第四章 幸降る街の人魚姫

閑話ー紗千

 こんなはずじゃなかったのに。

 そんな後悔が、わたしの胸のなかでずっと渦巻いている。




 はじめは、ほんの小さな願いだった。


 十二月に入って、そろそろ街がクリスマスの色に染まり始めた頃。いつも通りの夜の散歩をしていたわたしは、明るく、幸せそうなムードに包まれているような景色を目にして。

 それから、ひとりで街を歩いている、自分自身の姿を振り返って。


 ふと、思ってしまった。

 わたしも、、と。


 その願い自体が間違っていたわけじゃないと思う。

 だけど、方法が間違っていた。


 周りから拒絶され続けているように感じる日々、その連続に疲れ果てていたわたしは、つい、得体の知れないものの手をとってしまった。

 姿も形もわからない、怪しげな声の、その誘いに乗ってしまった。




 ひとの声が聞こえなくなれば、こんなわたしでも、何も気にせずに、街を歩くことができると思った。

 そうすれば、その間だけは、普通の自分に――昔の自分に、戻れると思った。

 夜に一人で出歩く、なんてことをしなくても平気だった、あの頃の自分に。


 そんな願いを、は見抜いていた。

 そして、わたしにこう言った。


 何くわない顔で生きている人たちから、ほんの少し幸福を分けてもらおう。

 あなたを受け入れてくれなかった人たちに、ほんのちょっと罰を与えるだけのことだよ、と。


 その誘いに、わたしはうなずいて。

 そして、はわたしに、『魔法』を授けた。




 だけど――きっと、わたしは間違ってしまったんだ。


 ステージの上、歌っていた女の人が、その場に崩れ落ちたときに。演奏が、止まってしまったときに。

 そのとき、わたしは、『魔法』が成功したことを喜ぶよりも先に、苦しい、と思った。


 間違ってしまった。

 願いも、叶わなかった。

 だって、幸せなんかじゃない。ただただ、辛い。


 わたしが、あの人たちの積み重ねていたことを全部崩してしまったことが、わかっていたから。

 そしてこの瞬間に、同じように、わたしのせいで不幸になった人が、他にもいるかもしれない、ってことがわかってしまったから。


 だから、その現実に耐えきれなくって、逃げて、


 だけど、逃げ切れなかった。


 わたしの手を、が捕まえていた。


 もう、耐えきれなかった。

 それで、全てが、どうでもよくなった。


 そしてわたしは、隠しておくことを諦めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る