第9話 あなたのためにできること

「ねぇ、わたしのこと覚えてる?」

「うん?あぁ、あんときの。なに、またさせてくれんの?」


ひとりはワインの瓶で思いっきり頭を殴ってから、割れた破片でめった刺しにした。

もうひとりも階段から突き飛ばして気絶させてから重りをつけて海に捨ててきた。

お前が、最後だ。


たぶん、時間がないと思う。

一人目を置いてきてからしばらく経っているし、日本の警察が優秀なことぐらいわかっている。

ゾクゾクするよ。

お前らが夏乃子を襲った時もこんな気持ちだったのか

苦悶の表情を浮かべてさ、主犯の私に

たすけてください

おねがいします

ごめんなさい

もうしません

ゆるしてください

だってさ。傑作だわ。

もっと泣けば?もっと頭地面にこすりつけてあやまれば?

十か所や二十か所刺したぐらいじゃおさまらないんだよ。


ホテルへ誘って、睡眠薬で眠らせた男を空き倉庫へ連れて行った。

適当な柱に縛り付けて頭へ

「起きろ。」

液体をぶっかけた。

「なにすんだ、この!」

何重にも巻かれたロープをほどこうと男が身をよじるのを、小気味良く笑いながら眺める。

携帯のニュース速報に連続殺人の文字が浮かんだ。

タイムリミットか。

ライターに火を灯しそっと液体へ炎をうつした。

「おい、なにしてる。なぁ、頼むって、謝るから。考えなおしてくれよ。」

悲壮感の浮かんだ表情、恐ろしさにひきつる頬とひんむいた目玉。

あぁ、たまらないわ。

もっと、もっと、苦しめて、もだえさせて、殺したい。

最後の一呼吸まで、恨んで、悲しんで、怒って、恨んで、死になさいよ。

炎がゆっくりと男へ近づいていく。

勢いを増しながら、確実に男のほうへゆうらりと寄っていく。

焦れば焦るほど絡むロープ、じたばたと足を動かし後ろへ下がろうとするも鉄柱が背中に食い込むばかりで変わらない。

人間って案外燃えにくいの?

しばらくは大声をあげて頑張っていたみたいだったけど

たんぱく質が焦げるにおいに鼻が曲がりそうになったから、見物は早々に切り上げた。


じゃあ、いこうか。



適当なビルの屋上から下を見下ろした。

せわしないね。誰も上なんて見上げやしない。

あくせくと歩きまわって、どこに行くんだろう。手元のスマホばっかり、握りしめて、なに見てんだろう。

あぁきっと私のニュース見てるんだろうな。恐れてる殺人犯は意外と近くにいますよ、皆さん。

いつの間にか有名人だよ。

猟奇的な連続殺人者だってさ。

鋭利な突起物で刺殺された男がひとり。

鈍器で撲殺された男がひとり。

そしてさっきの焼殺された男がひとり。

海に沈めてきたやつもそのうち溺殺であがるんじゃないかな。

殺人犯は必ず現場に戻って確認するってドラマなんかで聞いたけどさ、戻らなくてもいまじゃネットニュースで確かめられるんじゃないの。

よかった、ひとつもしくじってなくて。


嬉しいね。

世界がこんなに晴れやかになったよ。

ほら、お日様もこんなにキラキラ晴れて祝福してくれてるみたい。


それでも、なにしたって、君の温度は戻らない。


あなたのためにできること

全てやったけどなにも変わらなかった。

虚しいのも

寂しいのも

一歩だって前に進めなかった。


だからね、踏み出してみるよ。そっちへ。


笑っている夏乃子を見たくて、鞄からプリクラを探していると

可愛らしいピンク色の封筒をを見つけた。


『沙緒李へ』

夏乃子の字だ。

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