威力偵察

 閉鎖的な村だった。

 山間の寂れた、人口五十人ほどの小さな村。まれに行商は訪れるが、基本的には自給自足だ。農耕と牧畜で緩やかな日々を過ごしている。比較的近い街へ向かうにも半日はかかり、住民も街へ行き来することはほとんどない。目立った特産品もなく、その名もほぼ知られてはいない。

 あと何年もすれば、廃れて世から消えてしまうだろう。そんな、風前の灯火めいた村。


 そんな村に、一人の旅人が訪れた。

 奇妙な旅人だった。

 その旅人からは、どこか生気が感じられなかった。やつれているわけでも弱っているわけでもなく、整った顔立ちながら生きているように見えなかった。なにより、魔力が感じられなかった。

 身なりも奇妙なまでに整っていた。絹で仕立てたような上品な服装には汚れ一つない。美しい銀髪も流れるような細やかさを保っている。たまたま流れ着いたとか、迷い込んできたにしては不自然だった。女性の一人旅というのも妙だ。

 仮にそのような奇妙さがなかったとしても、余所者に対し村人が歓迎することはない。

 旅人が声をかけても、ろくに返事すらなかった。

 何度声をかけても、誰も彼も同じ反応だった。


 旅人は懐から金貨を取り出した。これで泊まれる場所はないかと。

 村人の顔が一変した。金があるなら話は別だった。金さえあれば、街へ出たいと思うものは大勢いた。


「うちのところに来なよ」

「食事でもどうですか」


 悪びれもせずに村人は態度を変えた。

 腰を低くし、愛想笑いで、村の集会場に案内した。


 旅人はあいかわらず奇妙だった。

 漫然と食事を口に運ぶが、本当に

 そんな疑問を抱くほどに、表情の変化がない。なにか、人ならざるものが人のでもしているかのような、そんな気味の悪さを覚えた。

 とはいえ、一晩泊めれば村からはすぐに出ていくだろう。金貨だけを残して。

 あるいは、その身ももいい。

 旅人は村人の粗末な料理にも気前よく金貨を支払った。その懐にはあとどれだけの金貨が残されている?

 

 身元もよくわからない旅人。誰も訪れないような閑散とした村。条件は揃っている。

 そのうえ、魔力すら感じられない。魔術など大して使えないに違いない。

 不気味ではあるが、特に脅威は感じられない。

 悪意が、闇に蠢くには十分だった。

 めいめいが武器代わりに農具などを手に取り、寝込みにでも――。

 そんな囁き声を、旅人の耳は確実に記録していた。


 後日、村は地上から消滅した。

 それこそ、跡形もなく、一切の痕跡も残さず。

 人々の死体も。家屋も。畑も。牧草地も。はじめからそこになにもなかったかのように。

 旅人を知るものは一人残らず消え去り、旅人が存在したと示すものはなに一つない。

 久々に訪れた行商人は、地図を読み間違えたのかと思った。そんな村、はじめからなかったのではないかと自分の記憶を疑った。あってもなくても特に困るものでもなく、大して気にも留めなかった。


 それは彼らにとって初めての威力偵察だった。

 原住民に扮し、どのような反応が見られるかという観察でもあった。

 原住民の殺害には質量弾を炸薬と電磁力の複合で射出する拳銃ハンドガンで十分有用な兵装であるという評価も得られた。携行性の点からも有用性が高い。

 また、価値の低いと推察される小さな村を一つ滅ぼすことの影響が、どのように広がるのかの検証だった。

 彼らは系外よりこの惑星に訪れた。あまりに多くの未知があった。至上命令遂行のために、それは避けては通れない障害だった。


 虫のような小型の偵察機械があらゆる都市を飛び回っている。

 高感度マイクによって原住民の言語を収集し、データベース化し、分析にかける。

 市井の世間話も、軍の機密会議も、犯罪組織の密談も、無関係に集積し続ける。


 気づいているものがいる。

 侵略者の存在に。

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