幕間

帝都防衛術式

 帝都には秘密がある。


 それを知るのは皇族と一部の政府の高官、軍部上層部。そして、この街の開発にあたっていた極少数の人間のみ。彼らだけが、この街の本当の姿を知っている。


 帝都の中心。黄金色に着照明光ライトアップされた、機械仕掛けの大きな時計塔に作られた展望室の中で禁厭師まじないしたちが円を組んで、ひたすら言霊を紡いでいた。その中心には麒麟きりんの像。そして、その前で紅白の巫女装束を纏う目方雪乃めかたゆきのが豪奢な扇を手に神楽を舞う。


 それを鋭い目つき眺めるのは西村真琴。彼は禁厭師たちが使役する式神から、情報を受け取りながら帝都の街並みを見る。


 北の貯水湖、西の採掘基地、南の工業地帯。そして、海風吹きすさぶ東の空。



 ――“科学の研究はいつだって非科学オカルトへの挑戦である”。それが真琴の科学者としての在り方だ。しかし、だからといって、何もかも許容できるわけではない。



「おいおいおいおい、一体いつから帝都は終末の丘になっちまったんだ?」

「ちゃんと機能するんだろうな?」


 最後に太平洋上に浮かび上がる巨影を見据えて、頭を掻く真琴に問うたのは現職総理大臣【原敬はらたかし】だ。彼はこの終末的光景を目の当たりにしながら、学生時代に神学校で何気なく手に取った黙示録の内容を頭によぎらせて、冷や汗を垂らしていた。


「物理的にはかなりの強度がある。都市開発にあたって、建材や建築法にかなり手を加えさせてもらったからな。一見ごちゃごちゃとした街並みだが、大概の災害ならどうにかなる。おまけに防衛術式もあるから、帝都の中にいれば死にはしない」

「その術式が機能するか聞いているんだ」

「んなこと知らんよ、専門外だ。そこで念仏唱えてる連中に聞いてくれ」


 総理大臣相手でも慇懃無礼いんぎんぶれいな態度を貫く彼の眼は、続けて空に掲げられた十字架に向かう。


「しっかし、すっげえ光景だな。本当に神話や聖書の世界に入り込んじまったみたいだ」

星屑を握る手コースマス・ラドーニと言ったか。本当に天体を移動させてしまうとはな」


 信じられないものを見て呻く原敬に「んなわけないだろ」と真琴が一蹴する。


「実際に天体を移動させてたらこんなもんじゃ済まない。太陽や月を移動させるだけでも、人類が滅亡してもおかしくない潮汐力が生まれるんだからな」

「では、この星空をどう説明する? まさか、まやかしとでもいうのではあるまいな?」

「まやかしだっていう説が一番現実的だが、それを排して考えるなら――多分、光の屈折だろうよ。空に可変機能を付けた鏡面レンズでも浮かべれば、作れるんじゃないか?」

「そんなものをどうやって浮かべる?」

「あくまで論理の話だ。だが、そう外して無いはずだろうよ。禁厭まじないで空気中の粒子を鏡面レンズのようにすることができれば、浮かべる労力もそうかからんだろう」

「専門外なのにそうやって当たりを付けてくるあたり、本当に怖いですわ、教授」


 いつの間にか神楽を終えた雪乃がしっとりとかいた汗を拭きながら、苦く笑う。


「俺が怖いって? アホだろ。惑星規模の粒子の観測・制御を簡単にやってのける非科学オカルトのが俺は怖えよ。そんで目方の媛様よ、作業は終わったのかい?」

「ええ、起動いたしました」


 雪乃が頷いた瞬間、彼らの目は眩い黄金の光に焼かれる。

 大通り、路地裏、そして無数の楼閣と摩天楼同士を連結している渡り廊下が黄金の光を放って空を衝く。立ち上る黄金の霊力が帝都全土を駆け抜けていく。


「これがくだんの方陣か」

「然り」


 困惑する原敬の言葉を雪乃が肯定する。

 その黄金色の光のラインを上空から見下すと奇妙な図形が浮かび上がってくる。半径約二〇キロにもなる帝都を走る様に禁厭きんえん方陣が浮かび上がっているのだ。


「この結界術式にて帝都を完全に防衛してみせましょう」


 大通りなどの通り道を線に見立て、都市全体を使った大規模方陣。それがこの都市の本当の姿だった。

 しかし、これほど大規模な術式を目にしてなお、原敬の不安は拭い切れない。


「できるのか? あれは、人の手に余る敵だろう」

「龍脈を利用した術式です。これを破れるとしたら術そのものを瓦解させることができる永倉様か、地球滅亡域の厄災くらいのものでしょう」

「そういえば当の永倉殿は?」

「あそこだよ」


 今度は真琴が指さす。その先には東京湾に浮かぶ人工島が一つ、陰州口いんしゅうぐち


新八ぱっつぁんはあんたら政府の尻拭いをしに行ってる。謝罪の言葉と報奨金をたんまり用意しとけよ」

「それでこの国が救われるのなら安いものだ」

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