海が綺麗ですね。
とても『有名』なテニスの試合会場を通り過ぎ、橋を越え、
そこは全オタクにとっての聖なる土地。
年に二回開催される宴は多くの民を集める。
あの瞬間の高揚感。目当てのモノが買えるかどうかという緊張感をこの逆三角形をくっつけたような建物を見ると思い出す。
もうあの熱気を感じることが出来ないと思うとそれはそれで残念な気分だった。
そんな
たぶん二人でこうして夕焼けを見ながら歩くのは最後かもしれない。
そう思うとなんだか切なくもあったが寂しい顔をして彼女を困らせるのはごめんだ。
「なんか一週間ぐらいでしたけれど色々お世話になりました」
俺は可能な限り元気いっぱいな口調で切り出した。
「いえ、私こそ末松さんに色々お世話になりました」
彼女は歩きながら前を見て呟く。
「トラックから助けてくれたのもそうですが……いえ、なんでもないです」
彼女が言いかけた事が気になるが言葉を引っ込めたということは多分突っ込まないほうがいいのかも知れない。
俺はそういうこともわかる男なのだ。気遣い〇。なのにモテない。おかしいなぁ。
「海が綺麗ですね」
俺は思わず呟いてしまった。
これは決して夏目漱石の『月が綺麗ですね』のオマージュでは無い。
ほんとうにそう思っただけだったのだが自分で気づいた瞬間にとても恥ずかしくなってしまった。頼むから熊井さんはこれがオマージュかもしれないという可能性に気付かないでほしい。いや、まじで恥ずかしい。
俺の言葉を聞いて彼女は海の方に顔を向けて少し考えてから答えが返ってきた。
「夕日が沈む、今この瞬間が一番綺麗だと私も思います」
そういうと彼女は眼を細くして笑いながら俺のほうへ振り向いた。
その後は雑談をしながら二人でゆっくり歩いてまた再び観覧車の近くまで戻ってきた。
「私が最後に考えてたのはこの観覧車に乗りましょう!でもその前にご飯食べちゃいましょうかね」
女の子と観覧車に乗るなんてアニメの定番シチュエーションじゃないですか!二人で狭い密室かつ絶対に逃げることができないなんてそんなの……!!!
そんな妄想をしている間にも彼女どこでご飯を食べるか調べ始めていた。
俺はもう観覧車に乗るというワクワクが止まらずにそれどころではない。
アニメで見たことある定番は手を繋ぎながらキスするというものが多いぞ。
どうしよう。生まれて初めてキスしちゃうのかな。俺。
ドキドキがいっぱいで死んでしまうかもしれない。
もう文章自体がおかしい。ドキドキがいっぱいってどういうこと?
あー!もう!わかんない!
「レインボーブリッジを見ながら食べれるところがあるみたいですよ!駅の向こう側になってしまいますが!日曜日ですし空いてないないかもしれないですが」
空いてないかもしれない。その言葉を言う時の彼女はちょっとしょんぼりしてるような感じだった。
わざわざ調べてくれたのにそんな結末は嫌だ。お願い!神様!空いててくれ!俺は全身全霊を込めて祈った。
「ちょっと電話掛けて聞いてみますね」
そういうと彼女はお店に電話を掛け始めた。
はい、はいという言葉の後に彼女の表情がパァと明るくなった。
そして電話を切った瞬間に
「すごいですよ!たった今予約キャンセルが入ったらしくて席用意出来ますって言われました!!」
「ほんとうですか!めちゃくちゃラッキーですね!早速向かいましょうか!」
ありがとう。神様。あんまり神様とか信じてないけれどこの時は素直に神様に感謝した。
◇
「見てください!レインボーブリッジですよ!」
カラフルにライトアップされた橋を指さしながらテンションを高くして熊井さんは声を弾ませた。
席はやはり二席分。
今回は店員さんの反応を俺も気にしなかった。
最後の晩餐というべきだろうか。
よく言われる、明日世界が終わるとしたら何を最後に食べるか。
ありきたりな答えを言うのであれば好きな食べ物を食べるとかだろう。
死ぬ前までの俺だったらたぶんそんなありきたりな回答をしたと思う。
しかし今なら違うと言える。
今この瞬間を過ごしたい。たぶんそんな感じで答えるのではないだろうか。
食べ物ではなく、満足して最後の晩餐を過ごせるのであればそれは最高に幸せな晩餐になるのではないだろうか。
だから俺は今この瞬間が幸せだと言える。
「楽しいですね」
脈絡もなく俺が発するものだから熊井さんはとてもびっくりした表情をしたがすぐに笑顔になる。
「そう思ってくれたなら嬉しいです。さあ!ご飯食べたら観覧車行きますよ!」
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