1-5 冠に実る黄金の果実

 次に見た慕容廆は、金色に輝く冠をかぶっていた。


 冠といっても我々漢人がかぶる、髪と頭を包む冠ではない。慕容廆の冠は、頭より少し小さい輪っかの上に、樹木を模した角が隙間なく並んでいる。その樹木に実っているのは、丸く薄い金の果実だ。青銅で作られ全体を鍍金されたこの冠はまばゆいほどに輝いているが、なかでもこの黄金色の果実が歩くたびきらきらと揺れて輝く。私も文献では知っていたが実物を見るのは初めてで、その美しさにしばし見とれた。


「……ご存じかもしれませんが」


 乗り気ではない慕容廆はごく控えめに語った。「これが歩揺冠ほようかんです」


「私の曾祖父、名は莫護跋ばくごばつが、宣帝陛下の公孫淵討伐に従ったときのことです」


 と慕容廆は彼らの歴史を語った。


「当時、公孫淵の拠った燕ではこの歩揺冠がたいそう人気だったそうです。莫護跋は歩揺冠を初めて見て大層気に入り、自らかぶるようになった。故に、我らの一族は「ほよう」と呼ばれるようになり、やがて音が訛って「ぼよう」となり、我々は自ら「慕容」と名乗るようになった。……」


「さて」


 と慕容廆は不機嫌なまま言う。彼としては私が彼らの文化風習にしか興味がない上に、かなり興味津々といった顔で立ち入ってくるのがおもしろくないのだろう。彼は、厳しい環境で生きる彼らは、そういう腹の足しにもならないことに熱中するから漢人は軟弱なのだと思っている節がある。私も否定はできないが。


「ところで」


 明らかにこちらに興味をなくしたふうの慕容廆は、しかし一応、といった具合に私に聞いてきた。


「私に仕える気はありませんか? あなたにふさわしい身分を保障します」


 一応、という声が聞こえてきそうだった。私は少し笑いそうになりながら、いいえ、と答えた。


「そうですか」


 ではさようなら。


 といったあっけなさで、私と慕容廆の対面は終わった。


 棘城には漢人が多く住むが、なかには学識もあれば身分もある漢人もいる。略奪されてきたわけではなく、その多くは亡命者らしい。


 彼らが慕容をはじめ胡族に亡命すれば、好待遇を与えられるのが通常だ。放牧し交易しあるいは略奪し、常に移動する胡族たちは、何よりも情報を大切にしているからだ。学識と身分のある漢人は重要な情報源のひとつであり、胡族は彼らから情報を手に入れ、礼儀作法をはじめ対漢人用の交渉術を会得する。慕容廆の中華式の礼服も作法も、そういった漢人たちから教わったのだろう。


 だからこそ、彼は私の来訪に通訳も護衛もつけてくれたのだ。私が新たな情報その他をもたらさないかと期待して。


 しかし、私のような穀潰しではたいして役に立たないと判断されたらしい。まさか晋王朝からも胡族である慕容からも同じ評価を下されるとはさすがに思わなかったと、私は自分でも意味もわからずおもしろかった。

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