6話 研究には資金と国の許可が必要だがそれをとるのが難しい。でもリッチならいけるという回

「スケ……リッチ様、獣人どもの住居や生活について、どうなさるのですか?」



 ラボに帰っていた。

 整頓された白い空間で、リッチはよくリクライニングする椅子に腰かけ、一息ついている。

 さっき帰ってきたばかりなので、疲れているのだ。


 その横にはアリスがいて、透けてる青い彼女が『おずおず』という様子でリッチに問いかけていた。

 おずおずしていると『アリス』という感じが増すな――リッチはリッチ的感性でそのように思う。



「獣人どもの住居や生活?」



 リッチは首をかしげる。

 基本的に他者との会話は出任せでおこなうので、あんまり記憶していないのだ。

 アリスは『え、そんなにおかしい質問だった?』という様子で戸惑っていた。



「いえ、リッチ様が、先ほど、獣人どもに『三食昼寝付き生活』を保証したではありませんか」

「そうだったっけ」

「そうです。……しかし居住区や生活費などはどうするのかなと」

「……なんとかならないのか」

「……リッチ様」



 アリスは神妙な顔をしている。

 そして、『どう言おうか』とさんざん悩むように、長い間のあと、



「研究にも、生活にも、『予算』が必要なのです」

「予算!」



 リッチは眼窩をクワッと見開く。

 骨だけれど稼働するのだ。



「アリス、予算と言ったか!」

「え、ええ、申し上げましたが……」

「また予算か! 予算予算予算! 予算なんて概念があるから、ただの研究者なのに支援者を探さなければならず、研究したいだけなのに魔王討伐のパーティーに加えられ、その結果、研究できない日々を過ごすことになる! リッチは予算という概念が大嫌いだ!」

「なぜ人族側の視点で語られるのかわかりませんが……魔王軍とて台所事情はカツカツなのです。戦時中ですからね。三十名の獣人を世話する居住スペース、三食と昼寝をつける生活費……その他もろもろ、資金がございません」

「なぜ人も魔族も金がなければ生きていけないのだ! 金! 金! 金! リッチは金という存在が大嫌いだ! 欲しいけども!」

「嫌いと申されましても、現実で生きていくのですから必要です」

「……追加予算を申請できないのか?」

「使途不明だと突っぱねられます。『獣人を養いたい』と本営に申請しても、『なぜ?』という質問に答えられません。アンデッドはアホなのです。うまい言い訳など思いつきませんよ。リッチ様の存在を明かすことが可能ならば、また違うかもしれませんが」



 予想以上に現実現実した現実が立ちふさがっていた。

 予算。

 この概念にいったいどれだけ苦しめられてきたか!


 彼は『予算』『倫理』『常識』という概念が大嫌いだった。

 すべて死霊術の研究を邪魔し、発展を阻害する害悪どもだ。



「仕方ない。……リッチが出る」

「どこへ?」

「魔王様のもとへだ」

「……その存在を味方にも隠されるのでは?」

「しかし予算がない状況はどうしようもない。リッチが出るだけで予算が出るなら、リッチが出ないわけにはいかないだろう」

「いえ、リッチ様が出られても必ずしも予算が出るわけではありませんが……」

「だが希望があるなら、どんなにわずかでも賭けるしかない……リッチは『うまくやる』のが苦手だ。というか研究以外には興味がない……そしてアンデッドもアホとなれば、任せる相手もいないし……」

「……申し訳ございません……我らの知能が足りぬばかりに……」

「いや、アリスが悪いんじゃない。悪いのは『研究してるんですよね? そんなに頭がいいなら予算もご自慢の頭脳を使って捻出したらいかがですかぁ↑?』とか言う連中だ。研究に使う頭脳と! 交渉や経営に使う技能は! 別!」

「リッチ様が激しく怒っていらっしゃる……」

「……すまない。リッチは取り乱しました。これはよくないことだと反省します」

「い、いえ、そんな、私に謝られましても」

「……ともかくリッチが出る。リッチの存在が金になるなら、リッチはガンガン存在をアピールする……」



 こうしてリッチは苦渋の決断をした。

 すぐさま、魔王領内に『リッチ復活』の知らせが響き渡ることになり――



 黒い絨毯の敷かれた黒い空間にリッチは来ていた。

 魔王に謁見するための場所だ。


 そこは『謁見』以外の目的がなく、せいぜい一度に五人ぐらいしか利用しないくせに、広すぎる。

 予算のことで頭がいっぱいのリッチは、『こんな広い部屋を作る余裕があるなら、その資金を研究に回してくれよ』とちょっと的外れなことを思った。



おもてを上げよ」



 ひざまずかされたリッチとアリスに、重苦しい老人の声がかけられる。

 顔を上げる。


 すると視線の先には大きな大きな玉座があって、そこには玉座に負けないほど巨大な黒い影がある。

 魔王。


『人の十倍ほどある、闇をヒトガタに固めて作った角の生えた巨人』という容姿のそいつは、魔王軍のボスだ


 間違いなく重要人物なのに、周囲には魔王を守る兵や、補佐する文官などは存在しない。

 今ここでリッチの気が変わって魔王討伐に目覚めたらいけそうな気もする。

 予算が出なかったら選択肢の一つに入るかもしれない。



「……その姿、まさしくリッチ……おお、おお……懐かしい。本当に復活したとはな……クハハハハハ!」



 魔王の野太い笑い声で、謁見の間全体が揺れる。

 アリスはその迫力と震動に、顔を青くしていた――もともと青いので気のせいかもしれないが。



「死霊将軍アリスよ、少し外せ。リッチと二人で話がある」

「はっ! (……ええと、大丈夫ですか?)」



()内はリッチへ向けた小声とする。


 リッチは交渉が苦手なので、魔王と二人きりにされたってどうしたらいいかわからなかった。

 でも、パトロンになりうる相手が『二人にして』と言ってきたのだから、断るのは無理だろう。

 しょうがなくうなずいた。


 アリスが足音もなく玉座前から退出する。

 二人きりになった時――


 魔王が不意に、玉座から立ち上がった。



「リッチよ!」

「は、ははあ」



 なぜ偉い人に呼びかけられた時『ははあ』とか『はっ』とか言うのか、コミュ力のないリッチはよくわからない。

 しかしアリスもやってたので、真似して『ははあ』と言ってみた。

 口にしてもやっぱりよくわからない。


 魔王は――

 重苦しい声で、続けた。



「えっ、なにその態度? 他人行儀じゃない?」

「は?」

「いや『は』じゃなくてさ。もー復活するならするって言ってよね。こっちも準備とかあるって言うかあ」



 魔王は近付いてくるにつれ、その姿を小さくしていった。

 人の十倍ではきかないほど体積のありそうな闇の塊は次第に凝縮し、人間大となっていく。


 そして――

 水着みたいな格好の、細身の若い女の子の姿になった。


 髪は白く、肌は褐色。

 そして長いかぎ爪にはネイルアートがほどこされ、頭の左右に生えたねじくれた角は、デコられている。



「おひさ~」



 姿が変わったせいか、声も変わっている。

 妙に甲高い、舌足らずな、女性の声だ。



「……お、おひさ」

「やだもーリッチってばカタイ~! あー、わかった、あのネタっしょ? あの、ほら、『骨だからな』ってやつ?」



 魔王はベタベタとリッチの頭骨を撫でたり、頸椎をくすぐったりしている。

 距離感がわからない。



「あ、リッチってば、ひょっとしてアレ? 復活したての記憶混濁ってヤツ? あーはいはい。覚えてます覚えてますぅ~。そういや『あるかも?』とか言ってたよね~」

「……」

「自分の立場、わかる?」

「立場?」

「あたし、ボス」

「……」

「リッチ、裏ボス」

「裏ボス!?」

「そりゃ裏ボスでしょ。物理攻撃無効とか、そんなんボスなら勇者側も萎えて攻めてこないじゃん? 『魔王を倒したと思ったら物理と魔法に超耐性のある真のボスが出る。そうしたほうが絶望エネルギーの……』なんか難しいこと言ってたよね? リッチってば難しいことしか言わないんだから~!」



 やだもー、と魔王が親しげに肩を叩いてくる。

 昔無理矢理連れて行かれた、女の子がマンツーマンで接待してくれる夜のお店を思い出した。

 つまり苦手だ。



「で、今日はなに? あいさつだけ? それとも語っちゃう? 昔の思い出話とかしちゃう? 魔族の学校時代のさあ、ほら、あたし勉強とか全然できなくってあんまり接点なかったけどガリ勉だったリッチに勉強教わりに行ったアレ話し合う?」

「今日は予算がほしくて来たんだ」



 思い出話とか対応できないので、リッチは本題を切り出した。

 魔王はちょっと残念そうに「リッチは思い出話とか興味ないもんね~」と肩をすくめる。



「予算ね。はいはい。例の資金から出せばいいっしょ?」

「例の資金?」

「やーだー! もー、そんなことまで忘れたの!? 復活マジ半端なくない!? 記憶混濁しすぎぃ~!」

「そうなんだ。リッチも記憶混濁しすぎて困ってるっていうか」

「アンデッドは大変よね~。イェーイ!」

「いえーい」



 なぜかハイタッチを求められたので応じた。

 魔王はごそごそと胸の谷間からなにかを取り出す。



「はいこれ、宝物庫の鍵ね? 場所もわかんない?」

「リッチは今回の復活で記憶の多くを失っている」

「はぁ~? アンデッドマジヤバくない? あたしとの思い出もないの?」

「ごめんなさい」

「そっかぁ。ま、しょうがないよね。じゃ、また思い出積み重ねよ?」

「ああ」

「んじゃこの鍵ね。これ第七宝物庫の鍵で、宝物庫の中身はリッチの貯金だから」

「リッチは貯金をしていたのか」

「そ。ほら、医療系のヤツ? 魔王軍の医療設備はリッチが整えたじゃん? その利益は全部入ってるから」

「リッチが整えたのか」

「なんか回復系にハマってたころあったっしょ? そん時にさあ、あたしが『それ金になるんじゃね?』っつって……もー! 実際の利益構築システムとかあたしやってあげたじゃ~ん! 記憶失いすぎぃ~!」

「……経営、得意なのか?」

「は? あたしが何年財政破綻させずに戦争続けてると思ってんの?」



 そう聞くとすさまじく有能に聞こえた。

 リッチは経営などわからぬ身だが。



「も~! リッチってほんっと、昔からボケボケだよねぇ? ま、そういうトコがいいんだけど!」

「リッチは個性を大事にしてるからな」

「んじゃ第七宝物庫の場所はアリスにでも聞いてね? あの子昔っからリッチのあとをついて回ってたし、今も仲いいっしょ?」

「そうだったのか」

「あ、記憶混濁してんだっけ? ヒラゴーだったころとかもう、リッチの後ろをちょろちょろちょろちょろ……当のリッチは覚えてないのに健気すぎ? んじゃ、あたしも仕事あるんでそろそろ」

「ああ。……それと、獣人を三十名ほど連れて来たんだけど、ここで世話して大丈夫か?」

「はいはいかしこまり~。どうせまた変な実験に使うんでしょ? 領内で獣人見ても殺さないように通達しとくし」

「変な実験じゃない。これはささやかだけれど重大な一歩を踏み出すために必要な、秘薬作りの一環で……」

「あーはいはい。わかったわかった。リッチは昔から実験のこと話す時だけ人の顔見るよね~。んな専門的なこと言われてもあたしにはわかんねえっつーの! じゃね。今度ヒマんなったらサバパでもしよ」

「サバパ?」

「人族をサバイバルさせてる様子を見ながら酒とかお菓子とか食べるパーティーのことじゃん」

「そういえばそうだった」

「捕虜はだいたいそうやって消費しちゃうけど、回してほしかったら言ってね」

「わかった」

「んじゃね~」



 笑顔で手を振る魔王に見送られ、リッチは玉座の間を出た。


 資金がなんとかなってよかった。

 本当によかった。

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