デッドワールド

天羽日葉(あまのひよう)

プロローグ

 連日降り続く大雨。

 雲の中には蒼い稲妻が走り、窓を揺らす轟音を響かせる。


 ある日の深夜――1人の男性は自然の摂理を壊すものを開発する。


「素晴らしい。これで息子も……」


 この日、開発されたものは、万能寄生型ウイルス。

 投与すれば、めまいと貧血で一時的な意識障害を起こすが、その後は神経伝達を上昇させるだけでなく、悪性腫瘍を手術することなく完治させ、細胞の死滅さえも防いでしまう――万病薬にして不老の薬。


 どんな薬も使い方しだい。

 正しく投与すれば薬になるが、使用法を誤れば毒にもなる。


 その薬を必要としている者だけ使用するか。

 巨万の富のためだけに乱用するかも――所持者しだい。


「こんな悪天候の中で……俺のような新米研究者になんの用かな?」

「大祐さま。新型ウイルスを渡していただけませんか?」

「それは無理だ。これは、息子に剣道をさせるために――」


 落雷が室内に轟く音を遮断する。


「これだな。よし、戻るぞ」


 床に円く広がる赤い水。

 来客が居なくなった室内で、体を地面に伏せた大祐は、小さく細かい呼吸を続け、痛みに苦しむ姿を見せることなく、窓の外を見続けていた。


「大祐! 今の銃声は――大祐!?」

「あいつ等に……ウイルスが渡った」

「もう喋るな! 医者を呼んで」

「これを――息子に……」


 大祐が手渡したのは、持ち去られたウイルスとは違う色の液体。


「それと……お母さんが死んで……一緒に居てやれなかったが、愛していたと。血の繋がりはないが……俺の息子はお前だけだと――」

「それは大祐が直接言うことだろ! 俺との勝負はどうするつもりだ! このまま勝ち逃げするつもりか!?」


 大祐の体から円く広がる赤い水は、それ以上広がることはなかった。


 § § §


 それから3年後。

 嵐の夜に持ち去られたウイルスは悪用され、外の世界では無差別に殺戮を続ける人型の化物が支配していた。

 ウイルスに感染していない、わずかに残った人間は手を取り合い、拠点を築いて化物と闘っていた。しかし、数の多さに圧倒され、化物の数が増える中で、生存者の数は減る地獄の日々が続いていた。


「堅苦しい挨拶はいい。出て行くんだろう?」

「……お世話になりました」


 生存者が集う拠点から遠く離れた地下の研究室。

 この安全な場所から、自らの意思で出て行く青年の後ろ姿。

 地獄の世界に向かう青年の顔は、恐怖心など微塵もなく。なにかに対する憎悪と怒りの感情があらわとなっていた。


「父を殺された復讐か。自分を見失うなよ……大和」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る