2. 桜門外の変

 薩摩さんが学長室に乗り込んで行った翌々日の事だったでしょうか?

 相変わらず、薩摩さんのみならず、多くの学生たちの間で「生徒会長は辞任すべきだ!」とか「いや、もっと許せないのは副会長だ!」なんて校内のあちらこちらで囁かれていて、何というか……学園全体が険悪なムード。

 ともすれば、生徒会支持派と反対派で一触即発という事態に陥っていて、生徒会に所属してるわたしも居心地の悪い毎日を送っていたところでした。


 その日、彦根副会長は一度、下校していたものの、生徒会から急遽呼び出しがあったとの事で、再度、学園の方に足を運んでいたところでした。

 学園の校門には、すぐ傍らに大きな桜の木が植えられいる通称『桜門』と呼ばれる門があるのですが、彦根副会長はそこを通るところだったのです。


「うっ!」


 学園の門に差し掛かったところで、どこからともなく彦根副会長めがけて石が飛んで来たのです。


「副会長!」


 丁度、その瞬間を目撃したわたしは、すぐ様、彦根副会長のもとへ駆け寄りました。

 見れば青ざめた顔は苦痛に歪み、額から血を流してるじゃありませんか!


「だ、だだ、大丈夫ですか⁉︎ ち、ち、血が! え、え、衛生兵ぇぇぇぇっ!」

「大丈夫だから……。それよりアイちゃん……すぐに会長を呼んで来て」

「あ、あわわわ! は、はは、はいぃぃ! よろこんでぇぇ!」


 被害者である彦根副会長は至って冷静なのに、わたしと来たら周章狼狽しっぱなし。我ながら情けなくなって来ちゃいます。「よろこんで」は無いですよねぇ……。


 やがて、わたしが会長を連れて来ると、彦根副会長は校門脇に植えられている桜の木の根元に腰を下ろし、ハンカチで額を押さえながら、こちらが来た事に気づくと、少し安堵の表情を浮かべました。


「いったい、何があった⁉︎ 貴女、確か今日は先に帰った筈じゃ……」

「なるほど……やはりそうでしたか……」


 彦根副会長は口もとで薄く笑みを浮かべると、何かを察した様子で事の詳細を語り始めました。


 彦根副会長はどうやら「会長が急用があるから悪いけど戻って来て貰いたいと言ってる」というメールを貰ったそうなんです。

 ただ、彦根副会長は知らないアドレスだったので、少し不審に思っていたのだと。


「私はそんな呼び出し……した覚えはない!」

「そうでしょうね……」


 あ〜。これはわたしにも分かります!

 陰謀ですよ、陰謀!

 誰かが……会長の校則違反と、それを会長に勧めた副会長に反感を抱いてる誰が、彦根副会長を陥れる為の罠だったんです!


「ひ、ひょっとして……三年生の薩摩さんの仕業でしょうか?」


 わたしがおずおずと怪しい人物の名前を口にすると、途端、会長にキッと睨まれてしまいました。


「証拠もないのに滅多な事を言うものじゃない」

「はいぃぃ! すみません! すみません! すみません!」


 ひたすら平謝りです。

 でも、先日は学長室にも乗り込んで行ったくらいですし、このところの薩摩さんは会長や副会長の事となると酷く荒れてるんですよね。

 疑うなと言う方が無理があります。

 江戸会長が校則違反を犯してまで付き合う事になったステイツ君との一件……。確かにそれを推し進めたのは彦根副会長でした。

 だから彦根副会長許すべからずなんて事を声高に叫んでいる学生も少なくありませんでしたし、この襲撃は意図して副会長を狙った犯行なのは間違いないでしょう。

 ひょっとしたら、江戸会長を貶める為に会長に近しい人を潰して、堀を埋めて行こうという魂胆でしょうか?

 何にせよ、許されざる暴挙です!


 ともあれ、犯人探しは会長自らが指揮を執って、他の子に探らせる事となりました。

 わたしは……というと、京学長の周囲を反生徒会派の学生がうろついてるという情報をもとに、監視役を任される事になったのです。


 あれから数日——

 彦根副会長の怪我自体は大した事なかったものの、彼女は学園に来なくなりました。

 後に『桜門さくらもん外の変』と呼ばれた副会長襲撃事件……。あの場では平静を装ってはいましたけど、やっぱり彼女も外傷以上に心の傷が大きかったようです。




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