第21話 骸のむっくん

 食事を終えた俺とコルトは飲食店を後にした。街はまだ昼下がりと言った状態だが、まだかなりの賑わいをみせている。

 冒険者達はクエストに出向いているのか街中にいるのはほとんどがこの街に住む人達のようだ。


「少し時間が余っちゃったな。お前はこれからどうしたい?」

「うーん。別にする事ないんだよな。行きたいところもないし……強いて言うなら宿を探したいってくらいかな?」

「何だ? まだ宿を見つけていなかったのか? 私が泊っている宿なら空きがあると思うが……」


 コルトはそう言いながら顎に手を当て、眉を寄せて俺の顔児をじっと見つめていた。


「え? 何だよ」

「まあ、心配ないよな。案内してやるから付いてこい」

「あ……ああ」


 俺は怪訝に思いながらもコルトの後を追った。宿に案内してくれるって言っていたけど、何だか渋っていたみたいだな。ワケアリなのか? コルトが泊っている宿だから宿泊代がバカみたいに高いとか? それはちょっと嫌だな、出来るだけ出費は抑えたいし。

 俺は案内されるがままにコルトに付いていった。どういう訳か、コルトは商業区から離れて居住区へと向かっている。昨日、ヴェルガさんからは商業区にしか宿はないと言われたけれどやっぱりこっちに宿はあったんだな。

 コルトはそのまま薄暗い居住区に入り、商業区が見えなくなったところで狭い路地へと入っていく。その奥はどうやら行き止まりのようで、一軒の古びた建物が建っていた。狭い路地の方に扉が設置してあるようだが正直、人気はなさそうに感じる。


「ここが私が泊っている宿だ」

「え……まじかよ」


 コルトは目の前の建物を指差しながら真面目な顔をしてそう言った。けれど、とても人が住めそうな状態じゃない。窓ガラスは割れて建物内が見えるようになっている。日の光が差し込んでいるから屋根は所々崩れ落ちているようだ。それに壁の塗装も剥がれているし……これじゃ野宿とあまり変わりないだろ。


「安心しろ。見た目の割には良い宿だぞ」


 コルトはそう言いながら宿の前まで進むと扉をノックした。それも普通のノックとは違って、何かを合図する様よう不規則なノックだった。それに反応するように扉は独りでに開く。日の光が崩れ落ちた屋根から差し込んでいるのに扉の奥は真っ暗で何も見えない。何だ? この扉の奥はどうなっているんだ? 


「ほら、突っ立ってないで早く中に入るぞ」

「え? あ、ああ」


 俺はコルトに言われるがまま宿の中へ足を踏み入れる。中は真っ暗で何も見えない……いいや、そもそも壁や天井、何か机とかテーブルとかそういう簡単な家具があっても良いのだが、そういう存在も感じない。まるで一点の光もない空間に立っているような感覚だ。


「なあ、コルト。本気でここが宿だって言ってるのか? コルトお得意の冗談とかじゃないのか?」

「良いところだろう? 私のお気に入りの宿だ」

「お気に入りって、この何もない空間がか? ベッドすらないじゃないか」

 

 いくらこれがコルトお得意の冗談だったとしてもこれはさすがに受け入れられないぞ。俺が可笑しいのか? まさかとは思うけど、異世界では何もない空間を宿として提供しているのか? これが普通なのか?


「ああ。そうだったな。お前はここは初めてだもんな」


 コルトは無気力な声でそう言うと、軽く手を三回叩いた。すると、暗闇は徐々に晴れて宿の内部が見えてきた。相変わらず光は灯っていなかったが、カウンターと通路の奥にいくつか部屋がある事は確認できた。どういう訳か、割れているはずの窓ガラスは傷一つついておらず、壁や床はまるで新設されたかのように清潔に保たれていて、外観からは想像もつかないほど綺麗だった。


「え? 何だこれ……どういう事なんだ?」

「まあ、簡単に言えばこの建物には特殊な魔法が発生しているんだ。この魔法には許可されていない人間の立ち入りを拒む特殊な条件が掛けられていてな、お前が今まで見ていたこの宿の外観や内部の構造は全て仮の姿という訳さ」

「魔法? でも、何でそんな面倒な事をする必要があるんだ? 商売にならないだろう?」

「まあ、それはすぐに理解すると思うけどな」


 俺は意味深なコルトの言葉に首を傾げる。すぐに理解するって言われてもな……。再び周りに目を向けてみるが、そんな要素はどこにもない。第一、従業員の一人も見当たらないし、ここは本当に宿として機能しているのか? 色々と見まわしている中で俺はカウンターの上に乗っかっている物に目が止まった。それがアレだと分かった途端、一気に血の気が引いた。


「お、おい……コルト。あの、カウンターにあるのって」


 俺は震える手でカウンターのソレを指差す。


「ん? ……ああ」


 コルトは特に驚く様子もなく、躊躇いもなしにそれに近付いていった。俺も恐る恐るソレに近付く。近くで見れば見るほど生々しくて目を背けたくなった。カウンターに置いてあったのはどこからどう見ても人の骨……頭蓋骨だった。顎をカウンターに載せた姿勢で椅子に座っている。ウエイターの様な服を着ていて、全く動く気配がない。


「これ……死体だよな。衛兵とかに知らせた方が良いと思うんだけど」

「……」


 コルトはじっと白骨化した死体を眺めている。さすがは上級職なだけあってこういうのも見慣れているんだろうか。

 死体を無表情でじっと見つめていたコルトは、いきなり死体の頭を平手で引っ叩いた。


「痛いわね! 何するのよ!」


 急に声を上げた死体は椅子から跳ねるように立ち上がると、叩かれた頭を抑えながら叫び出した。


「泊まりたいって奴が来たぞ」

「こっちが気持ちよく寝ていたっていうのに、頭割れたらどうしてくれるのよ!」

「死なないんだから良いじゃないか。それに、平手打ちで割れる程脆くはないだろ?」

「そういう問題じゃないでしょう!? 頭が割れたらビジュアルが変わるじゃない!」

「……そんな姿になってまでビジュアルを気にするのか」

「ふん。女は骨まで美しくあるべきなのよ」

「いやいや。あんたは――」



「――ぎゃああああああ!」


 俺は目の前の信じられない光景にあられもない叫び声を上げてしまった。もう何と言うか色々とツッコミどころ満載だけど頭が理解できる範囲を超えている! 死体が動いているし、挙句の果てに喋っている!? 何これ……これ本当に現実!? 無理! 許容できない!


「あれ? 誰この子。コルトちゃんのカレシ?」

「どう見たらそうなるんだ。お前脳みそ腐っているんじゃないのか?」

「ふふふ……腐っているんじゃないのよ。もう無いのよ」

「胸を張って言うなよ」


 どうして死体が喋っているのかとか、何でコルトは平気で死体と話しているのだとか、そもそもその喋り口調はなんだとか、もう頭がパンクしそうだ。というか、こんな現実どうやって理解しろって言うんだよ! 無理だろ! 


「……あら? コルトちゃんの連れの子、放心しているわよ?」

「何ぼーっとしているんだ?」


 何だろう。この、俺がおかしいみたいな空気は。俺が間違ってるのか? そうなのか? 


「でも、アタシの姿を見ればその反応もあり得なくはないわね」

「お前、アンデットキングだもんな。見た事のない奴にとっては普通の反応だろ」

「アタシはむっくん。骸のむっくんよ。そう呼んでって前にも言ったじゃない。アンデットキングなんて可愛くない名前嫌いなのよ」


 骸のむっくんって……また妙に上手いところをついた名前だな。自虐なのか? そうだとしたら面白いじゃないか、こんな状況じゃなかったら笑ってやってたところだぞ。


「えっと……本当に何が何だか分からない」


 俺はもう降参と言わんばかりに両手を挙げて溜息を吐く。


「そうだよな。こんな友好的な魔物を見た事なさそうだもんな」

「いや。そういう問題じゃないからな」


 俺は死体が動いているってだけでも驚きなのに、そんなところにまで気を回している余裕なんてないぞ。


「それで? アナタ、この宿に泊まりたいのね?」

「あっ。はい」


 白骨した死体と話が出来るなんて日本にいたころじゃ絶対に体験できなかっただろうな。

 だけど、嫌な体験だ。夢に出てきそう。


「いいわ。何と言ってもコルトちゃんの連れだからね。歓迎するわよ」


 そう言ってむっくんが手を叩くと、宿の廊下やカウンターのランタンが一斉に点灯した。

 

「宿泊費は一日三百五十エリルよ。お風呂や食事はないけれど、部屋は開いているから安心して良いわ」


 むっくんはポケットから鍵を取り出すと俺に差し出してきた。


「さあ、部屋へ案内するわ。付いて来て?」

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