幕間 ヒントはどこにでも転がっている

※御厨教授視点


 ヴァレリーズに教えて貰った魔石屋は、商業地区の人通りが多いところに建っていた。魔石の売買は、ポピュラーな行為らしい。簡単に手に入れられるということだが、一方で、貴重な魔石は高い値段が付けられているはずだ。需要と供給だ。小早川の狸爺は、今回の王都遠征にあたって、私ではなく階に金を持たせやがった。チッ! お陰で魔石と魔道具の購入資金は銀貨五枚しかない。ま、こんな時のために、密かに貯めた資金も持ってきたから何とかなるだろう。


 店の扉を開けると、カランカランとドアベルが鳴った。地球あっちと同じだな。

「いらっしゃいませ。何かお探しですか」

 店の奥から、いかにも人が良さそうな男が現れた。

「あぁ、魔石についていろいろと聞きたくてね」

 そういって、男に丸めた羊皮紙の手紙を渡す。さすが高位の魔導士ヴァレリーズからの紹介状だ。慌てて引っ込んだ男が、でっぷりと太った男を連れてきた。

「店主のリンデンでございます。なんでもお聞きください」

「すまないね。なにせ魔石については素人だ。よろしく頼むよ」


 異界ここに住む者であれば、子供の頃から魔石を使うことを覚える。知識よりも感覚で。魔法を教える教育機関では、魔石を使いこなすための高度な知識も教えられるというが、私は一般的な知識さえ吸収できればいい。それと珍しいサンプルを持って帰れれば。


 店の中には、さまざまな色や形の魔石が並んで居る。サイズもさまざまだが、それほど大きなものはない。上客用に仕舞ってあるのだろう。

魔石これは、どこで取れるんだい?」

「小さなものですと川底からも取れますが、実用に耐えるような魔石ですと、山で採掘します。我が国の東には山脈が続いており、魔石は豊富に採掘できます。それから……」

 店主は少し言いよどんだ。

魔物クリーチャーズの死骸からも、魔石が採取できます。あまり喜ばれませんが、時に信じられないくらい魔力を秘めた魔石を取ることができるので、はい」

 そのため、魔物クリーチャーズの魔石を狙う、狩人ハンターと呼ばれる職業もあるという。ま、この辺の話は知っていたけどね。念のため聞いてみた。うん、信用できそうなので安心した。

「色と属性には関係があるって、聞いたんだけど?」

「はいはい。その通りです。それぞれの属性を表す色、火属性なら赤、水属性なら青、風属性なら緑、土属性なら黄、という具合です。色が濃い方が、その属性に対して強い反応をしめします」

 棚に置いてあった赤い魔石を手に取ってみた。何となく暖かみを感じるが、気のせいだろう。ん? そういえば。

「店主。黒い魔石と白い魔石が見当たらないのだが」

「お客様。黒は闇属性、白は光属性を表す色です。元々、見つかることは希なのですが、現代ではそれらの属性を扱える魔導士がおりませんから、売り物にはならないのです」

「つまり、五相、六相の魔導士がいないと?」

「えぇ、少なくとも王国我が国には」

 希に見つかる、ということは、属性自体は存在するのか。なら、それを扱える魔導士がいても不思議はないな。いない、というより見つかっていない、あるいは隠れている、隠している。なんの理由で? ふむ。興味深い。


 大きめの魔石を手にとって、店主リンデンに尋ねた。

「大きい方が、魔力は大きいのかい?」

「一概にはそうと言えませんねぇ。決め手は純度です。大きいと不純物が混ざることがおおいのですよ。そうしたものは、使える部分に小さく砕きます」

 それで大きな魔石が店頭になかったのか。

「魔石って砕くことができるのか……」

「もちろん。ですから、採掘の際には注意が必要ですし、大きいものを小さく割るには、熟練の技が必要です。その点、我が店には腕利きの土属性職人が揃っていますから」

「その作業を見せてもらうことはできるかい?」

「はい、構いませんとも。こちらへどうぞ」

 私は、護衛役として連れてきた横井一曹を伴って、店の奥へと進んだ。なるほど、店の一部が作業場になっているのか。何人かの職人らしき人間が、大きな魔石を前にして、先の尖った金属の棒を握っている。職人のひとりをしばらく見ていると、鉄棒の先をおもむろに魔石へとあてがった。すると、ポンという軽い音を立てて、魔石がいくつにも割れた。あぁ、棒を通じて魔力を注ぎ込んだのか。あんな使い方もあるんだな。村に帰ったら、アロイちゃんに試してもらおう。


「どうです? うちの職人の手並みは?」

「うん、すごいね。近寄って見ても?」

「もちろん」

 店主の許可を得て、私は作業台に近づいた。さっきまで一塊だった魔石が、いくつもの破片に分けられている。なるほど、上手いこと色別の塊にできるんだな。感心する。

 作業台に走らせると、指先に細かい魔石の粉がついた。指先についた粉を店主に見せる。

「この小さな欠片や粉みたいなものは、何かに使うのかい?」

「いえ、使い物にならないので、破棄してしまいますね」

「ふぅん……」

 私はしばらく考えた後、店主に取引を持ちかけた。

「この塵、私に引き取らせてもらえないかな?」


□□□


「教授、ここでしょうか?」


 私を先導するように歩いていた横井一曹が、ひとつの店を指し示した。魔石屋の店主リンデン氏に魔道具屋の場所を聞いて、ここにやってきたのだ。

店先には、様々な魔道具がディスプレイされていて、道行く人が手に取って眺めている。店先に並んで居るのは、アクセサリー兼用の結界系魔道具ばかりのようだ。私は、店の奥へと入ってみた。慌てて横井一曹が付いてくる。


 店は無人――の訳がない。魔道具で監視しているのだろう。私はゆっくりと、棚に並んで居る魔道具を眺めていった。魔道具は、術式を書き込んだ魔石を利用した道具だ。店先に並んで居たネックレスやブローチは、装着者が隠されたスイッチを入れることで結界が発動するしくみになっている。目の前にある、赤い魔石(つまり火属性)を組み込んだ棒のような魔道具は、強く握ると先端に火が点る。地球あっちにあるライターみたいなものだ。

 魔道具には実用的なものもあれば、そうではないものもある。たとえば、この妖精のランプフェァリーランタンという名前の魔道具は、スイッチを入れると空中に妖精の姿を映し出す子供向け玩具だ。妖精というより、ぼやっとしたエクトプラズム? ウィル・オー・ウィスプ? そんな感じだ。これで子供は喜ぶのだろうか?

 聞いたところに寄れば、異界この世界には妖精は実在するらしい。かつては人と共に共存していたが、徐々にその数を減らし、現在では見ることはない。絶滅したとも言われているらしい。だから、正確な姿ではなく、ぼやけた姿なのかもしれない。作者は妖精を見たことがなかったのだろう。


 ふむ。大体、魔石の利用方法と魔道具の基本的なしくみは理解できた。面白そうなものをいくつか勝っていけば、狸爺も納得するだろう。

 ん? これは何だろう?ひとつの魔道具に目が止まった。ろうそくの燭台に似ている置物で、円形に並べられた六つの魔石の中心に赤い魔石、火属性の魔石が置かれている。台座部分に嵌め込まれている小さな魔石がスイッチだろう。その魔石に触れてみると、六つの魔石がわずかに光を放ち始め、やがて中心の魔石に向かってゆっくりと光の粒が集まって行った。魔素マナが可視化されているのか? 眺めている最中も、真ん中の魔石に光の粒が吸い込まれていく。そして――ポン、と花火が空中に散った。それだけだった。だが、これは。


「店主! これを売ってくれ!」

 私は、どこかで見ているハズの店主に向かって、大声で叫んでいた。

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