Act.3 講義と過去と決闘と。

01

 さて、御法真紀も『講武所』の師範であるからには講義の一つもしなくてはならない。

 というわけで彼女に割り振られたのは『対魔法戦闘講座』。

 なるほど、現存する兵法者の中でも対魔法戦において最も経験値の高い彼女ならではの講座と言えるだろう。

 彼女、御法真紀以上に『魔法』を相手にして戦った者などおらず、その全てに打ち勝った者などなおいない。一人で、あるいは軍務で《魔法世界》のあちらこちらに赴いた。その経験もまた貴重だ。彼女の《魔法世界》の思い出話を聞くだけでもこれから兵法者とやっていこうと志している者には有用であることに間違いない。

 ――とはいえ。

(自分みたいな兇状持ちの講座に来る人間なんて、そんなにいないだろう)

 というのが彼女当人の自己評価だった。

 あと、自分がどの程度有名なのかについても彼女はよく知らなかった。あまり興味がなかったと言ってもよかったが、真紀は自分の戦歴がどの程度のものと世間が評価しているのかも気にしていなかった。

 御法真紀にとって重要なのは、自分の力がどれだけ伸びるかだからだ。

 だから、最初の講義の時、ほぼ満室になっているのに真紀はビビった。全員が自分に注目しているのがまるで信じられなかった。


 ……この辺りの事情については、真紀は預かり知らないところで『講武所』内部で注目度が上がっていたことも述べなければなるまい。

 御法真紀が最初にやらかした第二食堂での事件――榊美緒、ティナの二人を胸で窒息未遂にしたことは、彼女が思っていた以上に『講武所』内部で話題になっていたのだ。

 何せ《魔法世界》出身の問題児であるティナ、神童の呼び声も高い榊美緒の二人をこともなげに封殺してしまったのである。一人だけならばともかく、二人同時に。それだけでも只事ではないのに、その上に神護寺明までも、こともあろうにデコピン一発で沈めてしまうだなんて……注目を浴びて当然だったのだ。

 そして新任として登録された師範の名前が「御法真紀」である。

 御法真紀の名は、兵法者の間ではある意味で禁忌となっている。三年前の行状はやはり衝撃的だった。強敵と戦うために、味方の支援を拒否してまで戦った狂戦士……そのように漏れ伝わる話は真実を反映しているがその全てではなく、憶測も入りながら次第に彼女を語るのも憚られる存在と変えていった。

 とはいえ、《魔法世界》を経巡り、多くの魔法騎士、戦士と戦ったと言われる大兵法者を、憧れない者もまたいなかった。

 報道管制の向こうから漏れ聞こえる冒険譚、活躍の数々は荒唐無稽で現実離れしていて、到底信じ難いものであったけれど、それゆえに刺激的で兵法者に憧れる者たちを魅了していた。

 そのことを、まだ『講武所』に通う者たちは覚えている。

 勿論、そんな話を真に受けてられるかとばかりに疑問視する人間はいて、御法真紀なんかたまたま《魔法世界》でも運良く勝ち抜けただけだろう、その話が大げさに伝わっているだけだ……運が良いだけで勝ち抜けるはずがないが、話は誇張がされているのは間違いない……とかはまだマシな方で、中には「御法真紀」は日本がプロパガンダのために作った架空の兵法者であると主張する者さえいた。

 そんな彼女が、『講武所』でも早々にやらかした彼女が注目を浴びないはずもなく。

 初講義には満員の人が集まるという事態になったわけだ。

 ちなみに、新任してからそこらをうろうろしている真紀をみんなが取り囲んだりしなかったのは、真紀の容姿があまりにも変貌していたために、「あれ」が「あの」「御法真紀」であるという確信がとれなかったからであるが。

 ネットその他で出回っている「御法真紀」の写真は、ボブカット、あるいはショートカットの世にも美しい女兵法者であった。

 少なくとも三年間髪も伸ばしっぱなしで手入れもしていないぼさぼさ頭の、前髪に目も隠れてよく見えない、なんか得体の知れない女ではない。

 講義室でこうして立っていても、「本当にあれが御法真紀?」とボソボソと呟きの声が幾つも湧いているのが聞こえた。

(なんかよくわかんないけど、疑われている……?)

 真紀はたいそう世間知らずで、ほとんど身を構わない女であった。かつては身ぎれいにしていたのは、師匠が「兵法者たらんとする者はあまり人を威圧したり、不快にならないようにちゃんと身支度をしなければなりません」と教えていたのを忠実に実行していたからにすぎず、今はそこらにほとんど手を入れていないのは、師範だのという慣れぬ仕事に脳みその大半のリソースを持っていかれているからである。

 人に指導する立場なのだから、それ相応の格好になるべき――というところまで、考えが至っていない。

 いずれその辺りに気づいて悶絶するのは必至である。

 というわけで、現在進行系で黒歴史を更新中の真紀であるが、「こほん」と咳払いしてから軽く自己紹介した。

 それだけで講義室がどよめいた。

 そうなのだ。

 今の瞬間まで、本当に彼女が「御法真紀」であることにみな半信半疑だったのだ。

(何この反応……)

 真紀は首を捻るが、まあいいかと思い直す。自分は自分の仕事をすればよい。

「えー、この講義は対魔法戦闘についてですが……皆様の中で、『魔法』を直接に見た人、使える人はいますか?」

 ぱらぱらと手が挙がる。

《魔法世界》との交流が盛んになって久しいが、まだまだ地球では『魔法』の遣い手はほんどいない。亡命者や旅行者、地球の兵法者に同様に修行にきている騎士などもいることはいるが、彼らだって好んで戦ったりもしない。むしろ、十人以上も『魔法』を直接見ている、知っているという人間がいるのが驚きなのかもしれなかった。

(ああ、あの子たちは当然か)

 一応は直弟子であるから、師範の講義にはでき得る限りはでるものである。

 だから、ティナと神護寺明も講義席の一番最初の段に座っていた。そしてティナはぶすったれた顔で手を挙げている。明も控えめに手を小さく挙げていた。

 真紀は頷く。

「はい、ありがとうございます。下ろしてくださって結構です」

 そして手をおろした面々を眺める。

「この中で対魔法戦闘を直接に行ったことがある人は?」

 さすがに、今度は誰も手を挙げて――ティナと、明が先程と同様に、そしてその二人の隣に座っていた、道着姿の少女が真っ直ぐに高々と手を挙げていた。

(この子は……先日の)

 榊美緒、という名前をまだ真紀は知らない。

 先日はティナとそう変わらないラフな姿であったが、今日は黒袴に白い道着という、稽古か試合でもする時のような格好をしている。

「下ろしてください。……三人もいるということに驚きました。まだ地球では『魔法』は一般的なものではありません。遣い手はまだ《魔法世界》出身の人間に限られているようです。理論上は地球人でも可能ですし、一部は使いこなせる者もいるという話ですが、私もそういう人間にはほとんど会ったことはありません」

 そこで言葉を切って、黒板に「小魔法」「大魔法」と書く。

「既に知っている方も多いでしょうが、改めておさらい代わりに解説します。『魔法』は『小魔法』と『大魔法』に分類されます。これは地球での呼び方で、現地では『小魔法』という呼び方はあまりされていませんでした」

 これは初期の翻訳事情による。より厳密に正しく伝えようとしたため、辞書的な分類である『小魔法』をことあるごとに使用していた結果、『小魔法』と『大魔法』の二つがあるという風に広まったのである。現地では『大魔法』は区別される特別なものであるが、それ以外はみんな『魔法』と呼ぶだけで、『小魔法』なんてわざわざ言わない。

『魔法』――――

 それは《魔法世界》の根幹であったと言っても過言ではなく、今でも多大な影響力を持つ。

 あの世界では少なくともあの衝突のときまでは全ての人間に、それが使えた。全ての人間が魔法使いだった。

 それゆえに、《魔法世界》と呼ばれていたのだ。

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