05


(ちょっとやりすぎたかな)

 教員用のシャワーを使いながら、真紀はそんなことを考えている。

 あの講義の後、思っていた以上に汗をかいていたのでシャワーを浴びることにしたのであるが、鎖骨の真ん中辺りに細長い痣がついているのを見つけ、その上を指でなぞる。

「思っていた以上に効いたか」

 呟く。痛みは全く感じないし、動作にも支障はない。骨にも筋肉にも異常はない。つまり、まったくなんのダメージにもなってなかった。

 ただ、この痣はあの子の意地がつけたものだろうと真紀は思う。あるいは天道流という歴史ある流派に代々受け継がれた霊脈のなせる技か。霊力が五分の一に抑えられた程度でもこんなことになるとは夢にも思ってなかったのであるが、そう思えば納得ができないでもない。

(まあ、これくらいの一撃が普通に出せるのならば、一人前か)

 これは美緒にも直接言ったことではあるが、この『験』の打撃が常に出せるのならば《魔法世界》でもやっていける。『魔法』にも充分に対抗できるし、そのままいけば『大魔法』とやりあうのも夢ではないだろうと思う。

 しかし。

(私と戦うには、まだ早い)

 さすがに無理やりの決闘の強要には、真紀だってかちんときた。

 かちんきたので、ちょっと手厳しく応じた。

 みんなの前で渾身の剣撃が通じないだなんてのはなかなかの恥だと思ったので、そのまま受けてみた。

 相手の打ちが通じるとは欠片も思ってなかったのであるが、それが少しでも自分に痕跡を残せたので少し感心してしまった。けど、まだ早い。とはいえ、花丸は余計だったかと思う。やりすぎた。修行、辞めなければいいけど。

「しかしそろそろ、私も方針を固めるというかキャラを決めないと……」

 そうなのだ。

 この期に及んでさえ、真紀はどういう風なキャラで師範をやっていこうかを決め兼ねていた。

(もう少し厳しい感じがいいのか、優しくいった方がいいのかなあ)

 自分の師匠は真紀の中では理想像過ぎて参考にならないので、色々と思いつく限りのイメージを考えてみるのだが、どうにもピンとこない。

 溜め息が出る。

 つくづく、軍隊はそういう意味では楽だったと思う。必要最低限のことだけ話していたら寡黙なクールキャラということで扱われる。しかしここではそうはいかない。

 そもそも口数少なく人を指導できるほど、真紀は器用ではなかった。説明にはあれこれ言ってしまうし、口を滑らせることだってある。

「どうしたらいいんだか……」

 そう呟いてシャワーを止め、出口に向かった真紀であるが。

「――ねえ、その跡、榊に打たれたやつ?」

 背中から呼び止められた。

 振り返った真紀の前に、同じく裸で、真紀より少しだけ背が高いショートカットの美女が立っていた。誰かいるのは気づいていたが、まさか話しかけられるとは思ってなかったので、目を見張った。

(誰だろう? 新陰流――柳生? 聞き覚えがある声だけど――)

 少し首を傾け。

「美小夜さん……?」

「すぐ気づいて欲しかったけどね、そこは」

「――だって、眼鏡してないし。それに、」

「眼鏡のままでシャワー浴びないでしょ」

 呆れた声で、真紀の旧知の兵法者である柳生新陰流の神奈月美小夜は、溜め息吐きながら言う。

 そしてそのまま少し歩み寄り、「それ、よく見せて」と言った。それがなんなのかはすぐ解った。榊美緒に打たれた跡だ。

「いいよ」

「じゃあ遠慮なく――ふーん……跡はあるけど、呪詛みたいな匂いはあるけど……この程度、夜には消えちゃうわね」

 眼鏡をしていないからか、目を細めて真紀の肩にかなり顔を寄せてじっくり検分しだした。垂れた髪が肌に触れて、少しくすぐったかった。

「……美小夜さん、変わったね」

「何が? ――いや、みなまで言わなくていい」

 顔を離して、無意識に両手で胸を隠す美小夜。

(いや、そっちもそうだけど) 

 かつて一緒にいた頃には貧相だった肢体が、すっかり肉感溢れる大人のそれとなっていたのは、まあ確か今年で二十五歳なのだからさほど驚くことではないのだが、記憶にあるそれと一致していなくてすぐには解らなかった。

 だが、今真紀が「変わった」と言ったのは、体を特に隠そうともせずに裸のままで真紀に近寄り、髪か触れるまでに接触したことだ。

 かつての神奈月美小夜は、生真面目で恥ずかしがり屋で、同じく風呂に入っていても自分の体をできるだけ見せないように、触れさせないようにしていたのに。

(当然か。七年たつものね)

 同じ船から《魔法世界》に旅立った兵法者仲間の変化に、真紀は微かに苦笑する。そして突然、自分の裸をまじまじと見られているということが恥ずかしくなった。これでは以前とは逆だ。

「貴女は……全然変わってないわね。いや、胸、また少し大きくなった?」

「かな? 測ってないけど」

 あまり興味はないのだが、あんまり凝視されて嬉しいものでもない。

 真紀は振り返り、「先、上がる」と告げて立ち去ろうとするが、「待って」と美小夜に呼びとめられた。

「――今晩、暇でしょ?」

「そりゃあ……」

「いっぱい、付き合わない?」

 御法真紀はたいそう世間知らずで、人間関係には疎かったが、こういう時にどういえばいいのかはさすがに承知していた。


「――いいよ。付き合う」


 そういうことと、なった。

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