EPISODE:6 涼城飛鳥の猟奇的な事情/Asuka Strikes!

 目が覚めると、あるマンションの一室にいた。


 電子機器が放つ断続的な音が、覚醒と同時に鼓膜を揺らした。医療器具に囲まれたベッドの上で、玄崎明は朦朧とした意識を取り戻した。


 瞼を開けると、真っ白な天井が見下ろしていた。ガラス張りの大きな窓からは昼過ぎの陽光が燦々と注ぎ、その向こうには鴉ヶ丘市の街並みを一望出来た。フローリング張りの部屋は自分の住む安アパートとは比べ物にならないほどに広い。ベッドの上からでも、お金持ちの住む高級マンションだと言うことが分かった。


 腕には点滴が繋がれ、いつの間にか血に汚れた学生服から、清潔なパジャマへと着替えさせられていた。


 嗅ぎ慣れない珈琲の匂いが香ばしく漂ってくる。はっきりとしない思考のまま上体を起こし、そのままぼーっとしていると、少し離れた場所の机でマルチディスプレイ化したパソコンに向かっていた少女が、椅子を回してこちらを向いた。 


「あら、やっと気が付いた」


 目覚めた明に、少女は微笑みながら近寄ってくる。茶色味がかった外跳ねのショートカットに、はっきりとした気品ある顔立ち。年の頃は明と同じ位で、おまけに着ている制服はあのお嬢様学校、森園女学院のものだ。


 いったいなぜ、自分は彼女の部屋に――困惑する明を尻目に、彼女は笑みを浮かべたまま、明の右腕に手を触れた。


「気分はどう? 腕の具合は……すごい。完全に元通り。右腕をぶった切られた状態から二日でこれだなんて、尋常じゃない再生能力じゃない。正直見くびってたかも」


 白きレイブンの翼により根元から切断されたはずの右腕は、ほぼ元通りに再生していた。斬られる前と全く同じどころか、生まれたばかりの赤ん坊のようにしっとりとした潤いを帯びていて、ぐるぐると肩を回しても痛む個所は一切なし。


「あの、どうして、僕はここに」


 興味深そうに腕を撫でる少女に、明は困惑した声色で聞いた。


「路地裏で行き倒れてたもんだから。偶然通りかかっただけとは言え、ずぶ濡れだし、おまけに血だらけで倒れてる捨て猫を見捨てるわけにもいかないでしょ? ついでだし、拾ってあげたって感じ」


 白々しい嘘だ――と明は眉間に皺を寄せた。どんなお人よしでも、片腕を切断された血塗れの状態で倒れている人間を、わざわざ拾って治療しようだなんて思わない。


 おそらく彼女は、何らかの事情に通じている。


「……僕が、分かってるのか」

「質問ばっかね。せっかく行き倒れてたとこを運よく助けてもらったんだから、ちょっとは感謝したらどう? 


 その呼び名に、どくりと、鼓動がひときわ大きくなった。


「――やっぱり、知ってるんだな。僕を」


 明の眼光が鋭さを増した。一方、少女は殺気立つ明に対し全く恐れを抱く様子もなく、軽薄な口調で話し続けた。


「そりゃあ、インターネットの有名人じゃない。都市伝説の怪物、漆黒の狩人、鴉ヶ市の影――つまり、世間が言うレイブンハンターを、イコールきみと断定付けるにはちょっとばかし苦労したけど、色々網は張ってたから、まんまとうまいこと、引っ掛かってくれたというわけ」


「網?」

「『AKR』って名前で色んな掲示板に書き込みしてたでしょ」

「――っ」


 完全に、図星だった。いきなり痛いところを付かれて無意識に、息が詰まる。


「ハンドルネームにしてはさすがに安直すぎ。ネットに不慣れな感じがバレバレね……同じ名前で他のSNSのアカウントも見つけたし、どれも都市伝説系の話題を呟いてると来たらビンゴ。レイブン絡みの話題を出してる時点で鴉ヶ丘市近辺に住んでることは明らかだし、日中の投稿が無いってことは普段は学生ってことまでは余裕で推測可。そこまではまぁ、表面的な部分だけど」


 自分の迂闊さをつらつらと羅列され、全く何も言い返せずにいる明に対し、少女は鬼の首でも取ったかのように続ける。


「あとは、レイブン事件の裏側で、ここ最近、自警団ヴィジランテ気取りで不良やヤクザどもを成敗してるやからがいるって噂」


 ぎくり、と明の身が強張る。少女は最新型のタブレット端末を取り出し、明に手渡した。彼女が横から指でタップすると、液晶画面で動画が再生される。


「目撃証言があった時間の監視カメラの映像、そう、これを覗いてみると――ほらビンゴ。不良をぶちのめした後フードを脱いだ瞬間のきみが、はっきり映ってる」


 監視カメラ越しの荒い映像ではあるが、確かに、液晶には玄崎明が映っていた。公園で叩きのめした不良を置いて立ち去った後、路地裏でフードを外している自分がいた。口元をバンダナで覆っていても、目元を見ればはっきりと分かる。


 確かに、レイブンを狩るついで、顔を隠して街にたむろするチンピラやヤクザを成敗していた。正義感というよりか、ただ悪い事をしている人間に、真面目に生きている人間が割を食うのが普段から許せなかったというだけだった。いつもは見過ごすしか無かった悪事をこの手で直接成敗出来るのが、単純に気持ち良かったという、自己満足的な理由から生まれた自警団気取り。


 そんな偽善的なヒーローごっこに気が抜けて、監視カメラの存在を意識せずにいた自分を、明は悔やむ。


「そして同時期に現れた『レイブンを狩るレイブン』。このヴィジランテくんと、いわゆるレイブンハンターの行動パターンを重ねてみると見事に一致。都市伝説の怪物の正体が、実は地元の高校生という仮定は多少ぶっ飛びすぎてるかなと思ったけど――どうやら、私の考えは間違ってなかったみたい」


 もはやぐうの音も出ない。言い返す気力も失い、明は勝利の喜びにニコニコと笑う少女を、虚ろな目で見つめ返した。。


「私は涼城飛鳥すずしろあすか。よろしくね。玄崎明くん」

「やっぱ本名まで、バレてるよな……」


 明は諦めた声で、陽気に差し出された手を握った。


 ――ところで、どうして彼女は監視カメラの映像なんかを持っていたのだろう。

 浮かんだ疑問を挟む余地も無く、明は飛鳥の勢いに押し切られてしまった。


EPISODE:6


『Asuka Strikes!』


「助けてくれたことに関しては……本当にありがとう。でも、どうして僕を助けてくれたんだ。深くは聞かないけど――何か理由があるんだろ」


 新しく用意された学生服に腕を通しながら、明は聞いた。


 幾ら目の前に死にかけの人間が倒れていたとして、普通は救急車でも呼んでそこで終わりだ。知り合いでもないのなら尚更だ。不審な怪我人をわざわざ連れ帰って手当するなんて、よほどの事情が無いと出来るわけがない。


「でも、病院に連れていかれても、それはそれでまずかったんじゃない?」


 うっ、と、図星を突かれる。こういう部分で即座に上げ足を取ってくるところが抜け目ないというか、性格が悪いというか。


「ちょっと事情が込み入っててね……ところできみ、このあいだ『月刊レムーリア』にお便り出したでしょ?」

「……? 確かに出したけど。何でそれを知ってるんだ」


 飛鳥の一見、的外れな問いに、明の頭に疑問符が浮かぶ。


 オカルト雑誌『月刊レムーリア』。宇宙人や未確認生命体UMA、超能力者や心霊写真など、超常現象や都市伝説絡みの話題を特集する月刊誌。普段の明がこの雑誌に興味を引かれることはほとんどなかったが、ここ最近はレイブン絡みの事件を多数取り上げていることから、バックナンバーも含めて読み漁るようになっていた。


 中でもレイブン絡みで信憑性のある記事を書くライターには直接連絡を取ろうと、編集部に向けてメールまで送っていたのだが。


 一体どうして、それを彼女が知っている。何だか涼城飛鳥にプライバシーの全てを覗き見られているようで、体の内側がむず痒くなってくる。


「きみがコンタクトを取ろうとした白石ってライターなんだけど……実はね、ちょっと前に、亡くなってるの」


 えっ、と絶句する明の手から、飛鳥はタブレット端末を一度奪う。数タップの後、明にタブレットを返すと、画面には電子化された新聞記事が映し出されていた。


「秩父山中で、練炭自殺……?」


 紙面の片隅に小さく、四十代の男性が埼玉県秩父市内の山中で自殺したという記事が掲載されていた。ワゴン車の内部で練炭を焚いたことによる一酸化炭素中毒死。記事によると事業失敗による借金苦が原因の自殺とされていた。


「白石光一……本当だ。同姓同名とかじゃ、無いんだよな」


 明がその名前を呟いた途端、顔を合わせた直後からずっと明るかった飛鳥の表情が、沈痛な面持ちに変わる。


「そう。あれは紛れもなく――白石光一、本人だった」

「……って、まさか」

「遺体を確認したのは私だもの。私の叔父だったの。白石光一は」

「そう――だったんだ」


 まさか自分が読んでいた記事のライターが既に亡くなっており、おまけに涼城飛鳥の肉親だったなんて思いもしなかった。言葉を失くした明に向けて、飛鳥が続ける。


「だから編集部宛てのメールが私のほうに転送されてきたってわけ。少なくとも、白石光一の記事を信用し、そしてレイブンの存在を知っているだろう玄崎明なら接触する価値はあると睨んで、あの日、きみが現れそうな場所に足を運んだ」


 まさか、右腕ぶった切られた濡れネズミがいるとは思わなかったけどね――と、飛鳥は冗談めかして笑う。しかし、叔父の死を思い出したせいなのか、ふとした横顔に哀しげな憂いが混じっているのに、明は気がついていた。


「……それじゃあ、おじさんとは、親しかったんだ」

「うん。私ね、小学生の頃に両親が離婚したの。両親が警察関係の仕事をしてたんだけど、お互い仕事ばっかりで、始めから家庭を持つに向いてない人たちだったみたい。結局、母方に引き取られたんだけど、やっぱり小さい時にコミュニケーション取らなかったからかな。なんか上手く折り合いが付かなかったの。そんな時にお世話になったのが、光一おじさんだった」


 ぽつぽつと、飛鳥は叔父との思い出を語り始めた。


「光一おじさんはフリーランスのジャーナリストだった。アングラな事件ばっか調べて、危険な事ばっかに首を突っ込みたがるもんだから、うちの家系の爪弾きものだったらしいけど、堅物だらけの家系の中で一番私のことを分かってくれた。色んな所に連れてってくれたし、色んな事を教えてくれた――常識的な事から、非常識的な事までね。おかげで私は普通の人より賢くなれたし、ズルくもなれた」


 この高級タワーマンションも、光一叔父さんが残してくれたものなんだと飛鳥は言う。白石光一が生前、ジャーナリスト稼業の傍らで営んでいた裏稼業の結果、三十階建てのタワーマンションを丸ごと手に入れ、それを飛鳥が譲り受けたというわけらしい。飛鳥が名門女子高の森園女学院に入学出来たのも、叔父の教育と学費の援助があったからで、今の自分があるのはおじさんのおかげだと、本心から語っていた。


「あの人はいつも『この世の秘密を全部暴くまで死んでたまるか』って言ってた。前日まで狂ったように記事を書いてた人間が、まさか自殺なんてするわけ無いでしょ……だってあの人は、失踪する前日に『真実を突き止めた』って言い残して家を出たんだもの。あの人は動かぬ証拠を見つけた。そして何者かに口封じとして殺された。私はそう思ってる」

「でも、自殺じゃないとしたら、一体誰が……きみの叔父さんを」

。奴らは真っ黒な秘密を隠してる」


 この町の経済産業に密接に関わっている多国籍型企業メトセラ・コーポレーション、その日本における製薬部門の名を、飛鳥ははっきりと口にした。日本の製薬企業の中ではトップクラスのシェアを戦後から維持し続けている超大手企業に関わる陰謀論は、以前、白石光一による記事でも示唆されていた。


「おじさんは、連続猟奇殺人事件の真相と、その犯人が怪物だって事に誰よりも早く気づいてた。レイブンがこの町に現れた理由、そしてあなたがレイブンになった理由は、全てメトセラ製薬の陰謀から始まってる」


 飛鳥の語気が強まっていく。余裕があった彼女の表情に、次第に怒りと憎しみが混じり始めていた。


「私は、叔父さんを殺した奴らを絶対に許さない。そのために戦ってる。だからきみにも協力して欲しい。そう思ってる」


 少し間が空いた。俯いていた顔を上げ、明は答えを出した。


「分かった。協力するよ」


 拒絶されると思っていたのか、飛鳥は目を丸くして、驚いた顔をしている。 


「……妙に物分かりがいいのね。いま話したのは私個人の事情な訳で、玄崎くんに協力するメリットなんか一切無いのに――きみのほうでも、なにか事情があるわけ?」

「いや、そうじゃないよ。君が僕を必要なら、喜んで協力する」

「そういうことを聞きたいんじゃなくて……初対面の人間に『一緒に戦え』って言われて、はいそうですかって良く即答出来るわねって話。金銭とか、他の対価とか、正直断られるかと思って報酬をたんまり用意しといたのに、一切見返りを求めないって言われれば、正直こっちが戸惑うというか――」

「そんなこと、言われても……」


 そこまで言われて、明は口ごもってしまった。正直なところ、飛鳥が戸惑う理由が分からなかった。お金が欲しいわけでも、とりわけ名誉が欲しいわけでもなく、求めるものが一体何かと言われれば、それは至極曖昧な答えとなってしまう。


「――なら、逆に質問させて。どうしてきみは、レイブンと戦っているの?」


 レイブンと、戦う、理由。

 少し頭の中で考えた後、明は口を開いた。


「……自分で言うのも何だけど、僕は空っぽな人間だ。頭も良くないし、特に運動が出来るわけでもない。将来どうなりたいかなんて分からなくて、人生の意味も見えないまま、毎日退屈に生きているだけだった。でも、あいつに――レイブンに襲われてから、全てが変わったんだ」

「レイブンに、襲われた?」

「蜘蛛型のレイブンに襲われたんだ。でも、白いレイブンに助けられた。この間、再開発地区の廃工場できみの同級生が殺されただろ……あの時だ」

「マスコミでは逃亡中の殺人犯による犯行だって言ってたけど……やっぱり、レイブンの仕業だったんだ。まさかあそこに、玄崎くんが居ただなんて」

「致命傷を負ったはずだった。蜘蛛型レイブンに、背中から胸を貫かれてね。でも、白いレイブンに助けられた後、気が付けば何事も無かったように、僕の体は治っていた。レイブンとして力を得たのは、その後からしばらくしてのことだった」


 振り返ってみると、あれから大して時間が経っていないにも関わらず、色々なことがあった。蜘蛛型のレイブンに殺されかけて、白きレイブンに助けられた。生死の境を彷徨った挙句、気が付けば自分は人間では無くなっていた。それを受け入れる時間もゆっくりと考える時間もないままに、本能が導く衝動に任せるまま、レイブンとして、レイブンを狩るようになっていた。


 けれど、それでいいと思っていた。


「何も出来ないままの自分が、レイブンに変身できるようになった。正直、今でも戸惑ってる。なんで僕なのか、これからどうなるのか――でも、今の僕には力があって、助けを求める誰かの為に戦うことが出来る。今はそれだけで、十分なんだ」

「怖くないの?」

「不思議とね。今は、元の何も出来なかった自分に戻るほうが怖い、かもしれない」

 

 飛鳥は黙って聞いていた。彼女に理解されようとは初めから思っていなかった。


「僕には、僕にしか出来ないことがある。それがレイブンとして戦うことなら、やるべきことをしようと思った。それだけなんだ」

「戦って、レイブンに殺されたとしても? 昨日は私に助けられたけれど、次はこうも行かないかもしれない。昨日みたいな奴がまた出てくるなら、今度こそ死んじゃうかもしれない。それでも、戦うっていうの?」

「その時は――その時だよ」


 雨水に打たれて泥に塗れ、汚れたアスファルトの上で死んでいったとしても、その時は、仕方ないと思う。どうせ自分が死んで悲しむ人なんて、誰も居ないのだから。

「君の言う通り、この街では何かまずい事が起こってる。レイブンだけじゃない。君のおじさんを殺した、もっと真っ黒な……僕には見えなかったものに、君は気付いてる。だから僕が必要というなら、協力させて欲しい。僕にどこまで出来るのか、正直よく、分からないけど」


 話し終えた明に対して、飛鳥は納得しているようには見えなかった。彼女は明の言葉を受け止めて、自分の中で反芻しているように黙っていた。そして、大きくため息をつくと、割り切った表情で明に顔を向けた。


「……なるほどね。玄崎くんの事情はだいたい分かった。正直、共感はしづらいけど、そもそも、噂のレイブンハンターがこんな高校生だなんて思ってもみなかったから。まぁ少なくとも、私たちの目的は、ある程度は近いってことね?」


 明ははっきりと頷いた。「なら、話が早い」と、飛鳥は笑みを浮かべてデスクに居直るとパソコンを操作した。すると部屋の窓全てに遮光カーテンが自動で降りる。暗くなった部屋の中、プロジェクターが壁面に映像を投影する。


「病み上がりで申し訳ないんだけど、きみを見込んで頼みたいことがあるの」

 そこにはある施設の見取り図と、男の写真が映し出されていた。

「……この人は?」

「メトセラ製薬の元研究員。名前は古嶋晴臣こじまはるおみ。彼はレイブンを研究していた極秘プロジェクトの一員で、現在はある施設に監禁されている」


 痩せた頬に無造作に跳ねた天然の癖っ毛、度の強そうな黒縁眼鏡。おまけにくたびれた白衣を着た様は、いかにも研究職の男といった外見だった。


「彼はレイブンの存在を外部に公表しようとして、おじさんと水面下で連絡を取り合っていた。けれどそれがバレて、今は拘束されて身動きが取れない状態にあるみたい。メトセラ傘下の高度なセキュリティを有する施設の中で常時監視されている状態だけど、おじさんは彼を脱出させる手はずを整えている最中だった」


 飛鳥がマウスをクリックすると、施設の見取り図が立体的な図面に変化する。


「鴉ヶ丘郊外に位置する五階建ての研究施設。表向きはコスモス・サイエンステクノロジーという名前の一般企業だけれど、実際の所、メトセラ製薬が荒事を処理する時とか、非合法な実験をする時に使われる施設みたい。実態は分からないけど――少なくとも、彼は今現在もここに監禁されている」


 五階建ての施設の三階に、赤い光点が明滅する。どうやら赤点の場所に、古嶋晴臣が閉じ込められているらしい。監視カメラの位置と警備員の哨戒ルートが無数に強調されて表示されており、一般企業にしては厳重すぎるほどのセキュリティを有する施設だということがぱっと見で理解出来る。


「おじさんは、古嶋晴臣を味方につけることが、メトセラと戦い、全ての真相を明らかにする第一歩だと考えていた。時間が経てば、彼がどうなるかは分からない。すぐにでも作戦を決行したかったけれど、パズルのピースが一つだけ、足らなかった」

「……それが、僕ってわけか」

都市伝説の狩人レイブンハンターが居れば、百人力でしょ?」


 飛鳥は不敵な表情で、明に笑いかけた。


「言っとくけど、人殺しはしないからな」

「狩るのはレイブンってだけ――ってことね。勿論、こっちもそのつもり。あくまで目的は古嶋晴臣の救出。大丈夫、なるたけ目立たない計画を練ってある」

「決行は?」

「明朝午前四時」

「……やばいな、一限に間に合うかな」

「心配するのそこ?」


 真面目に悩む明に対し、飛鳥は呆れ顔で目を細める。しかし明日の一時限目は数学だ。最近は寝てばかりいて授業の内容が一切身についていないので、ここで欠席してしまえば追いつけなくなるどころか、なけなしの出席点まで無くなってしまう――レイブン狩りと学園生活の両立は、明にとっては切実な問題だった。


「涼城さんは大丈夫なの? 学校」

「私は多少休んでも文句言われないくらいの成績取ってるし。大丈夫、とっとと古嶋晴臣を救出して直行すれば、一限くらい余裕で間に合うでしょ」


 学年一位は伊達じゃないから、と飛鳥は自慢気に鼻を鳴らした。成績が斜め右に下降気味な明は、言い返しようがなかった。


「……それもそうか。じゃあ、とっとと作戦を練ろう」


 何だか掴みどころがないわね――と、飛鳥は嘆息した。


 明は施設の見取り図をじっと、集中して見つめていた。

 今は亡き白石光一の意思を継いだ二人が、行動を開始した瞬間だった。


 EPISODE:6 End.

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