第9話 買い手の見つからない武器

 冒険者の登録が終わったが、このままでは討伐に出るのも危険。と、いう事でギルドを出た俺達は武器屋へと向かっていた。もちろん、俺は武器屋がどこにあるのかすらも分からないのでモニカに付いていくしかない。

 通りをそのまままっすぐ東へ進むと、寂れた一軒の店が見えた。店の前に立てかけられた看板には筋肉質の人の腕が描かれていて一目でどういう店なのかは分からない。でも、モニカがあの店を目指して歩いているからあそこが武器屋なんだろう。

 入り口の扉を開くと、ギィという軋んだ音が鳴った。その音に反応してか、店の奥で誰かが慌ただしく息を荒げている聞こえて、男性が店の奥から出てきた。腕や足は俺の倍以上も太く、体のラインが出るほどのぴっちりしたシャツを着ていた。どうして異世界の男どもはこうも大柄な人が多いんだ。


「いらっしゃい! 気に入った物を買っていってくれ!」


 息を整えた後に店員は汗だくの体で笑顔を振るまう。店の奥で何をしていたんだ、この人は。

 店内を見回してみると数多くの武器が展示してある。種類もかなり豊富なようで、種類別に綺麗に並べられていた。


「えっと、武器を買いたいんですが……職業に似合った武器しか買えないって聞いてまして」

「なっ!? あんたはこの街の領主んとこの嬢ちゃんじゃねえか! 何で嬢ちゃんが冒険者に!?」


 店員はモニカの顔を見るや否やカウンターから身を乗り出して叫ぶ。

 やっぱり名が知れて、それも良いところのお嬢様ってなればここまで驚くのも無理はないよな。


「私だって冒険者になりたかったんですよ。アルがいつもいつも危険だからとうるさくて……」

「確かになー。あのおっさん、領主様より何倍も厳しい人だからな。でも、冒険者になったことを知ったら怒られるだろ?」

「良いんですよ。なったもの勝ちです」

「嬢ちゃん。だいぶ肝が据わってんな」


 胸を張って得意げに話すモニカ。そんなモニカを見て店員は苦笑いを浮かべていた。


「まあ、なんにせよ冒険者になったなら武器は必要だよな。とりあえず冒険者カードを見せてくれ。そうじゃないと判断できねえからよ」


 店員はにこやかな表情を浮かべながら手を差し出した。俺とモニカはポケットから冒険者カードを取り出しそれぞれ店員へと渡す。店員はモニカの冒険者カードを睨みながらゆっくりと目を通していった。


「嬢ちゃんはスキルユーザーか。だったら、そこの店の奥のロッドが最適だな。お前さんは…………え?」


 次に店員は俺の冒険者カードへ目を通す。途中で訝しげな表情を浮かべながら小さな声を上げた。その後、顎に手を当てて何かを考えているような素振りを見せる。


「お前さん、この職業の選定に間違いは無いんだよな?」

「え? ……はい」


 何故か神妙な面持ちで聞いてくる店員。俺は店員の問いかけを不思議に思いながらも返答した。確かにマダールは俺に適した職業を選定してくれたし、ギルドのでの確認も済んでいるはずだ。偽造とか改ざんの余地は無かったはずなんだが。


「うーん。冒険者なんて職業、聞いた事ねえよ。俺も冒険者やってきたけどそんな奴に出会った事ねえし。ちょっと試してみるか」


 そう言って店員は近くに陳列されていた短剣を手に取って持ってきた。一般的な両刃の短剣で、鍔から柄にかけてイカリのような形をしている。


「試しに触れてみてくれねえか? 指先でちょっと触れるだけでいいからよ」

「は、はい……」


 店員は短剣を両手の手のひらの上に載せて俺に差し出した。俺は店員に言われるがままに短剣の柄の部分に指先で触れてみようとする。


「――ッ!? 痛っ!」


 柄に指先が触れる寸前、柄と指先の間に静電気のようなものが起こり、腕が弾き返された。心臓が驚いて跳ね上がるほどの静電気を直に食らって一瞬何が起こったのか理解できなかった。


「やっぱりか……」


 店員は差し出した短剣をもとの場所へ戻して、今度は長剣を持ってきた。これも漫画や映画でよく目にする両刃タイプの長剣だった。装飾は少なめの質素な剣で、あまり高価なものだとは思えない。鍔は円形で刀身は細め、レイピアとは違うがだいぶ軽そうな印象を受ける。


「これならどうだ?」


 そう言って店員は長剣を手のひらの上に載せて再び差し出した。これも指先で触れろというの事なのだろうけど、さっきあんな静電気を食らったのにまた静電気が起こると考えるとあんまり触りたくはないんだけどな。けれど、これも俺の職業に似合った武器を見つけるために必要な事なんだろう。

 俺は躊躇いながらも恐る恐る長剣の柄へと触れてみようとする。

 

「いっ!? 痛い!!」


 けれど、再び長剣に触れる寸前で静電気が発生し、俺の腕を弾き返した。長剣も俺の職業には似合わないって事か。一体この職業、何の武器が適しているんだよ。


「これもか……」


 店員は頭を掻きながら持ってきた長剣を再び陳列している棚へ戻す。その後、腕を組んで何かを考えているように唸る店員は手当たり次第に色々な武器を手に取って俺のところへ持ってきた。

 えぇ……まさか全部試す気なんじゃ。





 その後も槍、弓、斧、鞭、扇子、銃、ロッド、メイス、ガントレットと、店に置いてあるありとあらゆる武器を試してみたが、どの武器も触れようとした寸前で静電気が発生し俺の腕を弾き返した。


「どうなってんだよおおおおおお!」

「どの武器も使えないんですね……」


 店員はもうお手上げと言わんばかりに唖然とした表情を浮かべて叫ぶ。すでに気に入った武器を手に入れたモニカも驚いた表情をしていた。どの武器も使えないって……それじゃ俺はどうやって生きていけばいいんだ。冒険者になった意味がないじゃないか。


「他に武器は無いんですか?」


 モニカは少し考えてから店員へ質問する。まだ陳列せずに倉庫へ保管している武器とか他に在庫があればそれも試してみたいところだけど、あまり期待は出来ない。これ……この街で普通に働いた方が良いのかも。


「うーん。そういえば、長い事売れなくて倉庫に保管している武器があったな……出してみるか」


 そう言って店員はカウンターの奥の扉を開き、奥の部屋へと入っていった。すぐにガサガサと目当ての武器を探す音が聞こえて、しばらくすると店員は部屋から出てきた。

 手に持っているのは俺がよく知っている武器……刀だった。だけど不思議な事にその刀には鍔がない。鞘はあるようだが汚れが目立って擦り切れた傷もある。柄の部分には小さな窪みがいくつもあって何かを嵌め込めるになっているようだ。装飾が剥がれ落ちて錆び付いており、かなりみすぼらしい。長年放置されていた事で積もりに積もったホコリが宙を舞い、店員はそれを食らって盛大に咳込んでいた。


「この武器は買い手が見つからなくて結局売るのを断念したものなんだよ。俺が店を構えた当初に運び屋が店に置いていった武器でな。売り物として出してみたが誰も買ってくれなくてよ。刀身は細いし、鍔はねえし、古いものだったって事もあってな。泣く泣く粗悪品として倉庫へ押し込んでおいたんだ。種類としては長剣だからあんまり期待は出来ねえけど、これでだめだったら武器は諦めな」


 そう言って店員は手に持っている刀を差し出す。

 錆び付いているし汚れも目立つ、かなりみすぼらしい武器ではあるけれど、どうしてだろう……なぜか、自然と目を奪われる。自分が日本人だからか? 別に武器マニアって訳じゃないのに。

 俺はその刀の柄に恐る恐る触れてみた。また静電気が起きて腕を弾き返されそうで、不安から目を背けてしまう。


「……あ、あれ? 弾き返されない?」

「はあ。ようやくか……」


 どういう訳か、この刀だけは俺の腕を弾き返さないようで特に何もなく触れる事が出来た。店員も安堵の表情を浮かべて一息吐き、肩の荷を下ろす。


「へえ……それがセイジさんの武器ですか。私も見た事のない武器ですね」

「そうなんですか?」


 モニカも刀については知らないようで興味津々に目を輝かせて舐めるように刀を見つめていた。

 この店員も刀の事を剣の一種なんて言ってたし、刀が知れ渡っていないのか? じゃあ、この店に刀を置いていった運び屋って何者なんだ?


「こんなこともあるんだな。まあ、何にせよ、決まって良かったぜ。それは元々売り物にならなかったんだから金はいらねえよ。嬢ちゃんのも金はいらねえ、持っていきな」

「え!? でも、さすがにお金を払わない事には」

 そう言ってモニカは硬貨の入った袋を取り出し、料金を支払おうとする。だが、店員はそれを手のひらを向けて遮った。


「気にすんなって。あれだよ、嬢ちゃんが冒険者になった記念としてって事だ」


 店員は豪快に笑いながら親指を立てる。モニカはまだ納得していないようで不安そうな表情をしていたが、遂に諦めたのか盛大にため息を吐いて袋を仕舞った。


「済みません。良くして頂いて」

「良いって事よ。お前さんも頑張れよ。その剣もようやく買い手が見つかって嬉しいだろうしな。大切に使ってやってくれ」

「は、はい! ありがとうございます!」


 俺は刀を両手に握りしめながら頭を下げる。

 店員はそんな俺の姿を見つめながら豪快に笑っていた。

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