困った人

石井 至

第1話 酔うと脱ぐ人

 同期で同じ課に所属している石原は、飲むと脱ぐ。

 今日も上司の前でネクタイ緩め、ボタンを外しながら頷いている。もうすぐだなと思う。どのタイミングで止めに入ろうか。

 これまではのんびり見計らっていた。


 最近ちょっと問題が発生した。

 この春入社してきた後藤だ。

 こいつがいるから、石原のヌードショーは途中で切り上げてもらわないといけない。


「佐々木さん、あの、石原さんは俺が送りますから…」

 石原に肩を貸し、申し訳なさそうな表情で俺を見上げる後藤。

 後藤は貧乏くじを引きやすい、お人好しの後輩だが、ことこの件に関しては俺は疑いの目を向けていた。

 後藤に支えられた酔っ払い石原が、俺にひらひらっと手を振る。

「後藤が送ってくれるってさ。じゃあな、佐々木」

 そう言って、ちょっとよろけて、それをまた後藤が慌てて支えている。

 うむ。

 俺の勘では、後藤は石原に気があると思う。どちらも男で、どちらもゲイではなさそうなのだが、なんとなくそう思う。そう思わせることが何度かあったのだ。


 最初は、歓送迎会だった。

 石原が例のごとく脱ぎはじめ、上半身裸で新入社員の後藤にどうでもいい話をし始めた。

 どう考えても新入社員にとっては鬱陶しい状況だったので、その時は後藤を助けるためいつものごとく邪魔しに入ったのだが、上半身裸の石原を前に、後藤は妙な様子で視線も定まらずにもじもじしている。

 石原って、痩せているくせに色白のもち肌なので、初めて見た奴は同性でもちょっとドキッとするんだよな。

 まあ、六年前の俺もだ。

 なので、その時は『後藤もその罠に嵌ったんだな』程度に捉えていた。


 その後も、係が一緒の二人は帰る時間も合うので、ちょくちょく飯を食いに行き、飲みに行き、と仲良くしているのも知っていたのだが、それについては全く何も思っていなかった。


 違和感を感じのたのは、五月、雨の降った日だ。


 俺が仕事帰りに傘をさして歩いていたら、石原が走って追いかけてきた。

「佐々木!傘寄越せ」

「は?あほか」

「寄越しやがれ」

「いやだ」

 互いに俺の傘の柄を持って数秒戦った。石原はすぐに諦めた。

「じゃあ、そこのコンビニまで入れて」

「うん」

 そんな会話をしていて視線を感じ、ふと振り返ると二十メートルくらい離れたところで、後藤が傘を差して立ち尽くしていた。

 なんとも言えない、悲しそうな顔。

 けれども俺が気付いたのに気付いてグッと表情を引き締めた。

「…?」

 今までに感じたことのない空気感で、俺はそのことを石原に言わなかった。些細な出来事だったが、妙に印象に残った。


 その、目が合って以来、なんとなく後藤から敵対心を感じることがある。

 なんか、石原を俺と取り合っている図、みたいなのが後藤の頭の中に発生してしまっている気がする。

 

 でも、まあ俺の知ったこっちゃない、ことにしよう。

 酔っ払いの石原。

 それを支える、たぶん恋する後藤。

 放っておこう。

「じゃあ帰る。頼んだ」

 そう言って、俺は二人とは逆の方向へふらりと歩き出した。

 しばらくして、気になって振り返る。

 後藤が石原を支えながらタクシーを拾おうとしている姿があった。

 大丈夫だろうか。

 まあ、いいか。

 二人とも大人だから勝手になんとかなるだろう。

 正直、後藤と石原だったら、石原の方が喧嘩強い。



「最近後藤が家まで送ってくれるんだけどさ、お前が送れ」

 翌日、石原に言われた。

「はぁ?」

 なんで命令されねばならんのだ。

 ギロリと睨んだら、石原は視線を逸らした。

「ほらさ、後藤、変じゃん」

 おや、石原も気付いたか。

「何があった」

「え?いや…何もないけど…」

 ごにょごにょと言葉を濁している。耳が赤い。

「ん?」

「いや…」

 次第に顔が赤くなってきた。

「好きとでも言われたか」

 言ったら、いまいましそうに顔をあげて吠えた。

「お前知ってたのか」

「空気感」

「わかってたんなら二人にするなよ」

「知るか。後藤はお前の世話がしたいみたいだから、邪魔者の俺は引退しようと思ったんだよ。六年も酔っ払いの守りをしてきたんだから、お前は俺に感謝して褒めちぎれ」

「襲われた」

「え!?」

 




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