第33話 赤い刺客と英雄たちの輪舞⑥

 両手に熱い感覚がある。白い光とともに、温もりが全身に満ち満ちていく。金属と金属がぶつかるような音、空気と空気が衝突し破裂するような音。大勢の人間が上げた叫び声や悲鳴。そんないくつもの擬音が混ざり合い、打ち消しあい、カナデの両手の手のひらに、今収まった。


 ――白む世界。


 黒く染まりつつあった世界は、今カナデの手でその役目を終えたように、息を引き取った。


「き、貴様、あれを受け切ったか……ばっ、馬鹿な……」


 セトは顔を真っ青にしたまま、その目を泳がせていた。


「何とか間に合ったようだな」


 白くキラキラと輝く光に包まれるカナデ。カナデの全魔力を解放し、それを自らの身体にまとったのだった。


 すべてはみんなを守るために。誰一人傷つけないために。そしてセトに圧倒的な絶望を与えるために。


「ありえん。何かの間違いだ。この我の禁呪がただの若造に止められるなど……しかも、その相手がいまだレベル1などとは……絶対にありえてはならぬのだー!」


 セトが立て続けに、色んな属性の超級魔法や臨界魔法を撃ち放ってくる。これだけ撃っても魔力がつきない辺りは、流石、七魔帝といったところか。しかし、そんなセトの渾身の魔法ではあるけれど、カナデは最早避ける意味も見い出せず、真顔でそれを受け止める。もちろん、魔力に包まれたカナデの身体は、かすり傷1つ負うことはない。


「何故だ、何故死なん……我は七魔帝のセトであるぞ。こんなはずは、こんなはずなんてあっていいわけがない!」


 七魔帝といえども、やはり人の子か。追い詰められれば、自分を現実が見えなくなる。いや、彼の中で現実を受け入れられないだけなのかもしれない。ちっぽけなプライドが、結果的に自らの立場を、危うくするのだ。


「ならば……、そう、ならば、もう1度だ。全てを終わらせよ、禁呪・黙示録アポカリプス!」


 セトが魔法の詠唱を始めた瞬間、カナデは地面を蹴り上げ、セトととの間合いを一瞬でつめる。セトがカナデの姿をその目で捉えた時には、もうカナデの拳が彼の腹に突き刺さっていたことだろう。ドゴッと激しい音が、カナデの耳に届く。


「そう、何回も撃たせるかよ、セトさんよ。少なくとも、僕以外は全滅してしまう威力が、その魔法にはあるんだからな」


「かっ……はっ……」


 セトは苦悶の表情で、血液まじりの痰を地面に吐く。彼の顔の血管が破裂しそうなほど、頭の血流が早くなっているようだった。怒りからか、焦りからか、それとも絶望からなのかは、カナデにはわからないけれども。


「うぬは何者だ……」


 カナデは何者でもない。


「この世界のどこにこんな小僧が隠れていた……」


 ずっと隠し通したかった。でも、もうそれも終わりだ。人を助けた以上、助けられたことを知る人間たちがいる。そして助けられたものたちは、助けたものの力を知ることになる。だから、もう隠せない。口止めなんて、間に合わない。今この瞬間でさえ、大勢の人たちに見られているのだから。


 ――だよな、フェアリナ。


 彼女とのお気楽な旅もこれで終わりだ。そして、平和な学校生活も終わるのだろう。セトのせいには出来ないが、彼ほどの強さの敵が襲ってこなければ、カナデはのんびりとした生活を送れたことだろう。空しさとともに、寂しさをカナデは覚えた。


「カナデといったか。うぬは、一体何が望みか。富か? 更なる力か? それとも全ての破滅か?」


 セトにはわからないのか。カナデが何を思ってここにきたのか。何のために、力を発動させたのか。白い光に包まれながら、カナデは苛立ちを募らせる。


「何を馬鹿なことを言っている? だからお前は大事なものを見失うんだよ。いいか、よく聞け! 僕が望むのは最初から最後までずっと決まっている。この聖ラファエリア魔法学校のみんなを守り、大切な人たちを大切な時に守り抜くこと。それ以外に僕の望みなんてあると思うか?!」


 ずっとそれが望みだと思っていた。それが守られれば、カナデを取り巻くすべてのものが、悲しみを背負うことなんて絶対にないのだと思い込んでいた。


 ――


「何故、うぬはラファエリアを守る? ラファエリアそのものが巨大な魔力マナの集合体と知っての狼藉か?」


 セトは言っていた。カナデは世界の構図を知らないと。あの時は、カナデはその意味がわからなかった。いや、考えようともしていなかった。


「それを守るのが、生徒たちの使命だろうがよ?!」


 だから、信じるしかなかった。自分の道を。自分が良いと思った、本当はを。


「うぬはラファエリアを守りたいのか、それとも仲間を守りたいのか、どっちだ?」


「両方だ……」


 カナデにはそれしかない。片方なんて選べないし、そもそも選ばない。


「両方だと……かっかっかっ。そんなことが出来るはずがなかろう。ラファエリアを守るということは、その他を犠牲にするということだ。仲間を守るということは、ラファエリアを捨てるということだ。その意味がまだわからぬのか、小童が」


 ――わからない。


「わかるわけないだろう? 僕は何があっても、お前のようにはならない。守れるものは絶対に守る。消えゆくものは見捨てない。助けられるものは絶対に守り通すんだ! それがだ!」


 カナデはきっと気づいていたのだ。気づいていたから、いいや、気づいてしまったから、そう強がるしかなかったのだ。自分の道を否定されたくなくて。自分の行いを信じたくて。だから、セトがセトでなくなる瞬間を、ただ自戒するように見ていたのかもしれない。


 呵々大笑とするセト。あれだけ実力差を見せつけられて、なおセトの顔には、余裕が戻る。まだ何かあるというのか。まだ切り札を持っているというのか。カナデは、彼の全てを見定めようと思った。


「ならば、我はうぬのすべてを否定しよう。うぬのすべてを正そう。魔力マナを使うということが、どういうことか、魔法学校が本当はどんな目的で作られているのか。今お前に思い知らせてくれようぞ!」


 ――知りたくなかった。


 ずっとあの居心地の良い世界に浸っていたかったから。


 ――知りたくなかった。


 せっかく、みんなと仲良くなれたばかりだったから。


 ――知りたくなかった。


 世界が、一方的に搾取されるだけのものだとは、思いたくなかったから。


「召喚融合・ガ・ブ・リ・エ」


 セトが言葉を呟いた。ガブリエは魔法学校の名前だ。それを召喚し、融合するとはどういうことだ。止めることも出来る。今ならまだ間に合うはずだ。でも、カナデはセトの言葉と意味を知りたい。彼が何を思ってそう言ったのか。彼が一体何を見せてくれようとしているのか。カナデは見届けなければならないのだ。


 セトの身体が赤い光を放ち始める。セトがいた方向、彼が来たであろうガブリエ魔法学校の方角から、大量の赤い光が集まってくる。全てはセトの身体に吸収されるように、どんどん赤い光は凝縮されていく。


「ぐわあっ……」


「あああああっ……」


 至るところで、ガブリエの生徒たちの悲鳴が聞こえる。そしてカナデの近くにいた、それこそ、今もユリイナやヒュウマが、戦ってくれていたその相手たちが、苦しみ悶えながら血を吐き、身体から体液を飛散させ、セトに赤い光を吸い取られ、ミイラのように朽ち果てていく。


 ――何だ。


 ユリイナがその様を見て、嗚咽を漏らしている。ヒュウマもわけがわからないといったように、ただ怯えている。フェアリナは、彼女らしくもなく、珍しく神妙な面持ちだった。


 ――ひどい。


 赤い光を吸い取られたものたちの悲惨な末路。光はきっと魔力なのだろう。彼らが必死で蓄え、育ててきた魔力そのもののはずだ。それを一気に奪い取られたら、人は枯れ果ててしまうのだ。


 ――あんまりだ。


 これがセトの言う魔法学校の存在。そしてその本来の姿。搾り取られた魔力は、全て魔法学校のためにしか使われない。いや、魔法学校そのものが生きているのだろう。そうして、今まで搾取していたのだ。魔法値を高めさせ、共存する形で、きたる日のために。


 ――たとえば、そう。


 魔法学校である魔晶体ガブリエが、実体化するために。


 想像する。今ガブリエにいた生徒たちは、みんな朽ち果て、魔力をセトに提供したのだ。いや、そのセトでさえ、真実は、ガブリエに、魔力を捧げる器に成り下がったのだ。


 そして赤い光は、セトをも飲み込み、宙に浮いていく。やがて赤い光に形作られていく2つの大きな羽。赤い人形ひとがたの姿に羽が生えたように、羽ばたきを繰り返していく。


「何百年ぶりか……」


 赤い光はやがては白み、若々しくも神々しい白いローブを身にまとった男性が姿を現わす。


 ――天使。


 そう、これは神話に出てくる天使の姿そのものだ。


「我が名は、大天使カブリエル。人間よ。神の御使いである我に、抗おうというのか」


 これが魔法学校のシステム。そして本当の姿。生徒たちの血や魔力で作り上げられた、汚れきった天使の姿。


「もういい……もういい。もう十分だろ? 一体何人が死んだ? 一体何人の命が今奪われた? みんな家族がいて、みんな守るべきものがあって、愛する人がいたはずだ。それをお前は何だ? 一瞬で殺すのか? みんなが憧れていた魔法学校とは、そんなふざけた野郎なのか? おい、聞いてるか、馬鹿天使。神にもなれない駄目駄目天使よ?」


 怒っていた。悲しんでいた。苦しんでいた。カナデの心はそうした感情に、張り裂けそうだった。


 ――許せない。


 その存在自体が許せない。カナデは、大天使ガブリエルを睨みつけ、宣戦布告をしたのだった。


!」




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