【ワールズエンド・カーニバルシティ】公認SS「ユー・アー・(ノット)オブザーバー」

地崎守 晶 

 #1 アイ・アム・オブザーバー


 『ハローワールド。ディプスのワールズエンド・チャンネルへようこそ』

「シット!」

 残業中、延々続くタスクの並んだディスプレイいっぱいに広がったストリーム動画に、私はとっさに舌打ちした。

「こいつ――」

 上司に納期を繰り上げられた挙句、私一人に押し付けられた仕事を邪魔してくれた、画面の忌々しい男――『混沌のディプス』。

『僕はこの街を創り出してからずっと君たちを見守っていましたが、駄目ですね。君たちは街の現状に満たされている。あぁ、それじゃあ駄目なんですよ、駄目だ駄目だ! 倦怠は全てを飲み込み、滅ぼしてしまう――人類は『進歩』し続けなければならない。そしてそれこそが僕の期待しているもの!!僕の夢、僕の理想、僕の生きがい!!』

 音量をマックスにされた奴の大音声が、鼓膜をつんざく。思いっきり顔を顰め、動画画面を消そうとするが、「×」のボタンは見当たらず、どこにポインタを動かしても何の反応もない。動画を放置してタスクを進めることも出来ない。

 長い指で顔を抑え込みながら長広舌を振るうワイズマンから。私は目を離せない。これも奴の魔術なのだろうか。重ねて億劫なことに、私の別の『目』が勝手に開いていく。

私の薄暗いオフィス、他のフロアのすべてのパソコンのディスプレイ、会議室のスクリーン、一階エントランスのモニター、リクリエーションルームのテレビ画面に、同じ動画が開いているのが『視えた』。

電源を落としたはずの画面にどうして動画が映せるのかはまったく分からないが、この男相手には考えても無駄だろう。この『街』の神様気取りなのだから。

 アンダーグラウンド中に響き渡る地響きと轟音――どうやらその正体は、奴が紹介している『怪物』のものらしい。会社の外の光景が『視え』るけれど、あのバカバカしいほど膨れ上がった筋肉の塊以外に、奴のお気に召すものがあるとは思えない。事実、武装した警官の重々しいライフル銃がまるで役に立っていない。

『というわけで彼は今……ご自慢の筋肉をどこまでも肥大化させて大暴れというわけです。建物を破壊するたび、彼の身体は大きくなり……やがてはそう、君らの知識で言うカイジュウも真っ青の巨躯を獲得するでしょう。そうして進んでいく先はどこだって? ははは、ここまで言ったなら察しがつくでしょう――』

 うんざりしているのに、私には――視えてしまう。

 ネオンの輝くアンダーグラウンド。そのど真ん中に突き立つ巨大な逸物。ディプスじゃない本物の神サマなんてものがいるなら、そいつに向かって全力で掲げられたファック・サイン。要は地面にぶっ刺さり、天国まで貫く巨大な剣。私が『目をつけられた』あの日から変わらない、『ヘブンズソード』。

 筋肉達磨はビルをなぎ倒し、クルマを跳ね飛ばし、元気にそこへ走っていく。

「ああ、そーいうことね」

 無感動に呟く。瞼を閉じてみるが、街中の画面に映るディプスの得意げな顔が、突進する巨体の映像が、頭の中に流れ込んでくる。

『あの場所を破壊すれば、どうなるでしょうね。予想は簡単につく。街は大混乱。余波による被害。都市機能の停止。そうなれば? そうなれば街は停滞し、あの忌むべき“倦怠”が訪れる――後は? もう分かりますね。僕のこれまでを知っているなら』


 奴はそこで笑った。数百を超える同じ笑顔に、私の背筋が粟立った。


『非常~~~~~~~~~~に残念だけど。僕はこの星を見限ることにしますよ。そうして、涙ながらに滅ぼすしかなくなる。退化の底に沈んだ、かつての大勢の星のようにね』


『今現在、こいつは不死に近い特性を経ていますよ。僕に与えられた“愛”によってね。というわけで、いとおしきアンダーグラウンドの民よ!! この現状を止めたければ……精々頑張ることです! あはははは!!』


 数百もの奴の哄笑が、いくつもの目を通して私に吐き気を催させる。地面に並べられたクルマが吹き飛んで、近隣の建物に激突して爆発した。『HOTEL』の電飾が剥がれ、『HEL』になる。ご丁寧なこと――そんなことをしなくても、ここはもう地獄なんだから。


『というわけで失礼しますよ。チャンネル登録は画面左側を押してください、ツイッターとインスタもやってるから、そっちも登録よろしくね! じゃあ――アディオス!!』


 街中の画面から、このビルのすべてのディスプレイから、私のモニターから。ストリーミング画面が消え失せる。

 私は本物の二つの目に意識を戻した。目の前には、後数時間後に仕上げないといけない仕事が残っている。

「どうしようもないわね」

 吐き捨てる。こんな【世界の終わり】など、どうしようもない。それでも一応、外に広がった『視界』で確認してみると、筋肉の塊が現れた地点からヘブンズソードの方向は私のいるビルから見てちょうど反対側だ。つまり、今も私の『目』に筋肉男の巨躯を送り込んでくれる誰かさんたちのような、野次馬根性を出したりしない限りは安全。少なくともあのありふれた悲劇の主人公が、ヘブンズソードを引き抜くまでは。

 魔王ののたまわった言葉が真実なら、世界の終わりがもうすぐ始まる。だってあの男を誰が止めるというの? 首のかかっている警察は今も必死に抵抗しているが、全く役に立っていない。街の外の軍隊はやってくるはずはない。この街の住人たちがどんなに奇々怪々な容姿をしていたとして――機械の手足だのトカゲの鱗だの、ライター代わりの発火能力だの――そんなものではあのミスター・ハルクの前では何の役にも立たないだろう、この私の目のように。だいたい、自分にちょっとばかり変わった器官があるからといって何かしようなんて、思うはずがない。少しでも遠くへ逃げるか――野次馬になって指をくわえて見ているしかないのだ。

 可能な限り生き延び、降りかかる火の粉を誰かのせいにして見当はずれの文句を好きなだけ吐き出して、そうして終焉を待つ。

 私もそうさせてもらおう。どうせ常々願っていたんだ、誰かが世界を終わらせてくれるのを。この奇妙な世界を。

 作業中のファイルをセーブしてウィンドウを消していく。立ち上がり、強ばった肩を回して息を吐いた。

 どこかで――電波の届かないところで一服しながら、全てが終わるのを待っていよう。ディプスがどんな風に世界を終わらせるのかは分からない。地球を丸ごと凍り付かせるにするのかもしれないし、巨大な隕石か小惑星でも落とすのかもしれない。ただ一つ確かなのは、私は何もしなくていいということ。

 ああ、清々する。これでもう、弱みを握った部下をレイプしているボスも、インスタ映えするアイスフロートを撮るなり投げ捨てるティーン・エイジャーも、クスリでラリって涎を垂らす老人も二度と見なくて済む。

 そうして気持ちよくオフィスの扉に手を伸ばしたとき――

彼が立ち止まったのが『見えた』。

 モンスターの体に赤いラインが走り、いっとき動きが止まる。傷口から血が吹き出し、ようやく何かが攻撃を加えたのだと気づいた。肉がごっそり剥ぎ取られ、バカバカしい斬撃の余波か、ハルクの近くのビルの壁材を剥がし、アスファルトを抉る。

 信じられないという驚き――ハルクが膝を着いたことよりも、わざわざ立ち向かうものがいたという事実に、私は距離を隔てた目を剥く。そして、見つけた。青いキモノを身に付け、ゲタをつっかけた、銀髪の、女性。背格好はせいぜいハイスクルールの一年生程度。その手には鈍く光る――あれは、剣だ。この街のシンボルとは異なる、片刃だけの、東洋の剣。カタナ、というのだったか。

 真っ二つにしたハルクを背にして、カタナを鞘に納めた少女は、この惨状の中呑気にタバコを加えている黒髪の女に近寄り、何事か話している。そこに恐怖や焦りはなく、まるでこの騒動が毎週のイベントであるかのよう。

 黒髪の足元で蹲る少女(恰好から見てハイヤーから降りてきたもの好きだろう、可哀そうに)は呆けたように二人を見ている。当たり前だ。アンダーの住人の私にも想定外なのだ。怪物を前に会話する余裕なんてカートゥーンのヒーローくらいしか持ち合わせていない。きっと数秒後には返り打ちよ。

 だから、ほら。深い深い傷口を魔法のように消したハルクが、腕を振り上げ――打ち下ろそうとした形で止まり、巨躯がのけ反り、倒れこんだ。彼の筋肉の鎧にいくつもの穴。それをこしらえたのは、毛皮つきのロングコートを羽織ってぶっといライフルを抱えた女――ただし、猛禽の翼つき。

 そして、その獣人モロウとキモノの拡張人類エンゲリオ(手足に青い光を出す噴出孔が開いていることから、エンゲリオだろう)は、化け物を攻撃していく。一振りのカタナと一丁のライフルだけで。

 咥えタバコの女は、その様子を見守り、傍らの「おさがりクラッパー」――ハイヤーからわざわざ降りてきた人間のことを、この街ではこう呼んで嗤う――に手を差し伸べた。三人の様子は、パニックで飛びだしてきた自殺志願者や狂信者とは違っていた。こんな状況に慣れていて、ああいう怪物を相手にする方法を知っていて、何故か逃げ出さない度胸があって。

「ホントにカートゥーンじゃない。勘弁して欲しいわ」

 そういえば、昔インターネットの都市伝説の類にあった。あまりにも都合の良い与太話として、誰からもまともなレスがつかなかった書き込み。

 アウトレイスの力を悪事や破壊に、ではなく、街を人を守るために使う、

いわゆる――

「正義の味方サマ、ってわけ……?」

呟いた私が感じていたのは、疑問と憤りだった。

 どうして、わざわざ立ち向かうのか。ハルクにもディプスにも特に思い入れはないけれど、こんな世界が破滅するなら、そのまま任せておけばいいのに。

 私は長くため息を吐いて、『目』を全て閉じてから、デスクに戻った。


 #2に続く



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