中年社畜カードゲーマーの魔法少女狩り【カードイラスト公開中】

楽山

ザ・カードゲーマー

序章

 懺悔したい気分だった、今まで見てきたアニメとかの悪役たちに。


 本当に申し訳ない、と。


 彼らがヒーローに叩きのめされるのを他人事と眺めてきて、本当に申し訳なかった、と。実に爽快な娯楽だとか思ったりして、本当に申し訳なかった、と。


 目の前で正義が振りかざされて――俺は血まみれ、傷だらけ。


 何をしたわけでもない。ただハメられただけだ。狡猾で、醜悪で、からかい好きな『あいつ』に。

 それなのに、俺はもう、ただ生きていることも許されない存在になったらしい。ついさっき、『彼女ら』にそう宣告された。


 あまりにもひどい仕打ち。

 全身が痛い。転んだ時に身体のあちこちを強く打ったからだ。


 あのアニメのラスボスは、人間たちに利用された挙げ句に暴走して、やたら露出度の高い美少女たちとイケメンに殺された。

 あの漫画の敵役は、仲間たちが生きられる世界を作ろうとして、勇気ある女の子たちに殲滅された。


 視界が真っ赤だ。瓦礫の直撃でひたいが裂けたのだろう。顔を濡らす鮮血が、顎の先からポタポタと滴っていた。


 空は不気味なほどに赤黒く。

 背後のビルが轟音を立てて崩れ落ちていく。


 まるっきり人通りの消えた灰色の街で、俺は、大きな交差点まで逃げてきた。

 足下はおぼつかず、転がっていた大きなコンクリート片につまずいて転けそうになる。

 滅多にしない全力ダッシュに太ももが痙攣一歩手前だった。

 空気を吸いすぎた喉は引きつっていて、久しぶりに酷使した肺は焼け付くような激痛を脳に伝えていた。


 運動不足だ。

 社会人は大体運動不足なんだ。

 会社の健康診断では内臓脂肪の値が基準値ギリギリだと言われている。


 そして――音もなく――俺の周りに現れる五人の美少女たち。


「お疲れ様です。もう――諦めては?」


 モテ期が来たわけではない。これがモテ期だというのなら、女の子たちが俺をゴミでも見るような目で俺を見下ろしてくるはずがない。


 車両信号の上に二人。

 外灯の上に一人。

 標識の上に一人。

 電柱の上に一人。


 それぞれが魔法少女のコスプレみたいな衣装を着ていて、全員がお揃いの白マントを羽織っていた。マントには見たこともないマークが金糸で刺繍されている。おそらくは大樹をモチーフとしたであろう派手な図像。


 とある美少女のミニスカートが風に揺れる。

 色とりどり――色彩鮮やかな布が、木枯らしに揺れる。


 白マント以外に、美少女たちの服装に共通点は見えなかった。フリル多めで可愛さを強調したような衣装もあれば、ドキリとしてしまうほどに露出度の高い衣装だってある。


 未成熟の肢体を包む紺のレオタード。あらわになった太ももは、土下座したくなるほどに真っ白だった。


 俺みたいな中年男に凝視される美少女たちの心中たるや如何。

 迷惑防止条例に引っかかるかもしれないが、それぐらい許して欲しいと思った。だって俺は、この不思議美少女らにズタボロにされたのだから。


 安物のスーツは破れ、通勤カバンはどこかに落としてしまった。

 髪はホコリだらけで、一秒だって早くシャワーを浴びたい。いや、それよりは手当ての方が先決か。ひたいの裂傷の具合も気になるし、全身打撲は湿布が何枚いるかわからないほどに広範囲だ。

 美少女たちに治療費とスーツ代を請求したって、誰からも異論は上がらないだろう。


 魔法を打ち込まれたのだ。


 アニメとかでよく見る、色鮮やかなビームを何度も打ち込まれたのだ。

 よく生きているもんだ……と感心する。

 対地ミサイル並の火力はありそうなビームが乱発された結果、街並みは崩れ、瓦礫は散乱し、道路は浮き上がった。俺の訴えもあえなくかき消えた。


「いいかげんお疲れでしょう。もう、諦めては?」

 車両信号の上に立ったミニスカートの魔法少女がもう一度俺に問う。ぞくりとするほどに冷たい声で。


 俺は、彼女に視線を向けただけで、何も言わなかった。

 これが一〇代の熱血主人公なら青臭い啖呵の一つでも切るところなんだろうが、全力疾走のおかげで息も切れ切れの俺にそんな若さはない。

 ホコリだらけの袖でひたいをぬぐって、左手に握った『三枚のカード』に力なく目を落とすのだ。


 すると、幼さの残る美貌が更に声をかけてくる。

「左手のカードを今すぐ捨ててください。カードを手放さない以上、抵抗の意思があると見なします。痛いですし、少しでも尊厳のある死を選びたいでしょう?」


 なんだよ……結局どうやっても殺されるのかよ。


 やばい――今ちょっと、絶望し過ぎて笑ってしまったかもしれない。俺の表情を監視していたミニスカートの美少女の細い眉が動くのが見えた。


 しかし、俺はすぐさま思い直す。

 まあいいか。どうせあちら様は殺意満々なんだし、今さらご機嫌取りもないだろう。

 そう気だるさと諦めに苛まれながら、カードを一枚ドローした。


 そうだ。俺は今、カードを一枚引いた。

 空中に浮かんだ『奇怪なる箱』から。

 俺にかけられた呪いそのもののような、『人間の左手だけで作られた複合体』から。


 それは、常に俺の右手付近を浮遊していて……複雑に絡み合った指の内部には、元々、五〇枚のカードが格納されている。そして、最初に五枚、その後はきっかり一分ごとにカードを一枚渡してくるのだった。


 新しく手札となったカードをチラ見して、俺は嘆息する。

 おい、ふざけんな。まだ捨て札が溜まってないんだよ。こんな時に引いても腐るだけだろうが、こんなデカブツ。

 待っているのは今すぐ俺を助けてくれる中堅モンスターだ。

 危急存亡って場面になっても、俺にアニメの主人公みたいな勝負運はないらしい。


「あの……」

 俺の声――ずいぶんかすれていた。

 緊張だろうか。それとも走りすぎか。水をがぶ飲みしたいという欲求を我慢しながら、かすれ声のまま頭を下げてみた。

「もう許してもらえんですか? 来週も、仕事で」


 すると美少女たちは顔を見合わせる。変わった命乞いだと思ったのかもしれない。

 言葉を交わすわけでもなく、やがて、くすくすと笑い始めた。


 なんだか物凄く恥ずかしいし、情けない。

 俺の半分も生きていないような女の子たちに、嘲笑の的にされるというのは。


 ミニスカートの美少女が、笑い涙をぬぐいながら銃口をこちらに向けた。

「ごめんなさい、あまりにも無様だったものですから。惜しいと思うほどの営業成績でもないくせに、大変ですね、不出来なセールスマンというのも」 


 それを聞いて俺は「……あー……はあ、まあ……」と力なく苦笑するだけだ。


 ふざけんな。確かにノルマは未達だが、言っていいことと悪いことがあるだろう――そう怒鳴ってやりたかったが、柄にもないので、やっぱりやめた。

 代わりに――四枚のカードを握る左手に力を込める。これだけが、この死地を切り抜けるすべだと思ったから。


 しかし、生存を意気込んだ次の瞬間。

「不遇な日常に戻りたいというのならば、どうぞ全力でお逃げください。追いかけて殺します。必ず殺します。あなたはもう、この世界には必要ない」

 美少女が吐き捨てた言葉に、メンタルのヒットポイントを少し削られた。

 世界に不要ときたか。会社の上司からは、毎日のように『お前さ、組織のお荷物って自覚はあるわけ?』なんて嫌みを言われてきたのに……。


 会社のお荷物から世界の害悪へとクラスチェンジ。


「それでは皆さん、正義を執行してあげましょう」


 俺が報われないことなど、いつものことだ。

 がんばっても、努力しても、必死こいても――どうにも俺は報われない。

 間が悪かったり、最低の上司に目を付けられたりして、築き上げてきた成果が台無しになってしまうのだった。


「和泉慎平。今から私たちは、容赦なくあなたを攻撃します。慈悲はなく、生かしはしません。そのおぞましい力で抗おうというのならば――是非」


 そして今日台無しにされそうなのは、何百万円、何千万円の商談とかではなく――安っぽい俺の人生。


 敵は超常の魔法少女たち。


 ………………俺は、今日も分が悪い。

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