第10話 よし殴ろう。

 老年が持っているのはタブレットだ。さっとその画面を見せてくる。

 動画?

 ん、んー、これは……?


 あたしは笑顔を浮かべてから硬直した。


 あ、あれー。

 その動画で暴れようとしているの、今朝方仕留めたはずのドラグサイノさんじゃないっすかね? なーんでまた動いてらっしゃるのかしら。


「腐食して再魔物化……アンデッドになっちゃったのねぇ」


 つぶさに観察していた新庄課長は、何故か目をキラキラさせながら、一応口を手で覆っていた。

 でも分かる。あれ、絶対笑顔だわ。

 ツッコミを誰も入れないのは、優しさなのか、恐怖なのか。


「たった今さっき――二分ほど前の映像だ。緊急出動してくれるな?」

「分かりました」


 即座に全員が立ち上がる。

 空気が一変する中、あたしは違和感を覚えていた。


 いや、確かに緊急事態なんだろうけど。


 でも、おかしいじゃない。

 確かにFFWにおいて、倒した魔物がアンデッドになる可能性がある。でもそれは、周囲の条件によって変動があって、初期位置でアンデッド化なんてまずありえないし、何より、スピードが速すぎる。

 まるで、何かが――。


「とにかく対処しましょう。アンデッド対策の武器の装備を用意して」

「了解」


 早速、上道係長が動いて指を動かす。

 アンデッド対策か。

 あたしの場合、それは必要ない。職業的に、回復魔法を使うだけでアンデッドを死滅させられるからだ。


「あー、課長、それ、必要ないっす。このヒトに任せておけばオールオッケー」


 進言するより早く、矢野があたしに指を向けた。


「この人――アイっちは治癒術師ヒーラーだから。ハンマーぶん回しちゃうから(物理)がつくけどね」

「それは余計だ、それはっ!」


 自衛力を身に付けようとした結果だってぇの!

 噛みつくように睨み付けると、矢野は早速両手をホールドアップした。


「ヒーラー、とは?」

「回復魔法の使い手のことですわ、副町長。彼女の魔法は、アンデッドに対して非常に有効なのです」


 首を傾げる老年──副町長が首を傾げるのを見て、新庄課長がフォローする。

 なるほど、一般人か。

 っていや当然やん! ここ役場! そのナンバーツーともなれば、一般人で当たり前!


 謎の理解にセルフツッコミしつつ、あたしは頷いておいた。


「……とにかく、彼女がいればなんとかなるのか?」

「そこは彼女の強さ次第ですが」

「一応、回復魔法は一通り使えます。なんだったら浄化魔法も」


 上道係長に続いて、あたしは申告する。


「ならば、赴任早々申し訳ないが、対処に当たってもらう。あれだけ町に近い場所で、あんな巨大な魔物……住民たちの混乱が推し量れる」

「承知しました。茜ちゃん、行くわよ」

「はいっ」


 早々に歩き出した新庄課長の後を追いかける。上道係長と矢野も一緒だ。

 あれ、そういえば小田くんは?

 視線を一巡りさせるけど、影もない。


 けど、いつまでも気にかけている暇はなかった。


 新庄課長に引き連れられて向かったのは、役場の裏手──駐車場だ。

 まさか車!?

 って思ったのは束の間。


「じ、自転車なんですね……」

「見ての通り、車なんて一台もないよ」


 がらんとした駐車場を指さして、矢野は自転車にまたがった。

 車があれば色々と便利なんだけど、さすがにそれは許されなかった形か。それでも走るよりかは遥かに上等だし、速いはずだ。


 うん、贅沢は言えないわね。


 あたしも自転車にまたがる。手入れはしっかりしているようで、ペダルが軽い!

 ちょっと感動していると、視界に半透明のメッセージウィンドウが小さく展開された。


『小田です。畑に被害が出ている模様です』


 同時に声もやってくる。音声通信か!


「小田っちはアカウントこそ持ってるけど、超低レベルっていうか、レベル1だから、戦力にはならないんだよね。でも」


 矢野が教えてくれる間にも、ウィンドウに情報が出てくる。

 周囲の被害情報、マップ環境、そしてアンデッド化したドラグサイノの詳細なデータ。


 す、すごい……!


 どこからそんな情報を!

 それもこんな短時間で。信じられないわ。


「情報収集能力はチートレベルなんだよね」

「ま、まさか激レア職業の、情報解析屋アナリスト?」


 矢野は頷いた。


「攻略組には、戦闘もこなせる情報解析屋アナリストがいたから連れていかれなかったんだけどね」

「そ、そう……」


 さすがガチゲーマーの集まり、ゲーオタ課っていうべきなのかしら。

 とはいえ、この情報はありがたい。弱点までしっかり明記されている。アンデッドになられると、弱点の場所が変化するのがネックなのよね。


 けどそれが改良された以上、容赦なく攻撃するだけ。


「やあやあやあ! なんだか事件が起きているようだねぇ!」


 脳内で作戦を考えていると、並走してきたのは他でもない、町長だった。

 え、何このすっごい爽やかな笑顔。

 しかも凄い勢いで。


「町長っっ!」


 刹那、電撃を落としたのは他でもない、副町長だった。彼は凄まじい勢いで自転車を漕ぎながら町長に追いつく。

 おお、とても老年とは思えない健脚っぷり。


 慄く合間に、副町長は町長の真横についてたっぷりの笑顔を浮かべた。


「なぁぁぁぁぁんでここにいらっしゃるんですかねぇえええええええええ」

「よし落ち着こう、冬つ」

「私はアニメのキャラクターではありません」


 即座に否定を一発入れてから、副町長はさらに詰め寄っていく。


「まず、何をしていらっしゃるので?」

「いやあ、外で大変なことになっていると聞いてね。それでいてもたってもいられなくてね!」

「それってつまり野次馬ってことでは?」

「ぐっ!」


 副町長の鋭すぎるツッコミに、町長はぎくりと顔をひきつらせる。

 分かりやすいくらい図星ってやつね。


 立場的には町長の方が上なんだけど、こうして見ると親子みたいなのよね。もちろん副町長が親。

 実際、町長はダンディだけどかなり若い。ニュースか何かで観た覚えがあるのよね。

 一方ではかなりやり手、一方では使えないグズって評価が二分されてるけど。


「町長! あなたは今日やるべきことがあるでしょう、ちゃんとそっちをしなさい」

「ちゃんとするとも! だが、だがっ! それでも男にはやらねばならぬこともある!」

「やらねばならぬこと?」

「私が手間暇かけて作ったゲーオタ課の活躍の場面だぞ! みたいに決まってる!」

「アホかあんたはっ!」


 副町長は拳を振り上げて激昂した。さもありなん。

 二人はとうとうギャーギャー言い合いを始め、自転車の速度を緩めていく。


 もちろんそれに付き合うつもりはない。無言のアイコンタクトを交わし、あたしたちはさっさと現場へ向かった。



 ◇◇◇◇◇



「《エクストラ・ヒール》」


 悲鳴も何もなく、でっかいアンデッドになったドラグサイノは再び倒された。

 今度は骨も残さない浄化で、キッチリ消えるのを見届けた。


「ふう」


 回復魔法を連打したせいか、少し疲労感があった。うーん、ゲームではこんなことなかったけど、リアリティがあるわね。

 額に浮かんでいた汗を拭うと、矢野がタオルをトスしてきてくれた。


「さすがの野獣も大技の魔法使うと疲れるんだね」

「たった今元気になった。あんたぶちのめすくらいには元気になった。だから殴らせろ」

「どうどう、どうどう?」

「なんでちょっと戸惑った感出しながら宥めてんだ! っていうかあたしは馬か何かか!?」


 傾げられた首に掴みかかりながら怒ると、笑い声が上がった。

 課長、じゃあない。

 見上げると、辛うじて安全地帯と言えなくもない場所で観戦していたらしい、町長と副町長だった。何故か町長の顔面は腫れていて、副町長は呆れているけど、ツッコミを入れない方が良さそうね。


「さすが期待の新人、相沢クンだねぇ! いやぁ見事見事! さすが野獣!」

「落ち着いて。彼、町長だから」


 すかさず身体が動きかけたあたしを後ろから束縛したのは矢野だった。

 くそ、なんか行動パターン見破られてないか?


「君が活躍してくれれば、部族の面々と町民たちとの仲がすぐに良くなるだろうから、これからも期待したいってトコだけどぐぇっ」


 町長はゆっくりとこちらに歩もうとして、副町長に首根っこ掴まれて阻止された。

 いや、そりゃそうだ。

 この人のスキル。外に出しちゃいけないヤツ。


「ねぇ、人の見せ場を台無しにしないで!?」

「町長の面目より町が大事ですから」

「クソ正論だね!」


 町長は吐き捨ててから、またあたしに視線を戻す。


「まぁ、あれだよ。我々としては、君たちと一緒に過ごしたい。だから、町民の方々にちゃんと説明しないといけないわけだ」


 それは理解できる。

 あの子たちは先住民みたいなものだし、生活文化の面でも大きく違うはずだから。


「と、いうことで、あれだ」


 町長は指を一本たてた。


「交流会、しよう」

「交流会?」

「そうだ。親睦会と言っても良いね。あ、ところで気になってたんだけど」


 その指を、町長はあたしに向けた。


「なんでそんな面白い格好してるの?」


 よし殴ろう。

 あたしは決意した。


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