夢の惑い路

ユキガミ シガ

一、水辺の陣屋

 長閑な畦道を歩いている。天気は快晴。空気はカラッとしていて、時折強く吹く海風が心地よい。畦道の内側はすぐに狭い畑や、田んぼが並んでいて、反対側にも同じような土手と、その上に道が続いていた。二つの道の外側には疎らに木が生えている。その更に外側はどちらも海だった。

 普段、この道を歩くことはない。休んだ同級生の家にプリントを届ける為ここまで進んできたが、海にせり出したこのあたりまで来ることは本当に稀だった。

 舗装されていない道は足場が悪く、民家もまばらだ。何気なく進む先の方を見やると、この先は緩やかな上り坂となり、左手の低い位置にある畑の群れも終点を迎えるようだった。最後の畑のすぐ先が土手のように高くなっていて、歩いているこの道と反対側の道を繋ぐ畦道になっている。反対側の道の向こう側は畑と同じように切れ落ちていて、そこに古く小さな民家が二軒、並んでいた。さまざまな農具が置かれているところを見ると、畑の持ち主の家なのだろう。

 もう少しだ。と息を吐く。この坂を上り切って、反対側の道への畦道が交差する地点までくれば、少し下った先に目的のお屋敷が見える。そう思って、進んでいって「ああ」と気づいた。

 大きな水たまりが見えた。

 否、池、なのだろうか。遠浅の澄んだ水が海水なのかもよく分からない。対岸の畦道までの、今まで畑や田んぼがあった低地は土手を挟んだ先は大きな池のようになっていた。清く澄んだ水は底の砂の白を見通せる程で、水の深さは三、四十センチと言ったところ。空の色が反射して一面、目が覚めるような青をしていた。生き物の姿はなく、藻もなく、バリアリーフというか、ラグーンの様な遠浅の海を思い起こさせた。進行方向に目を向けると、池の水際で道は切れ落ち、代わりに丸太が一本渡されている。

 何とも危うい足元に思わず自分の履いていたローファーと白い靴下を眺めた。

 丸太の外側には水の中から木が生えている。外側はやはり海の様で、その眺めは兎に角綺麗だった。

 二、三メートルほどの丸太の端の先はまた少し坂になっていて、その先に大きな御屋敷が見える。

 躊躇しているうちにいつの間にか、髭を生やした男性が丸太の向こうに立っていた。あれよという間に渡りはじめる。勿論一方通行だ。待っているしかない。

 暗い色のスーツ姿の男は小走りになりながらわたってくる。黒い革のカバンを持っていた。

 男がこちらまでわたってきたところで小さく会釈をすると、彼はにこっと破顔して話しかけてきた。

「――ちゃんのお友達?」

 小さく頷くと男は頷き返しながら続ける。

「ここ大変だよね、いつも水没しちゃっうし」

 言われて目をやると、男が今しがた通ってきた丸太の道は水面から十センチほど沈んでしまっていた。

 再びローファを見る。男は背を向けながら言った。

「陣屋敷にはここしか道がないから、頑張って」

 水に足をつけるしかないようだ。なんとか言い訳できそう。

 私は喜んで、ローファーを脱ぎ、指にひっかけた。

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