第3話 命がけの追いかけっこ

 一瞬の思考停止。

 その後、黒い甲冑の女騎士の発言を頭の中で整理する。

 落とし前を付けてもらう……それってどう意味なんだ? この人達はマジの戦争をしてたわけだし……えっと、戦争を邪魔した第三者ってどうなるんだ? 普通に考えたら見せしめ……え? まさか、死刑!? どうにか情状酌量の余地はないだろうか?


「俺だって来たくて来たわけじゃないんですよ! 買い物に向かう途中でひったくりの現場に鉢合わせて、犯人に突き飛ばされて死んだかと思ったら、こんなところまで来ていて……服だってちゃんと着ていましたよ!」

 

 俺は殺されたくない一心で必死に反抗する。

 だが、黒い甲冑の女騎士はそんなことお構いなしで剣を振るい、威嚇してきた。その後、剣の先を俺の方へ向け剣を構える。


「言い訳は結構。落とし前はきっちり付けて貰う」


 期待虚しく、死刑判決が下された。

 鋭い眼光の奥には確かな殺意が籠っている。

 俺はその眼に気圧される。蛇に睨まれた蛙のような動く事すら許されないと言わんばかりの視線。一瞬ではあったが体が麻痺したように動かなかった。


「死ぬのだけは嫌だあああ!」


 けれど、恐怖の方が勝っていた俺は体が動くようになるとすぐさま踵を返して逃げ出した。裸足だったけれど、そんなのお構いなしだ。地面が草原だったことが不幸中の幸いだ。これがアスファルトかだったら最悪だろう。

 そう思っていた矢先、地面から出っ張った石に左足の土踏まずが直撃し、悶絶するほどの痛みが走った。


「いいいいいいいっ! ひいいいいい!」


 言葉にならない叫び声を上げて左足を押さえる。立ち止まっている場合ではないのに痛みのせいでそれどころではなくなってしまう。


「逃がすか! 『フェアリー・フレイア』!」


 そうこうしているうちに黒い甲冑の女騎士は目前まで迫っていた。剣先を俺の方へ向け、何かの呪文を唱える。すると、黒い甲冑の女騎士の背後に五角形を描くように小さな赤い魔法陣が5つ出現した。


「な……なああああ!?」

「消し炭にしてやる変態!」


 女性が剣を振るうと、出現した魔法陣が飛んできた。一つ一つが自我を持っているように不規則な動きを見せ、火の球を放っている。


「何だよそれええええええ!」


 何だよその魔法陣! もう分かった、分かりました! これだけでもう全て理解しましたよ!

 足の痛みを気にしている暇もなく、炎の球から必死に逃げ惑いながら俺は全てを理解する。

 日本を知らない人々、俺の知らない国、国同士が武力で争う世の中、それにこの炎の球も。


 ……もうこれ、完全にファンタジーの世界じゃん!


「もう訳が分からねえよおおおお! 熱っ! えっ? ヒッ、ヒイイイイイ!!!」



 叫びながら逃げていると炎の球が俺の足元の近くへ落下し、それは天を貫く程の火柱となった。

 あんな小さい火の球のくせにバカみたいな威力じゃないか!  運が良いことに火傷を負うことはなかったけれど、あんなのをまともに食らったら本当に消し炭になっちゃうだろ!



「全軍、あの男を捕らえなさい! 抵抗を受ければ殺しても構わないわ!」

「お前達、あの男をひっ捕らえろ! でも、出来るだけ体は傷付けるなよ。エサは新鮮な方があいつらも喜ぶからな」


 二人の女騎士の指示を受けたそれぞれの兵士達は、逃げ続ける俺を追いかけてきた。

 やばいやばいやばい! どっちに捕まっても命の保証はない! 特に黒いの、あれは捕まったら最後だ。魔物とか得体の知れない生き物のエサとか絶対に嫌だ。


「何だあいつ! 何であんなに逃げ足早いんだよ!」

「バカか。あいつは俺達みたいに甲冑を着ていないから、その分身軽になってるんだよ。そんな事くらい分かれよな。まあ、人間の真似事をする奴でもお頭の弱さは魔物並みだもんな!」

「あァ!? あいつより先にテメェをぶっ殺してやろうか?」


 兵士達はお互いに罵り合いながら追い駆けてくる。

 甲冑を身に付けている兵士達に比べて俺は何も身に付けていない分、身軽になっている。この状況では自分が素っ裸である事はかなり有利ではあるけれど、残念ながら体力面に関しては期待できない。運動部に入っていた訳でもないし、日頃から体を鍛えている訳でもない。相手は日々の過酷な訓練を耐え抜いてきた戦士達だ。このままじゃ追い付かれてしまう!

 

「そ……そろそろ、限界だ」


 早速、体力の限界を感じて徐々に走る速度が遅くなっていく。もっと早く逃げなきゃならないのに思いに反して体は正直で、もう歩くのがやっとの状態だった。


「……はぁ、はぁ。もう無理っ……走れない」


 息も上がり、心臓の鼓動は耳に響くほどに早まっていた。

 無理して走ろうとしても体が思うように動かない。こんな悠長なことしている場合じゃないのに!

 大分離れていた兵士達との距離もどんどんと縮まっていく。一番前の兵士とも五十メートルほどしか離れていない。


「ヒッ! もうこんな近くに! こんな訳が分からないまま死ぬなんて、絶対に嫌だ!」


 俺は乱れる呼吸もお構いなしに、再び無理して走りだそうと足を踏み出したその時――。


「――っ!? な、今度は何!?」



 突如、足元に発生した真っ白く光る魔法陣。幾何学的な文字が彫り込まれた魔法陣は円周から俺を包み込むように光を放ちながら天へと上る。光の柱の中心にいるような、そんな感覚だ。

 魔法陣は時計回りに回転しながら、中心部の図形が様々な形に瞬時に変化していく。これってあれか? トラップ系の魔法陣? 敵を束縛したりとか沈黙状態にしたりとか、ダンジョン系のゲームではよくあるトラップだけど……まさか!?


「あ……あれは! お前ら、奴が消える前に始末しろ!」

「そこの変態を絶対に逃がさないで!」


 二人の女騎士は発生した魔法陣を見るや否や、目を見開いて叫ぶ。反応を見るに、二人が仕掛けたトラップではなさそうだ。というか、冷静に分析している場合じゃねえだろ!


「逃げないと!」


 そう思って、俺は逃げようと駆け出すも。


「はぐっ!? な、何だ?」


 何かにぶつかって俺はその場に尻もちをついてしまった。何か壁にでもぶつかったような気もするが、ぶつかるような壁なんてどこにもない。じゃあ一体、俺は何にぶつかったんだ? ……え、まさかこれって。


「え? ……壁になってる!? これ壁だったのかよ!?」


 魔法陣の周りを取り囲む淡く白い光は中から抜け出せないよう壁になっていた。たたいたり蹴ったりしてみるもびくともしない。足元の石を壁に投げつけてもみたが、石は光の壁に当たった瞬間、粉々に砕け散った。


「おらあああ! 逃がすかあああ!」

「ちょ、まじかよ。嘘だろ!?」


 兵士の一人が剣を構えながら迫ってくる。もう無我夢中で殴る蹴るを続けるがヒビすら入らない。

 これじゃ、本当に殺されてしまう! どうにかしないと。ど、どうする? どうすればいい?


「くたばれえええ!」

「うわああああああああああ!!」


 パニックに陥っているうちにすぐそこまで迫っていた兵士の一人が剣先を俺の方に向けたまま突進してきた。俺はあいての様子を窺い、突進を躱そうと構える。


「え? うわっ!?」


 それと同時に、淡く白い光がより強い光を放って――。

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