第6話 駆け出し冒険者の街

「ええ!? こんな街中で?」


 白昼堂々お嬢様を狙う輩もいるのか。さすがは異世界。まあ日本でも無くはないけれど、他の人もいる中で堂々とお嬢様を追い掛け回すなんて……。


「そうなんです。街の外を出歩くたびに襲ってきて……いつもいつも追い駆けてくるのでちゃんと外出する事が出来ないんですよ! もう、本当鬱陶しくて鬱陶しくて」


 だいぶ熱狂的だな……。ファンとかならまだ可愛いんだろうけど、モニカの反応を見るにそういう訳でもなさそうだ。それにしても、モニカを追いかけまわしている人物って誰なんだ? 


「いらっしゃい! 俺の店へ来るとはあんたも物好きだな。気に入った物を買っていってくれ」

 

 そんな時、カウンターの方から店員の声が聞こえてきた。誰かが店に入ってきたんだろう。俺は部屋の扉に耳を押し付けて様子を窺った。


「単刀直入に聞く。虚偽は認めん。ここへモニカ様は来なかったか?」


 店員の声以外に聞こえたのは、同じく男性の声だった。しかも、若い男性の声とは思えない。中年か下手をすれば初老の男性とも思える声の低さで、思わず聞き入ってしまうほどだ。


「モニカ様? 領主様の娘さんかい? 悪いがこんな店に来るような物好きとは思えないね」

「……もう一度聞く。ここへモニカ様は来なかったか?」


 男性は再び店員へ問い掛ける。

 もしかして、バレていないか? だっておかしいだろ。普通、二度も聞くか? 確証がないと二度も聞かないだろ。

 

「悪いが見ていないし、店にも来ていない。これで満足か?」


 店員はしばらく黙り込むと盛大にため息を吐き、声色を替えて答える。

 店員の返答に男性は何も返さず、足音と店の戸を開ける音だけが響いてしばらく静寂に包まれた。


「いなくなったぜ。出てきていいぞ」


 扉越しに店員の声が聞こえる。俺はモニカの方を見ると、モニカは小さく頷いて部屋から出ようと合図する。俺達は恐る恐る部屋を出た。さっきの男性は諦めて店を出ていったようで、その姿は店の中からも確認できなかった。モニカはその人物がいない事を確認するとホッと胸をなでおろす。


「本当に良かったです。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

「良いって事よ。良いところのお嬢様も大変だな」


 店員は深々と頭を下げるモニカに怒る事もなく笑顔を浮かべた。その後、意味ありげな笑みを浮かべながら頭を掻く。


「まあ、うちの品物を何か買ってくれるっていうならもっと良いんだけどな」

「良いですよ。丁度、セイジさんに靴を買わないといけなかったので」

「本当か!? そりゃ助かる! 靴だったらそこの棚に色々置いてるから好きなやつ選んで来いよ」


 そう言って店員は俺達を靴の置いてある棚まで案内してくれた。大した種類がある訳でもなく、草履やスニーカーのような靴しか商品棚には置いてなかった。もっと大きな商業街とかに行けば種類も豊富なのだろうけど……分からないな。日本ほど衣類の種類は豊富そうじゃないし。


「というか、本当に良いんですか? さすがに奢って頂くのは……」

「心配いりませんよ。ここは私が払いますから」


 モニカはそう言うと懐から綺麗な布の袋を取り出した。袋の中には金銀銅と三種類の硬貨がぎっしり詰まっており、モニカは自慢するように袋を振ってジャラジャラと音を鳴らす。あれ……一体いくら入っているんだ? 見ただけじゃそれぞれの価値が分からないぞ。でも、あんな反応するって事は相当な額が入っているんだろうな。

 知り合ったばかりの女の子に払ってもらうのは気が引けるけど、今の状態のままでいるのも結構辛い。今は甘えるしかないな。


「すみません。この恩は必ず返しますので」

「気にしないでください。私もセイジさんを巻き込んでしましましたから」


 モニカは苦笑いを浮かべて申し訳なさそうに頬を掻いた。


「何だか済みません。ありがとうございます。それと……図々しいのは承知の上なんですが、服もよろしいですか? 実はこのローブの下、何も着ていないんですよ」

「どうぞどうぞ。好きなものを選んでください」


 モニカは俺の言葉に驚きもせず、二つ返事でオッケーしてくれた。

 俺はモニカの言葉に甘えて靴と衣類を選ぶ。靴はスニーカーのような履物を選ぶとして、問題は服だ。この店に置いてある服は靴よりも種類が少なく、在庫もあまりないようだ。ポロシャツが二着、ズボンが三着ほどで色もあまり良いものがない。他を当りたいけれど、さすがに今更そんな事言えないよな。

 俺は淡い藍色のズボンと黒のポロシャツを手に取る。靴は白を基調とした赤い刺繍の入った靴で服に比べたら高価そうだ。下着や靴下も無難な黒を選んだ。衣服や靴には値札が付いているようだが、いくらするのかまでは分からない。数字まで異世界特有なのか……これは後々苦労しそうだな。


「選び終わったら先に着替えて良いぞ。どうせ買うんだろ?」


 店員が指さしたのはカーテンの付いた人二人分くらいの縦長のボックスだった。中には体全体を確認できるほどの鏡が設置してあり、透明のケースの中には蝋燭の火が灯っていた。多分、試着室なんだろう。衣類はそんなに売っていないのに試着室までご丁寧に設置してあるのか。まあ、大型スーパーとかにも普通にあったし気にする事ないか。

 俺は試着室へ入り、ローブを脱いでフックへと掛ける。ポロシャツを広げてみたところで明らかに自分の普段着ている服よりも大きい事に気付いた。多分ⅬⅬサイズくらいだろう。でかすぎるな、これ。ズボンもウエストがブカブカだし……一応着てみるか。

 とりあえず、選んだ服を試着してみたものの、ズボンの裾は完全に踏ん付けてしまっている状態で、ポロシャツは下腹部が隠れてしまうほどに大きかった。やっぱり他の物を選ぶしかないか。

 俺は溜息を吐いて服を脱ごうとすると、突然ポロシャツとズボンが蠢いて徐々に縮んでいく。どういう原理か知らないが、俺が普段着ている服のサイズとピッタリの形になって何事もなかったかのように静まり返った。


「す、すげぇ。異世界の服って着た相手の体格に合わせて伸び縮みするのか」


 体を少し動かしてみても窮屈な感じはせずかなり動きやすい。異世界モノの服装としてはかなり地味過ぎるが、この際は贅沢な事を言ってられない。そもそもニートとか引き籠りって言うわりにはファッションセンス良かったりするんだよな。漫画にいちゃもん付けるのもおかしな話だけど。

 俺は服装に乱れがない事を鏡で確認し、フックに掛けておいたローブを手に取った後、カーテンを開けて試着室から出た。二人は仲睦まじそうに会話していて、俺が出てきたと同時に二人とも俺の方へ目を向けた。


「おお。いい感じに決まってるじゃねえか。農家の息子って感じだな」

「褒められた気がしないですね」

「格好いいと思いますよ。セイジさん、ばっちりです」


 店員もモニカも無邪気にⅤサインを送ってくれる。あんまりパッとしない身なりだと思ったけれど、そこまで褒められると何だか気恥ずかしい。普段からファッションに気を遣っていなかった分、適当に服を選んできたから今回も同じ色合いとか組み合わせだったけれど、ここまで褒めてくれるとは想定外だ。

 まあ、店員の農家の息子みたいっていうのにはちょっと引っかかるけど、これはあれだろう。馴染み深いって事で捉えればいいか。


「セイジさん。そのローブを貸してもらってよろしいですか? それなら街中を歩いても一目で気付かれないと思うので」

「え? あ、はい。良いですよ」


 手に持っていたローブを指差すモニカ。俺はモニカにローブを手渡すと黒いローブを羽織るように身に着けた。さらにフードを被って頭を隠す。確かに、これで街中を歩いても、一目でお嬢様だと気付かれる事はないだろう。他にローブを身に付けている人がいたなら尚更気付かれないはずだ。


「じゃあ、会計済ませますね。代金はいくらですか?」」

「おう。服と靴の代金、五千エリルだぞ」


 モニカは袋から金貨を五枚取り出し、店員へ渡した。という事は、金貨一枚で千エリルの価値があるって事なのか。後は銀貨と銅貨の価値が分かれば良いんだけど。まあそれは、ここで生活していくうちに分かるだろう。少なくとも帰る方法が見つかるまではこの世界で生活しなきゃならないんだし。


「まいどあり。あっ、そういえば兄ちゃん。冒険者にはもうなっているのか?」

「冒険者?」

「ああ。俺の店は雑貨とか服とかを取り扱っているから大丈夫なんだが。武器や防具が必要になってくると、職業証明書が必要なんだよ。ほら、これだ」


 店員はポケットから免許証サイズのカードを取り出して俺に見せてくれた。相変わらず文字は読めないけれど、顔写真を貼り付ける部分に人のイラストが描かれていて、裏には何も書かれていない。


「これがないと武器も防具も買えない。それに、職業によっては扱えない武器もあるのさ。まあ、兄ちゃんが冒険者になりたいならの話だけどな」

「店員さんも冒険者なんですか?」

「ああ。もっとも、俺は冒険者稼業だけじゃ食っていけねえからこうやって働いているんだけどな。クエスト以外で魔物を倒しても報酬は出ねえし……毛皮とか角とか、魔物によっては食料になる奴もいるからそういうのは売れば金になるけどな。物価が高いから冒険者だけじゃ生きていくのは厳しいぜ?」


 まあ、確かに……冒険者って定職って感じではないしな。でも、やっぱり冒険者っていうからには冒険とか色々出来る訳だし……なってみたいかも。普通に働いてお金をもらうだけじゃ元いた世界とあまり変わりないし、せっかく異世界に来たんだから異世界らしい事をしてみたいな。


「セ、セイジさん! 冒険者なりましょうよ! 私も冒険者になりますから!」


 俺と店員の話を聞いて興味がわいたのか、妙にテンションの高いモニカに勧められる。お嬢様がここまで胸躍らせるって事はやっぱり冒険者って凄い職業なんだな。


「あれ? モニカは冒険者じゃないんですか?」

「そうなんですよ。お父様は良いと言ってくれたのに、アルが絶対にダメだって言って聞かないから全然なれなくて……」

「そ、そうなんですか。それは大変でしたね」

「だから、今のうちになっちゃえば良いかなって思うんですよ」


 モニカは腕を組んで不満げな表情を浮かべたかと思えば、最後には無邪気な笑みを浮かべる。大人びた印象があるとは思ったけれど根っこは年相応の考え方しているんだな。何となくアルって人が可哀想に思えてきた。


「あははは! 良いな。その感じ。駆け出し冒険者って感じがして俺は結構好きだぜ。さすがは駆け出し冒険者の街だな」


 そんなやり取りを見ていた店員は大きな声で笑いながら感心していた。


「冒険者になりたいのなら、この店から通りを真っ直ぐ進んでいけば開けた場所に出る。後はでかい看板が見えるはずだからそこに行けばいいぞ」


 俺はその看板の文字が読めないからそれを目印にって言われてもわからないんだよなあ。まあいいか、モニカも一緒に付いて来てくれるわけだし、モニカに付いていく事にしよう。


「そういえば……ずっと気になっている事があるんですけど、この国の名前と街の名前って何て言うんですか?」

「何って兄ちゃん。この国はハイドランジア。王都と同じ名前じゃないか。それと、この街はアルミィ。駆け出し冒険者の街――アルミィだよ」

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