側にいる事

 同じ空間で同じ時間を過ごすことが多くなった。


 秋が訪れる頃にはもう学校では公認の仲になっていて、二人でいても何も言われなくなった。


 俺と七海の間に特段変わった事は無い。

 凄く楽しくて凄く穏やかな日々を過ごしている。


 でも時々思うんだ。なぜ七海は俺の事を知っていたんだろう?

 あの日。

 初めて学校に来た日。初めて俺の名前を呼んでくれた七海はなぜ知っていたのか?

 未だに本人に聞けないままだ。

 でもそんな事をすぐに忘れるくらい今はこの時間が大切で、七海はもう俺にとって離したくない、離れたくない彼女ひとになってる。


 こんなことを思えるようになるなんて、あの日には考えられなかったのに…。


「 ねぇ勇樹? 」

「 あん? 」


 あんまり良いとは言えないけど、自転車をこぐ俺の後ろには七海が乗っている。

 ようやく体力もすっかり戻った俺は学校と相談して自転車通学に変えてもらった。

 実をいうと俺の家までは結構な距離があって、体力を戻すためとはいえ徒歩通学は少し辛かったんだ。その恩恵を受けているのが七海だ。俺の家の手前にある彼女の家に、いつも俺の後ろに乗って帰って行くことが日課になっていた。


「 いつから私を好きなの? 」

「 … 」


 まったくこいつはいきなりなんてことを聞いてくるんだ。

 しかも恥ずかしげもなく。


「 言えん 」

「 なんでよぉ~!! ずるいよぉ~!! 」

「 じゃぁ、七海は? 」

「 ん? いえなぁ~い!! 」

「 なんだよ!! 七海だって同じだろ!! 」

「 あはははははは。そだねぇ 」


 こんな話をしながら少しの時間だけど一緒に海岸線を走る。

 この感じが好きだ。


 でも後ろに乗って楽しそうに笑う七海がどんな顔をしているのかまでは気づけなかったんだ。

 この時の俺は自分の事しか考えられない、ただの舞い上がった子供だった。



 街にクリスマスツリーとクリスマスソングが流れ始める季節。

 七海と恋人になってから初めて迎える冬がやってきた。

 学校の中でも急激にカップルが成立していく季節でもある。

 俺のクラスでもその波はやって来ていて、誰と誰がくっついたとか別れたとかそんな話が日常会話の中にも聞かれ始めている。

 俺には七海がいる。

 そんな話は関係ないと外を眺めていた時だった。


「 聞いたか? 遠野さんが先輩から告られたらしいぞ 」

「 マジかよ!! でもよ、遠野さんは勇樹がいるからなぁ 」

「 でもあの先輩ってサッカー部でプロに行くとか噂あるよな!! 」

「 すげー!! やっぱり遠野さんっていまだに人気だよなぁ 」


 そんな会話が聞こえてきた。

 確かに七海は男子から人気があるのも事実。なんでもわざわざ他の学校からも一目見るために来ているヤツもいるとか。



「 ちょっと聞いてるの? 」

「 ああ? 聞こえてるよ!! 」


 今日もいつもと同じように後ろに七海が乗っている。

 この街には冬になっても雪が積もる事はめったにないけど、この季節はやっぱり寒い。自転車で通ってるのもこうした時間を少しでも無くしたくないからなんだけど、やっぱり周りの声が気になっていたりもして、最近はやけに気が経っている。そのせいか七海に対する言葉さえ少しきつくなってることは気付いてはいるんだけど。


 どうしようもなかった。


 心の焦り…なのかもしれない。



「 止めて!! 」

「 え!? なに!? 」

「 今すぐ止めて!! 」


 キキ―!!


 七海の訴えるような、その中に必死なような声に驚いて自転車を止めた。

 そんな声を聞いたことなかったから。

 いつも周りと笑顔で楽しそうに話をして笑ってる。


 それが俺が知ってるいつもの七海…。


 この季節の浜に吹き下ろす海風は非常に冷たくて体を芯から冷やしてしまう。

 自転車を降りた七海はそんな中を構わずに浜辺へと降りていく。

 俺も急いでその場に自転車を止めてその後をついて行った。


 ―――ざざーん

 ―――ざざざざー


 何度も寄ってきては足元の砂を抱いて去っていく波

 すぐそばに立つ七海の靴が濡れている。

 俺も黙ってその隣に並んで立った。


 何度も、何度も波は返って行く。


 その間も話すことなくただ静かに二人で太陽の沈む海を眺めていた。


「 ねぇ勇樹… 」

「 うん? 」


 小さく波にさらわれるくらいの声が七海から俺に向けられた。


「 側にいるだけじゃ不安? 」

「 え!? 」


 その横顔はなぜか悲しそうだった。


「 好きな人の側にいる。いま勇樹の側に私はいるよ 」

「 うん…そうだな 」



 太陽がしっかりと地平線に沈んで見えなくなって、冷たい風が吹き抜けていこうとも、俺と七海はその場で抱き合うように寄り添い、ただただ海だけを見ていた。

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