第4話「trust」

「それでは私の部屋は隣なので、何かあれば来るように。本格的な調査は明日からにしよう。私はこの後、女将たちと軽い挨拶や事実確認があるので君は自由にしているといい。温泉にでも入ってきたらどうだ?ここは疲労回復に効くらしい」


部屋の前でそう言うと、双葉はれむに荷物を手渡した。

「は……はい。わかりました。じゃあ今日はお疲れさまでした」

「ああ。お休み。明日は早いからな。よく休むように」


そう言って双葉は隣の部屋のキーを開けて入っていった。

れむも自分に割り当てられた部屋に入る事にする。

「うわぁ、広っ」

部屋は横に広く、十畳はあるようだ。シングルで良かったのだが、生憎このタイプの部屋しかなかったようだ。


「ふぅ…。何か一人になると急に心細くなってきたかも」

れむはしぱらくの間、部屋のあちらこちらを見て回った。

だがじきにそれすらもつまらなくなり、他にする事もないので、ひとまず落ち着いて座る事にした。

窓際にある応接セットは趣のある陶製だ。

その椅子に腰かけ、れむは改めて広い室内を見渡す。

「所長は今頃依頼主さんたちとお仕事かな……」

思えばこんなに広い部屋に一人で泊まる事なんて初めてだった。


「普通はこういうところって家族で来るもんだよね」

心細さからか独り言が多くなる。

「ここって怪異のある旅館だよね……。もしかしたらこの部屋も出るかも……。う~ん、そういうばここの壁の染み、何かよく見ると人の顔に見えてきたよ~っ」


………ドンドンっ!


「うきゃ~っ!」

その時、突然どこからか何かを強く叩く音が聞こえ、れむは文字通り飛び上がった。

「どうかしたのか、れむっ…って、ドアが開いてるな…」

急にドアが開いて双葉が心配した顔で顔を出す。

「所長っ!」

タタッと走り、れむは双葉にしがみついた。

「今っ、今、今今今っ、ドンドンって、何か叩く音がしたんです!きっとあれが怪異ですよ」

それを聞いて必死な形相で自分にしがむつくれむの頭を撫でていた双葉の手が止まる。

「……………」

「所長?」

「………それは私が君の部屋のドアをノックした音だ。怪異なのは君のすぐに怪異に結びつける思考回路だ」

「うへ?」

「うへ?じゃないだろ。明日の事をまだ何も話してなかったから伝えに来たといのに……。君ってヤツは」

双葉はれむの身体を引き離すと、うんざりといった顔でため息を吐いた。


「結局こうなるのか」

ここは双葉の部屋。

中はれむに割り当てられた部屋と全く同じだった。

その部屋には何故かれむの荷物も置いてある。


「えへへ~。だって一人は怖いですし」

れむは照れ笑いほ浮かべながら、備え付けの茶器で二人分のお茶を淹れる。


……(怪異は怖いというのに、私と同室なのは何も感じないというのか……。まさかとは思うが、私は「父親」か「兄」扱いにされているのではないだろうな?)


思わずゾっとする想像をしてしまった双葉は、それを打ち消すように頭を振った。


それから部屋に運んでもらった昼食兼夕食を二人で食べ、それぞれ温泉へ浸かった後、ようやく落ち着いてミーティングをする事になった。


「……では先ほど伝えそびれた説明をするぞ。明日は午前八時には旅館を出たい。そして町へ下りて地域住民に例の「龍神様の祠」ついての話を聞き込みに行く。そして場所が特定出来れば調査へと乗り込む」


「ふぁ~い。了解です」


たっぷり年季の入ったちゃぶ台の上に調査内容をまとめた書類とノートPCを置いて、双葉はそれらを交互に見ながら家庭教師のようにれむへ説明する。


「聞いているのか?春日君」

れむは持参した菓子を摘みながら、聞いているのかいないのかといった様子で双葉の説明を聞き流している。

双葉がため息を吐いた。

「春日君、これは遊びではないのだぞ。そんな浮ついた様子だと後で痛い目をみても私は知らないぞ」

「分かってますって。所長。でも今日は色々あったので疲れたな~って…。ほら、あのワンちゃん連れた黒崎さんにも会いましたし」


その言い方では、希州はただの犬の散歩の途中で出会ったように聞こえる。


「………出来れば私の前でその名前を呼ぶのは遠慮してくれ」

「え~、だって「部活」の「先輩」だったんですよね?なのにどうしてですか」

「どうしても何も……。いや、それよりも明日は早い。とっとと就寝の準備をするのだな」


わざとらしいくらい強引に会話を打ち切った双葉は浴衣の裾を翻し、スッと立ち上がると部屋の入口まで歩いていく。

「ちょっ…所長っ!どこ行くんですか?ご飯ならさっき食べたし…。もしかしてまた温泉に行くんですか?」

「違う。少々明日の為に準備…をな」

何となく歯切れ悪くそう言うと、双葉は逃げるように部屋が出て行った。


「ちょっと~!所長っ、このまま帰って来ないなんてマネしないで下さいね。所長がいなくちゃこの部屋にあたしがいる意味ないんですからっ!」

再び一人になる恐怖の為か、れむは大声で怒鳴る。


…………効果覿面。


双葉はすぐに戻って来た。

「やっぱり帰って来ないつもりだったんですね」

「………君、本当に自覚がないのか?もしあったとしたら恐ろしい策士だな。思いっきり外に聞こえていたぞ」

ぜぇぜぇと肩を上下させ、洗い立てで半分乱れかかった色素の薄い髪を軽く後ろ

へ撫でつけた。

そして不機嫌そうにどっかりと座布団の上に腰を落とした。


「わかった。もう好きにしてくれ。私は今日はもうずっとここにいる事にするさ。君の望むようにね」

「良かった~っ。これで安心して眠れます」

嬉々としてれむは二人分の布団を勝手に敷いてしまった。


「………何が「安心」なのやら。やはり家族扱いなのか?」


うんざりと片手で顔を覆う双葉なのだった。

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