卓を囲む者ども

「うっは。冴月晶とは、こりゃまたとんでもねぇカードを……っ」

 それは素直な驚嘆の言葉だった。


 その日、一〇月四日。秋晴れの日曜日。

 俺は、県民産業会館で開催されたワイズマンズクラフトのイベント大会に参加していた。


 大型の物産展も行われる広い会場にはずらりと長机が並べられ、県内外から集まった数百人のプレイヤーたちが、白熱のバトルを繰り広げている。


 そして、俺も、いよいよ勝負所を迎えていた。


 トーナメント戦に挑戦した俺は、毎度毎度ギリギリの勝負をくぐり抜け、いつの間にか準決勝に進んでいたのである。三回戦止まり常連の俺が、頂点に手が届く位置にいることなんて滅多にないことだった。


 優勝すれば、『直筆サイン入りのスペシャルカード』が手に入る。

 そうだ。このイベント大会は、とある『スペシャルブースターパック』の発売を記念して日本各地で開催されているものだった。


 世界的アイドル事務所“サウスクイーン”とのコラボパック。


 日本でも絶大な人気を誇る妙高院静佳を筆頭に――

 アンリエッタ・トリミューン。

 クリス・キネマトノーマ。

 フェネラ・ハイウォーカー。

 リタ・バレンタイン。

 高杉・マリア=マルギッド。

 冴月晶。

 レディ・サンタクロース。

 悠木悠里。

 矢神カナタ。

 ――その他、三〇名の超絶美少女たち。


 そんな全世界的に有名な女性アイドルたちとワイズマンズクラフトの奇跡のコラボレーション。なんと、アイドル一人一人がワイズマンズクラフトの世界観に似合うようにキャラ付けされてカード化されたのだ。


 ちなみに、妙高院静佳は聖剣を持つ勇者役。

 ビキニアーマーにマントを羽織っただけというやたら露出度が高い姿でイラスト化されたせいで、カード価格が高騰しまくっている。今ならどこのカードショップだって五万円前後の値札を付けているはずだ。


 そんな今をときめくトップレアが、今イベント大会の優勝賞品となっていた。

 しかも、妙高院静佳の直筆サイン入りで、だ。

 誰だって欲しがる。万が一にもネットオークションに流出すれば、一〇〇万円の大台に届くかもしれない。


 だからなのだろう――俺が出場しているトーナメントは、緊張感が半端なかった。


 勝利のみを強烈に追求した『ガチデッキ』が横行し、“真実の姫騎士 アンリエッタ・トリミューン”と“勝利の射手 クリス・キネマトノーマ”、そして“聖痕の獅子 妙高院静佳”ばかりが俺の前に立ちはだかるのだった。


 今回の対戦相手も“勝利の射手クリス・キネマトノーマ”をメインに使っている。


 サウスクイーンアイドルとのコラボ商品のくせに、この三人をモチーフとしたカードの性能は、ワイズマンズクラフト全カードの中でもずば抜けていた。しかも弱点らしい弱点がない。

 いくらこのトーナメントの参加条件が『サウスクイーンアイドルコラボパックのカードを採用したデッキを使用すること』だからとて、大多数の参加者がこの三枚のカードをメインに据えたデッキを使ってくるとは思わなかった。


 ……ファンだからと“千刃の舞姫 冴月晶”を使ってる俺の場違い感が凄い……。


「まさか、それ、お兄さんの切り札です?」

 俺よりもいくらか若そうに見える小太りの対戦相手の声には、かなりはっきりとした驚きが込もっていた。


 俺は、「ええ、まあ。うちのフィニッシャーです」と愛想笑いを浮かべるばかりだ。


「すげぇ。そのカードをここで見るとは思ってなかった……そんな、召喚コストの割に使いづらいカード……マジかぁ、イラストが良いだけだと……」

「まあ、能力の発動条件も特殊で、専用デッキ組まなきゃいけないですしね。それじゃあ刀剣型のカード三枚を破棄して、“千刃の舞姫 冴月晶”の能力使用で。“勝利の射手 クリス・キネマトノーマ”を指定しますが、どうですか?」

「えっと――失礼。どんな能力でしたっけ?」

「指定したキャラに剣撃ダメージ一五点、これで指定したキャラが死亡すれば、さらにプレイヤーに一五点」

「うぉぉぉ、それは無理。そのまま通せない。ええと、通せないし――“信仰の護符”で剣撃ダメージを無効化したいです。アイテム使用枠はクリス・キネマトノーマから」

「あー、御札持ってましたかー」

「いやいや、運良くっすよ? 序盤に一枚使わされてましたから、さっきのターンでドローできてなかったら今ので決まってました。ええと、冴月晶自体のアタックは、“聖堂の見習い騎士”で受けます」

「うぅむ…………追撃しても、決めきれない、ですねぇ……で、次のターンはキネマトノーマが蹂躙してくる、と」

「観念してターンエンドします?」

「……ターンエンドはするしかないんですけどね。もう少し頑張ります。割と諦め悪いんですよ」


 しかし、努力もむなしく、俺は次のターンを耐えきることができなかった。

 “勝利の射手 クリス・キネマトノーマ”の圧倒的なカードパワーに、残りのライフポイントすべてを奪われてしまったのだ。フィールドも更地にされた。


「――それじゃあ俺の負けで。ありがとうございました」


「あっした。冴月晶、勉強になりました」


 ベスト4。

 ベスト4だ。三〇〇人を優に超えるトーナメント参加者の中で四番目。しかも、特別な幸運に恵まれたわけでもなく、使えないと揶揄されている“千刃の舞姫 冴月晶”のファンデッキで。

 悔しくないわけではない。しかし悔いはなかった。


 テーブルに広げたカードを片付けながら――準決勝敗退なんて出来すぎだな。今日の俺は冴えまくってた――なんてことを思ってにやけそうになる。


 上位入賞者には副賞とかないのだろうか。ここでしかもらえないプロモーションカードとか。


「いやー、あと一歩でしたね。本当に惜しかった」


 顔を上げれば、コスプレをした女性司会者にマイクを向けられていた。

「うぇ?」

 変な声が出た。


 そうだ、そうだった。ベスト8が出そろった準々決勝から、それぞれのテーブルに司会進行役のコンパニオンが張り付いていたのだった。


 にしても、この司会者さん……”龍姫ドラニーニャ”のコスプレだろうか。両肩と太ももをさらけ出した改造巫女服などという露出度の高い衣装を見事に着こなしている。どこかで見たことがある顔だし、有名なコスプレイヤーさんなのかもしれない。


「情報によると“千刃の舞姫 冴月晶”を使用したデッキは、“いずみん”さんだけだったみたいです。なかなか使いどころの難しいカードという評価ですが、デッキを組み上げる時に気を付けた点はありますか?」


「あ、いや……」


 おいおい。なんで俺なんかにインタビューしてんだよ。勝った人に決勝戦への抱負でも聞いてくれよ。

 そんなことを思うが、すでに注目の的になってしまっていた。


 俺は壇上に座っていたのだ。


 会場の中央に組まれた特設ステージ――そこで、卓上を大型スクリーンに映し出されながら戦っていたのだ。

 そして、その映像は、全世界に向けてネット配信とかもされているのだった。


「いかがでしょう? 千刃の舞姫は使ってみたいけど、難しすぎてデッキが組めない! そんな全国のプレイヤーに向けて、是非!」

「えーと……それならやっぱり、刀剣型カードの枚数バランスですかね。多すぎると腐るので、俺は一〇枚が限界だと思ってんですけど」

「冴月晶ちゃんに伝えたい思いはありますか!?」

「え? あ……応援、してます……」

「ありがとうございました! 残念ですが、凄腕の冴月晶使いは準決勝で敗退。大多数のプレイヤーさんの予想通り、決勝戦は妙高院静佳デッキとクリス・キネマトノーマ・デッキの対決となりました! それでは勝者は決勝卓への移動をお願いします! ワイズマン、ゴー!!」


 うぉおお……めっちゃ注目されてしまった……早く消えてぇ。

 そう思って、そそくさとパイプ椅子から立ち上がった俺。


 その瞬間にまばらな拍手が聞こえた。「よかったぞぉ! 愛に溢れたナイスファイトありがとう!」なんて小っ恥ずかしい声援も。やめてくれよ。最近のカードゲーマーは無駄に声がでかいな。


 できるだけ周りと目を合わせないように、ヘコヘコと頭を下げながら壇上を降りる。

 デッキの入った手提げカバンを小脇に抱え、人混みに紛れた。

 広い会場の壁際に到着したところで一息つく。

 あとで大会スタッフさんに四位入賞の賞品はないか聞いてみようかな。


 そんな時だった。


「いやぁ、さっきのおっさん、やばいわ。冴月晶の召喚決めたところは、さすがにちょっとだけしびれた」

 いきなり真横から聞こえた声に、俺の肩が跳ね上がったのは。


 おそるおそる視線だけを動かせば、多分高校生ぐらいの二人組が大声で話していた。

 会話に夢中になっているのか、すぐそばに話題のおっさんがいることに気付いていない。


「それまでが無理すんなジジイって感じだった分な」

「何枚逃げ札握ってんだよと思ったね。バトルキャンセルしすぎだって」

「クリスたん相手にあそこまで展開を遅延させたのはやべぇ」

「俺も晶デッキ作ってみよっかな。タケちゃんの方で余ってね?」

「余ってる余ってる。クソ余ってる」

「三〇〇円でどうよ? ショップのシングル販売だとこれくらいっしょ?」

「一応ウルトラレアじゃん。四〇〇は出して欲しいぜ。それか静佳様をトレードしてくれんなら、晶ちゃん三枚と他のデッキパーツも大放出すっけど?」

「いやいや、タケちゃん相手でもそれはないわ。静佳様は手放せねぇよ」

「まあ、冴月晶とか使っても勝てそうにないしね。やっぱガチでデッキ組むならアンリエッタかクリスたん、もしくは静佳様でしょ」

「実物の冴月晶はめちゃ可愛くて人気そこそこなのに、ワイクラでの扱いが酷すぎて泣ける」

「イラストの露出度が高かったら、まだ使い道はあったんだけどな」

「トレードの玉?」

「まぁね。性能的にはクソカードでも、ドルオタには売れそうじゃん。そしたらオークションに流すのもありだろうし」


 おい。タケちゃん、いくら何でもそれは愛がねぇよ。


 大人げなくムッとしてしまった。

 確かに“千刃の舞姫 冴月晶”は使いにくいカードではあるが、使えないカードではない。クソカードに見えるのは、俺を含めたプレイヤーたちにあのロマンカードを使いこなす能力と幸運がないからだ。


 くそぅ。俺にアニメに出てくるプレイヤー並の引きの強さがあれば……っ!! 冴月晶の強さを証明できるのに……っ!!


 今の俺は、高校生の言に心を乱される気持ちの悪い中年男だった。


 ワイズマンズクラフトの“千刃の舞姫 冴月晶”だけじゃない。実在のアイドル・冴月晶にも、それなりにご執心。

 何がきっかけであの美少女から目が離せなくなったかは覚えていない。多分、顔が好みとか、声が綺麗だったからとか、そんな他愛もない理由だろう。


 いつの間にか、彼女が載っている雑誌は必ず買ってスクラップするようになったし、CDが発売されればたいして音楽を聴くわけでもないのに五枚も買っている。写真集ならば保存用・観賞用は当たり前。布教用は……友達が少ないから、二冊目の保存用と化している。


 そりゃあ本職のアイドルオタクからすればぬるい愛し方なんだろうが、個人的には本気で応援してるつもりだ。

 だから今回、サウスクイーンアイドルがワイズマンズクラフトとコラボすると聞いた時は本当に嬉しかった。例えどんな能力だろうと、冴月晶が大活躍できるデッキを構築してやろうと固く決意したのだ。……表彰台のてっぺんには手が届かなかったけれど。


「さあさあッ、お立ち会い! 大盛況の本大会もいよいよクライマックスを迎えます! 数多のサウスクイーンアイドル使いたちの頂点に立ち、栄光のサインカードを手に入れるのはどちらなのか!?」


 威勢のいいアナウンス。そろそろ決勝戦が始まるみたいだ。


 対戦を映す大型スクリーンがよく見える位置まで移動しようとして――俺はふと、高校生たちの会話にもう一度だけ意識を向けた。


「そういや知ってるか? サウスクイーン所属のアイドルたちが、全員、魔法少女だって噂」

「はぁ? なにそれ?」

「ああ、やっぱり初耳か。いや、あれよ。この世には悪魔とか魔物がはびこっていて、妙高院静佳とかクリス・キネマトノーマみたいな人気アイドルが、人知れずそいつらと戦っているって話があるみたいだぜ? もちろん冴月晶も」

「都市伝説?」

「おう、都市伝説」

「ひっでぇ話。んなこたぁいいから決勝戦見に行こうよ。静佳様のデッキ、どんなカード使って組んでるか、見ときたいんだ」


 そんな噂は俺も初めて聞いた。

 バカバカしい作り話だ、ちまたに溢れる心霊話の方がよほど現実味があるぜと思った。

 もしかしたら、ワイズマンズクラフトとのコラボレーションで、人気アイドルたちがファンタジー風にイラスト化されたのが発端なのかもしれないな。

 最近の若者たちの想像力は、なかなか斜め上を行っている。


 とはいえ、そんな与太話に俺の心がときめいたのも事実だった。


 ――世界は人類の宿敵というべき魔の者どもに狙われていて――

 ――奇跡の力を持つアイドルたちによって、我々の未来は守られているのだ、人知れず――


 なんて神秘的で魅力的な設定だろう。ドキドキする。


 ぽつりと呟いた。

「それがマジなら、この世もまだ捨てたもんじゃないな」


 噂話の出所となったどこかの誰かの趣味の良さに感心しながら、俺は大型スクリーンが見える位置に移動する。


 決勝戦はすでに始まっていて――第一ターン目。俺に勝ったクリス・キネマトノーマ使いが先攻を取り、ド定番のフィールドカードを配置したところだった。“難攻不落の黄金砦”、相手の攻撃回数を制限する強力な防御カードである。

 どうやら俺に勝ったあのプレイヤーは、今回も手札の回りが抜群らしい。


「……えげつねぇ……」


 その後、“聖痕の獅子 妙高院静佳”を使うという対戦相手のターン。

 負けじと“昇天騎士シルヴィアス”を召喚した。召喚時に相手のフィールドカード一枚を無効化して破棄する便利なユニットだ。しかも戦闘でもそこそこ強い。


 その後も交互に飛び交う強力カード。

 二人とも、相手の動きを拘束しようとしているのだった。各種の拘束効果を持つ準反則級のカードが次々と繰り出されていた。


 大会上位戦あたりでよく見る盛り上がりに欠ける展開に、実況担当の女性コンパニオンさんが少し困っている。


「えーと、ここまで一進一退と言ったところでしょうか。お二人ともセオリー通りにフィールドを整えようとしてますねー」


 大会優勝率の高い『環境上位デッキ』同士の闘い――それは、一つの遊びも入り込む余地のない真剣勝負だ。少しの甘えも許されない世界だ。


 退屈な展開。


 ふと――明日の仕事のことを考えてしまって、ひどくげんなりした。

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