジナルは残りの魔法陣に誰も触れさせまいと血眼で周回して、アドルフ達残りの生存者を探していることだろう。


おかげでアドルフは、この猛獣がいる檻の中に放り込まれた哀れな小動物のような状態のフィールド内において、ありえないくらい安心して座り込むことができる。


「使うぞ、カルロス」


一時は身を隠すことに成功したが、そこは化け物。

距離を取ろうとするアドルフをすぐに見つけ出して襲撃したのだ。

ある程度距離があったので完全に補足はされなかったが、それでもかなりのダメージを負ってしまっていた。


こうしてなんとか撒きはしたが、正直危なかった。


どれだけ走っても息ひとつ乱れない体のアドルフだが、ダメージを負うと息が上がってしまう。

そういう仕様らしい。



カルロスからもらった包帯を取り出し、回復するアドルフ。


パァァァ……


「よし、これで回復だ」

立ち上がり、あたりを確認する。


「二人と合流したいが……」


どうやら近くに魔法陣があるようで、さっきからオリジナルの気配がチラチラしていた。


アドルフのスキル『聴覚強化』のおかげでなんとか危険は回避しているが、もう少し敵に余裕があってしっかり探されれば見つかるのはあっという間だっただろう。


「状況に救われたな……」


息を吐いて少し気を抜くアドルフ。


アドルフのスキルは、決してノーリスクなスキルではない。


対象は自分一人であるためか、発動に状況までは選ばないが、クールタイムが約1分ある。


一度で約三十メールほどを駆け抜けるように見ることができるスキルなのだ。


ここの安全を確認するために今さっき打ったばかりで、まだ40秒ほどのクールタイムがある。


アドルフは、クールタイムが解除されるまではここでじっとすることにしているのだ。


「スキルが復活すると同時に行動開始、とりあえずは二人と合流だ」


次の行動を頭の中で構築し、すぐに動けるように準備を進める。


「モォォォォォォォ‼︎」


「……は?」


突然真横でモンスターのものと思しき鳴き声がし、そちらへ視線を向けるアドルフ。


あまりに唐突に、想定外の事態に慌てるアドルフ。

「モォォ‼︎モォォォォ‼︎」

見たところ、これは中立のモンスターの一種で、牛型をしているのが特徴的。


性格は温厚で、こちらから攻撃しても逃げていくくらい、こちらに危害を加えることはないやつだ。


どうやらたまたま近くを通って驚いて鳴き声を出したといったところだろう。


「驚かせるなよ」


ほっと胸を撫で下ろすアドルフ。


……ドクン……


しかし、




そこで嫌な考えがアドルフの頭に浮かんだ。


「なぜわざわざこっちへ走ってきた?」



さっきも言ったが、この牛モンスターは、温厚な性格で、1日のほとんどをじっとして過ごし、滅多に走ることもない。


アドルフが今いるのはステージの端。


フィールドに背を向ける形で隠れている。


目の前には仕切りしかなく、アドルフの横を通り抜けて走って行こうにも進めない。


そうこうしている間に、牛モンスターは壁に頭からぶつかり、目を回している。



そんなことも分からなくなるくらいこのモンスターは焦っているのだ。


……まるで何かから逃げてきたような焦り具合だ。


「しまった‼︎」



そこであることに気がついたアドルフ。


……ドクン……ドクン……



最早スキルを使うまでもない。



アドルフの耳にオリジナルの心音がはっきり聞こえてきた。

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