第28話 これで何着目ですか?

「どぅおおおおおりゃああああああああああ――――っ!」


 気合一閃。あたしは高く高く跳躍する。刹那、ドラゴンの前脚が付近を薙ぎ払いながら地面を穿った。

 それだけでダメージ判定の出る衝撃波が生まれる。


 やっば!


 なんとかその範囲からは逃れたが、暴風に煽られてあたしは空中で回転させられる。


「「ぎゃああっ!」」

「ほめんっ! すふ戻ふはら!」


 当然、子供たちの悲鳴が上がる。

 あたしは素直に謝ってから空中で姿勢を取り戻して着地の準備をする。


「グォォォォオオオオオオンっ!」


 背後で、バカでかい咆哮が上がった。

 またもや風が乱れ、あたしはバランスを崩すが、なんとか着地!


 いってぇぇぇっ!


 足から全身に、刺されたような痺れが走る。あ、ミシってパンプスのヒールが悲鳴上げた。やば、やばい。これ以上壊したら怒られるっ!

 けど、それ以上に今は逃げないと!

 あたしは涙目になりつつも、また地面を蹴った。


「っでええええええええいっ!」


 轟音。割れる地面。飛び交う、岩石。

 空中じゃあ避けられないっ!


「後ろ、大きい!」

「わひゃっへふっ!」


 あたしは叫びつつ、咥えたハンマーに歯を立てて固定し、二回転。


「ふまっひゅ!」


 そのままハンマーに力を与え、飛んできた岩を粉砕する!

 衝撃がやってきて、反動に耐えきれずあたしは後ろ向きに倒れこむが、ぐるんと強引に一回転する。びりりっ、と、パンストが伝線した。


 あああ、だめぇっ。


 なんて嘆いてる暇もない!

 あたしは泣きそうになりながらも着地し、同時にまた地面を蹴る。


 なんの八艘飛びなんだ、これはっ!


 叫びたくなるのを我慢しつつ、どんどんドラゴンから逃げていく。

 けど、距離は離れない!

 このままじゃ、まずい?


「――まったく。アイっちは本当にトラブルをもってくるね」


 焦燥感が駆け抜ける中、いつもののっぺりした声がやってきた。

 直後、流星のような軌跡を描いた矢が、大量にドラゴンへ降り注ぐ!


 矢野だっ!


「ルガオオオオオオオオオンっ!」


 あがる激痛の叫び。

 同時に、矢野があたしをすれ違う。ヘイトを集めて気を反らしてくれるのか。


「足止めするから。とっととお荷物を安全圏にまで持っていって」


 あたしはこくりと頷いてから加速した。

 髪がふり乱れても、スカートのスリープがぴりって破れても、ジャケットがボロボロになっても。なりふりなんて構ってられない。

 後方で凄まじい戦闘音。

 いくら矢野でも、サウザンドを相手にソロで挑むなんて無謀。早く駆けつけないと。


 それにしても、助かった。矢野が来てくれたなんて。


 予想していなかっただけに、びっくりだ。でも、それにほっとなんてしてられない。

 あたしはスタミナを使い切る勢いで町の入り口にまで移動し、迎えに来ていたミランダたちに後を任せてから踵を返す。

 また地面を蹴って、強引に接近していく。


 視界の先では、激しい光芒があった。

 

 って、ええ、サウザンドドラゴンが押されてる?

 さっきから、ドラゴンは攻撃を喰らってばかりだ。いや、っていうか。あちこち傷だらけじゃない? 今にも倒れそ……


「グオオオオオオオオオオオオ………」


 え、ええ、えええええええええええええ。


 盛大な音を残して崩れ落ちるサウザンドドラゴン。残ったのは土煙と、この短時間でめちゃくちゃボロボロになった様子の矢野。

 あれ、絶対ドラゴンブレス何回か喰らってるわね。


「ちょっと、大丈夫!?」


 音を立てて着地すると、矢野がゆっくりとこっちを見た。頭を切ったのか、流血してる。


「あーアイっちだ」

「ちょっと、ふらふらじゃない! 今すぐ回復魔法を!」


 あたしは言いながら手に魔力を集め、回復魔法を発動させる。

 回復量が多い魔法だと、遅効性が多いので、即効性のある少量回復を連続使用する。危機を脱したら回復量の多い魔法に切り替えだ。


「大丈夫じゃないわね、これ」

「アイっちが逃げるとこ見てたよー。へへ、相変わらず女子力皆無だったね。あんなガニ股で着地するなんて」

「スカートの下覗いた奴は滅びろって思ってるから」

「それ言えるの実はすごいからね」


 確かに、割と女子力を無視してる気がする。

 けど、そんなの、人の命とはかえられないじゃないのよ。女子力振り撒いて誰かを助けられないのなら、あたしはそんなもんドブ川に捨てる。嘘。ちょっと棚にあげとく。後で回収するから。


 っていうか、回復が遅いわね。


 あたしは気になってサーチをかける。

 すると、出てくるわ出てくるわ、状態異常の山。

 猛毒に回復遅延、麻痺、体力半減、機動力半減――……本当に立ってるのが不思議なくらいじゃないのよ! なんで言わないかな!?


 叱りたくなるのを我慢し、解毒や状態異常解除の魔法をかけていく。

 FFWが厄介なのは、この状態異常にレベルがあることだ。魔法をかければレベルが下がっていくのだが、複合的な状態異常を解除する系の魔法は、そのレベルの下がり方が穏やかなのである。

 頭の中で解除の優先順位を考えて魔法を色々と駆使してやらないと、マジでヤバい。


「っていうか、本当に無茶しすぎ」

「うん、僕もそう思う。痛い。ちょっと強くなったからイケるかなって思ったけど」

「ドラゴンは無理でしょ……」


 この世界の最上位存在だぞ。

 しかもソロって。


「よし、これで状態異常は解除、と」

「……すごい手並みだね?」

「おかげで魔力がガリガリ削られております」


 自慢じゃないが、あたしはガチ攻略組の治癒師ヒーラーとして活躍していたのだ。これぐらいは出来なければやってられん。深層とかいったらエグいもの。


「そっか。良かった、アイっちで」

「……何が?」


 主語がないと分からんぞ。

 思いながら問いかけるけど、矢野は小さく微笑むだけだった。


「ううん、なんでもない」

「何よそれ。もう」

「あーでも疲れた。本気で疲れた」


 そりゃそうとも。

 あたしは回復魔法を何度もかけながら頷く。ドラゴンだぞ、ドラゴン。あー、ここ骨折れてるんじゃない? こっちを優先しなきゃ。っと、こんなもんか。

 とりあえず応急処置を終え、全身を包む回復魔法をかける。

 すると、心地よいのか、矢野がうつらうつらし始めた。


「って、ちょっと?」

「……うん」


 慌てて窘めるけど、遅かった。

 ぽてん、と、矢野はあたしに倒れこんでくる。反射的にキャッチすると、矢野はあたしの肩に頭を乗せて、すーすーと寝息を立て始めた。


 え、えええ。


 寝落ちか、寝落ちっすか。

 いや、気が緩んだだけなのかもしれないんだけどさ。


 とはいえ、このまま突き放すのもなァ。頑張ったもんね、あんた。


 あたしは背中に手を回して、すっかりくしゃくしゃになった髪を撫でてやる。


「――お疲れ様。カッコよかったぞ」


 そう労ってから、少しだけ撫でて、そっと離す。

 悪いが、ゆっくりしてやれる時間がない。交流会があるのだ。


「ほら、起きなさい。交流会に戻るよ」

「……たっぷりご飯食べたい」

「分かった分かった。いっぱい作るから、いっぱい食べな」

「分かった。じゃあ戻る」


 なんでか子供の用に口をすぼめつつも、矢野はそう答えた。

 まったく。

 あたしは矢野に並んで、背中を軽く叩く。笑顔を乗せて。


「ほら、行くよ?」


 すると、矢野がようやく少しだけ笑った。


「……たまにだけど、アイっち、女の子っぽい」

「おい待てそれだと普段が全然ちゃうみたいやないか」

「えっ、自覚ないの?」

「ちくしょう! あるわよ! ありまくりますとも! 女子力かなぐり捨てるイベントばっかだからなここ最近!」


 真顔でツッコミをいれられて、あたしはたまらずそう叫んだ。


 ちくしょう。どっかに女子力転がってませんか。

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